センチュリーくんのカフェにっき!
とある世界のどこかに、小さなお店がある。昼でも夜でも一日ずーっと人通りの多い商店街の中に、控えめに看板の掲げられたログハウス風のカフェが建っていた。
午前八時! カフェは開店の用意を始める。
ぼくはセンチュリー。このカフェのアルバイトだ。少し前に店長さんからスカウトされて、今ではもうすっかりお仕事について学んだ一人前だ。もうなんにも怖くない!
「センチュリーくん、きなこってどの位ある~?」
「えーと、いっぱい!」
「いっぱいね、分かった~」
ここを切り盛りしているのは店長さんとぼくだけだ。忙しい時は臨時でまたアルバイトさんを雇ったりはするみたいだけど、だいたいひとりでやっているらしい。ぼくがここのアルバイトを始める前も一人だったみたいだし。
店長さんはすごいんだ。コーヒーはおいしいし――ぼくは苦いのは飲めないけどね――、甘いデザートも辛いおつまみも作れるし、髪の毛がすごく滑らかだ。ふわっふわの絹みたい。
ぼくの髪について店長さんが言うには、ぼくのほうが触り心地がいいらしいけど、ぼくは逆だと思ってる。ぼくのお姉ちゃんは謙遜してるって言ってたし、たぶん、間違いない。
……あ、話がそれたね。
えーっと、このカフェはこぢんまりしていて、二十人も入ればぱんぱんになってしまう。インテリアはアンティークというか、ちょっと芸術的な作りのものが多い。けっこう高いんだって。
でもお店が開くと、このカフェにはひっきりなしにお客さんがやってくるから、お昼頃になるといっつもここは満員だ。そんなだから最近は、テイクアウトもはじめたみたい。
「よ~し、準備終わり~。開店しよ!」
「はーい!」
入り口のドアにかけてある『CLOSED』の看板をひっくりかえし、『OPEN』に変える。
さ、今日はどんなお客さんが来るのかな。
* * *
チリンチリーン。
お店が開いてから五分もしないうちに、さっそくお客さんがやってきた。色白の背の高い男の人で、黒いシャツを白いジャケットの下に着こんでいる。全体的にモノクロで、ミステリアスな大昔の井戸みたいなかんじだ。かっこいい。
このひとはいつもカフェに通っているし、もう知り合いだ。毎回決まってコーヒーとサンドイッチを注文するのも、よく覚えてる。甘いものはあんまり好きじゃないんだって。
ぼくはお客さんを空いている席に案内した。
「いらっしゃいませー! お席にどうぞー」
「ありがとう。それじゃ、注文もいいかい?」
「もちろんどうぞ!」
注文されたのはいつも通りのメニューと、それから缶コーヒー一缶だった。今日はこの後すぐにお仕事があるらしい。
カフェで缶コーヒーを売っているのはぼくも少し不思議だけど、一応ここオリジナルのものだ。テイクアウトメニューのひとつで、売れ行きはまんなかくらい。
人がいないから、注文は僕が伝えるまでもなく店長さんの耳に入っていた。お客さんに向かって軽く一礼すると、てきぱきと食事を作っていく。
一分もせずに注文の商品は完成した。わぁ、おいしそう。
「おまたせしましたー」
サンドイッチはバゲットを使った大きめなもので、辛めの厚いベーコンとレタス、それからチーズが挟まっている。ひとつひとつがハンバーガーくらいの大きさがあるのに、それがみっつもある。っぼくだったら食べ終わるのに三十分かかるかもしれない。
それからコーヒーはマグカップに注がれたシンプルなブラックだ。お客さんはガムシロップと砂糖を少しだけ混ぜ、軽くスプーンでかき混ぜた。
「感謝するよ。いつもおいしそうだ」
「どういたしまして! えへへ」
お客さんはいつもひとりで、いっしょに友だちが来ることはあんまりない。でもその分、ぼくにいろいろ話をしてくれる。お客さんは旅をするのが趣味で、ぼくの見たことのないものをいろいろ知ってる。冒険のお話はいつも面白いんだ!
