第09話 良薬口に甘し
コンコン……コンコン。
取っ手が見えないほど、黒で統一された扉を叩きますが、お返事はありません。
「レ、レヴィ様? スララン入ります」
(というわけで、魔王様は潜入に成功されたようですニャ)
「それは上々。引き続き監視を抜かるな」
レヴィ様は王都メルクリスに潜む、魔守護狼隊の方々と連絡中でした。
って、ちょ、ちょっと待ってください!
今なんておっしゃいました? 潜入に成功!?
「レヴィ様! 魔王様は聖アルフォード学園に潜り込めたのですか?」
「今しがたその報告を受けたところだ。クックック。服毒したということだな」
なるほど、聖アルフォード学園に毒が盛られたようです。
「これは吾輩も負けてられないな。よしスララン、早速だが、本日も吾輩の研究に付き合ってもらうぞ。まずはいつものように魔水の採取から始める」
プニっと針を刺し、ボクの体を構成する魔水を吸い上げるのでした。
毎回のことなのでもう慣れたもの……えっと、ごめんなさい。嘘です。
いまだに針が刺さる瞬間、ボクは怖くて目を逸らすのです。
「よし、終わりだ、スララン」
レヴィ様は採取したボクの魔水をプルプルと揺らしながら、
「お前はスライム族……には見える。だが、お前を構成する魔水がどうにも不可解だ。どこで生まれたか思い出せたか?」
疑問を投げかけます。
「い、いいえ……思い出せないのです。ボクを生み出した方なんて本当にいるのでしょうか?」
「命は無から生まれることはない。人族同様、我々魔族もまた然り、それは変わらない。その姿がどうであれ、卵から生まれようが、腹から生まれようが、液体から生まれようが、お前は“何か”から生れ落ちたのだよ」
でしたら是非お会いしたいものです。ボクの生みの親という方に。
「あの……それにしてもレヴィ様。ボクの魔水はそんなに不可解でしょうか? 実際魔王様には美味しく召し上がっていただいてますので、問題はなさそうに思えるのですが……」
「それだよ。お前の魔水を部下に与えてみた結果、どうなったと思う?」
「お口に合わなかった。でしょうか……?」
「いいや」
レヴィ様は不敵に笑い。
「死んだ」
プルっとした目を覆いたくなる言葉を口にされました。
「え、え、え? ぼ、ボクの魔水のせいですか? ほ、本当にボクの魔水で?」
「クックック、嘘を言ってどうする。お前の魔水を飲ませたら、その場で死んだ」
プルプル体を揺らしながらも、ボクはその方への謝罪の前に、声を大にして言うべきことがあるのです。
「で、でしたら、どうして魔王様にボクの魔水を与えたのですか――っ!!」
「結果はどうだ」
ボクの悪感情をプルりと受け流すと、レヴィ様は吹雪のように冷えきった声を発します。
「魔王様はお前の魔水で作り上げたおやつに夢中になったではないか。それに……いやこれはお前に言うべきことではないな。さて、スララン。他に何か言いたいことは?」
「質問の答えになってないですレヴィ様」
……なんてことを言えるわけがないのです。
それこそ何も言えなくなります。殺されてしまいます。
だから、ボクは体をプルプル震わせ、「ごめんなさい」
と、北西方面に向けて謝るだけなのです。
その方角の先にあるのはレヴィ様ではなく、聖アルフォード学園。
危険な魔水を含んだおやつを与えてしまっていた魔王様に謝罪するボクなのでした。
と、そこへ――
「レヴィ様。お取込みのところ失礼します。円卓の魔へお越しください。皆様がお待ちです」
ノックの音と共に扉越しから告げられる連絡事項。
「おっと、そう言えば時間だな。スララン今日は採液だけでよい。また明日もよろしく頼む。それと、魔王様へのおやつも変わらず作るように」
「え? い、いえ、ボクの魔水は……」
「やれやれ、このゲロ。やはりそのように考えておったな……。では少し吾輩の考えを聞け」
拒絶を示すボクへ、レヴィ様はしゃがみ込むと、目線を合わせ、
「魔王様があのような魔王様でいられる原因はスララン。お前の魔水のお陰かもしれないのだ」
諭すように伝えるのです。
「依然として自我を保ち、人としての記憶を消さず、されど魔王の力をその身に宿す。その奇跡を体現させているのはスララン、お前の魔水だと吾輩は考えておる。毒にもなれば薬にもなる。魔王様にとって、それこそ良薬であり、更には口に甘しときておる」
「……よ、よくわかりません」
難しい話はボクにはわからなくて、でも、それでも……。
「魔王様にはお前の魔水が必要だということだ」
こんなボクを必要としてもらえることが、何よりも嬉しいことなのでした。
「わ、わかりました。魔王様に喜んでいただけるようにおやつを作ります」
「ああ。よろしく頼む。だが、その前に」
あれほど凍えていた声音が一転、雪解けを迎えたかのような柔らかな声で言います。
「円卓の魔へ、魔っ茶を四つもらおうか。無論、お前の魔水入りじゃないやつをな」
そう言って、レヴィ様は冗談めいた笑顔で円卓の魔に向かわれたのでした。