わくわくしながらコーヒーを飲む様子を見ていると、お客さんは向かいに座るよう、手招きしてくれた。店長さんもオッケーをくれた。やったね。
店長さんからトレーに乗った追加のミニスイーツを持って席に着く。店長さん曰く、僕のお世話代のサービスらしい。いつものことだ。
「そうだな、今日は仕事もあるから、少し短めのにしよう」
「みじかい?」
「うん。かわりにお土産だ、ほら」
お客さんがカバンから深緑色のハネ? っぽいものを取り出し、ぼくの手の上にぽんと載せてくれる。どうやら本物のハネじゃないみたいで、手触りはサラサラした川の水みたいだ。ずっと触っていたくなる……けど、なんだかちょっとした拍子に壊れてしまいそうだ。困っちゃうな。
「何年か前、仲間数人と一緒に船に乗る機会があったんだ。その時はとある偉い人を安全に護送する――まあ平たく言えば護衛、ボディーガードの仕事だな。目的地の島はすごく遠いから、その間、その偉い人が悪い人に狙われないように守ってやらなきゃいけない」
「護衛!」
お客さんってすごく強いもんね。この前腕相撲したけど、ぜんぜん動かせなかった。
「その偉い人は偉い立場なんだ。つまり、敵もいっぱいいる。だから、海の上でも油断はできない……たとえば、速い小舟で追いついてきたり、中には泳いでまで乗り込もうとするのもいたんだよ」
「え、海を泳いでくるの? 捕まった?」
「捕まったさ。広ーい海を泳いで渡れるだけあって、そうとうタフだし腕っぷしも強い。俺じゃない仲間が相手してたけど、すごかったよ。残像が見えるくらい速いパンチだった」
「へぇー」
ぼく、海は溺れるから苦手だなぁ。その泳ぐ人、すごい尊敬できる。
もしかしてお客さんも泳げるんだろうか? だったら、ちょっぴり羨ましい。
「他にもいっぱいいたな。でも、一番手強かったのはエメラルドの鷹を操る鷹匠だった。その羽根はそれだ」
「タカなんだ」
ハネは一枚でもぼくの顔くらい大きいし、そのタカはもっと大きかったんだろうなぁ。一回、見てみたい!
その後もいろいろな冒険話をお客さんが教えてくれて、結局いつも通りに長く話し込んでしまった。ぼくにココアを奢ってくれたりもした。おいしいな~、ぽかぽか。
「そういえば、お客さんってなんのお仕事してるの?」
「俺? そうだな……今は『楽団』の顧問かな? 楽しいから、暇があったら聴きに来なよ」
ジャケットの胸ポケットから、小さなカードを二枚取り出して、ぼくと店長さんがそれを受け取る。そこには『ミックステープ楽団 顧問』『ウィルバード』と書かれていた。黒のシルエットの、柵の装飾がされたフレームだ。シンプルだけど、綺麗でセンスがいいなぁ、と思った。
「あら~、知らなかった。楽器がお上手なんですね~」
「そうでもないさ。笛と、ピアノに少し覚えがあるだけだよ」
お会計を済ませた後、お客さん――ウィルバードさんは手を振りながら去っていった。小走りぎみだったのは、やっぱりぼくと話しすぎちゃったせいかな?
* * *
昼前、カフェの中の席が半分ほど埋まり始めてから、今度は別の顔見知りのお客さんがやってきた。
「よう。アンタの店に来るのはちょいと久々だな」
ちょっぴり乱れた黒髪ツインテールの、少しだけ怖いお姉さんだ。最初に来たときはなんというか、今にも銃を取り出して脅してきそうな感じがしたけど、少し話してるととっても優しいひとだった。そういうところは、昔の油絵みたいな雰囲気がある。
カウンター席の空いているところに座ると、お客さんは頬杖をついてブラックコーヒーを注文した。ちょっと眠そうだし、眠気覚ましかな。
「はい、おまたせ! コーヒーだよ」
「ああ、ありがとな。最近は変な時間に起きてることが多くて、あんまりここの開店時間と合わなかったんだ……店主、あと二杯くれ」
冷たいコーヒーのカップをひっくり返すように飲み干し、お客さんはおかわりも注文する。三杯も飲んで、大丈夫かなぁ?
ぼくが首をかしげていると、店長さんも同じことを思ったようだ。
「カフェインの取り過ぎは良くないよ~、ミスマっち」
「変な渾名風にしないでくれ……。じゃあ、あと一杯でいい」
「そう? それならおまけも付けといたげるね~」
コーヒー大福がお客さんのところに運ばれた。ぼくはやっぱり苦いから遠慮しちゃうんだけど、大人にはすごく人気のおやつなんだ! えーっと、皮は苦くて、中の苺と生クリームが甘いんだって。
お客さんはそれを食べると、少し目が覚めてしゃっきりしたのかスマホをいじりはじめた。このカフェはフリーワイファイ? もあるから、ここで仕事をする人もいる。
どうやらお客さんはお仕事じゃないっぽいけど……。
「ほら、見てくれ。ちょっと前に葡萄園に行ったんだ」
ぼくに見せてくれたスマホの画面には、地平線までずーっと続いている大きなぶどう農園の写真が映っていた。すっごい壮観だ!
それぞれの木になっているぶどうも大粒で、色も鮮やかでおいしそうだ。こんど店長さんに、ぶどうのスイーツを置いてくれないか聞いてみよう。
「ここはアタシの知り合いがやってるとこなんだ。ちょいちょい品種改良の研究――味がおいしくなる研究もしてて、アタシもよく食べさせてもらってる」
「へぇー! どんな味なの?」
「すごく美味い。とにかくこれに尽きるな。……あ、でも、たまに失敗して、すっぱくてまともに食えないのもあるけど」
ぶどうにもハズレなんてあるんだ。たしか、そういうキャンディもあったっけ。
お客さんはここに来るたびに、旅先の写真をたくさん見せてくれる。今回は間がいっぱいあいたからかな、いつもの十倍くらい見せてもらった。世界一月がきれいに見れる山とか、鍾乳洞の洞窟とか、いっつも虹がかかってる滝とか!
お客さんのお仕事は探検家なのかな? もしそうなら、ぼくも一緒に行ってみたいなー。
「行きたいんだったら連れてってもいいぞ。旅初心者におすすめのスポットも、たくさん知ってるからな」
「やったー! えへへ、じゃあ約束ね!」
「ああ、約束だ」
めいっぱいお客さんになでなでしてもらって、どこに行くかの約束をゆびきりげんまんで結んだ。楽しみ!
* * *
昼が過ぎて、おやつの時間がやってきた。三時だ。
「ふぅん。慧にしてはいいセンスしてるじゃん。お洒落なカフェ」
「え、何、僕ってそんなにセンスがないと思われてたの」
今日は土曜日、学校はだいたい休みだ。こういう学生の仲良しさんがやってくるのも珍しくない。
片方は空色のキラキラの歯車みたいなネックレスをしたお兄さん。もう一人は、猫の刺繍のある四角い帽子のお姉さんだ。席に着くなりお姉さんはポケットからたばこを取り出したけど、お兄さんがすぐに止めた。うん、ここはたばこ禁止なんだ。
「マスター、なんかおすすめのメニューってある?」
「あら、彼氏さんに聞かなくっていいの~?」
「彼氏じゃないし」
彼氏じゃないらしい。
アニメを見てると、こういう時はお互いがぷいってそっぽを向くはずなんだけどな。どっちも全然そんな感じがしない。
もともとお姉さんの方は視線を誰にも合わせてないから、そっぽを向く必要がないのかも?
「僕のおすすめはこのカフェラテアイスサンデーと、あとマカロンかな」
「甘そ」
「え、蓮って甘いもの苦手だっけ?」
「いや、別にそんなことないけど。じゃあウチはその……カフェラテアイスサンデーをひとつと、飲み物はアップルスムージーで」
「僕も同じでお願いします」
「はいは~い」
店長さんが注文のスイーツをすぐに差し出すと、お姉さんはぐるっとお皿を回して観察してから食べ始めた。うぅ、おいしそう……でもぼく、さっきからちょこちょこ店長さんにおやつもらってるし、よくばりって言われちゃうかも。
僕が遠巻きに見つめていると、お兄さんの方が視線に気づいてこっちを見た。あれー、バレちゃった!
「……えっと、マカロンいるかな?」
「い、いいの? ……じゅるり」
「いいよ。ちょうど最近、運が良すぎるから、誰かにお裾分けしようと思ってたんだ……これでお裾分けになるかは分からないけど」
お兄さんはアーモンドのマカロンをひとつくれた。おいしい!
「も~。うちの子にくれるんだったら、お代は大丈夫だよ~」
「えーっと、それじゃあありがたく」
お礼になるものが他になかったから、持ってたきれいな石をあげた。この前海辺でひろった青い宝石で、ガラスみたいにきれいだ。あ、もちろんガラスじゃないよ! 宝石だよ。
「お姉さんもどうぞー、えへへ」
「普通に宝石じゃないの、これ。うわっウチ幸運が舞い込んできたかも」
きらきらの青い宝石は、やっぱり誰でも好きみたい。よかった!
……その後、店長さんに太っちゃうよ、って言われたけど。
* * *
それからまたいろんなお客さんが来て、ぼくはそのたんびにいろいろ駆けまわって、いろんなお客さんの話を聞いた。
午後九時になると、店じまいだ。お店のかんばんを『CLOSED』に戻して、台拭きをする。
「ふわぁ、もう眠くなっちゃった」
「今日もがんばったもんね~、よしよし!」
「えへへ、店長さんだいすきー」
店長さんも今日の分の片づけを終えると、ぼくにいっぱいなでなでをしてくれた! 柔らかい指が、くしみたいに頭をすーっとなでてくれる。
「ねむくなるー」
「まだ寝ちゃダメだよ~、おうちに帰らないとね」
「んー」
今日のおみやげ、として店長さんはいくつかのおやつを袋に詰めて、ぼくに持たせてくれた。家に帰ったら、お姉ちゃんとかにあげるんだ。うん、お姉ちゃんは食いしんぼうだから、朝になるともう全部なくなっちゃってるんだよ。
ちょっとうつらうつらしながらお姉ちゃんに迎えの電話をして、店長さんと一緒に待つ。
「次の休み、ウィルバードさんの楽団に一緒に行ってみよっか?」
「え、いいの!?」
「もちろん~」
「やたー!」
たわいもない話をしてると、すぐに黒い外装の高級車がやってきた。運転席でお姉ちゃんが手を振ってくる。
「じゃあ、また明日ね、店長さん!」
「は~い、センチュリーくんもまた明日~」
今日もちょっと疲れちゃって、家につくまでに少し寝てしまった。ごちそうさまでしたー。
バカスピードで書き上げたのであまり中身はないです。
センチュリーくんというキャラと、ついで過去キャラを数人登場させたかっただけ。
ウィルバード→『オウライテレパス』で存在言及。小説以外で軽く登場はしていた。
ミスマッチ→『フユゾラグレープ』で登場。
慧&蓮→『ソライロハグルマ』で登場。