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#2.勇者としての冒険。

「来たな、勇者たちよ」


「ああそうか、扉の先、城の中からだった」

「ちょっと緊張するよね!デカいし!迷子になりそう」

「ゆらちゃんならなるね」


あのBAR、クオリアの扉から繋がる異世界──アストラ。その先で、俺たちを迎えるのは、荘厳な王城の内部であった。ちなみに籠目のいうゆらちゃんとは、真宵の事だ。真宵 ゆら、それが彼女の名前だ。


この異世界、アストラ大陸の王、ソラリス王が、毅然とした態度で王座からこちらを見ていた。


「あぁ、どうも、王様。……、なんか焦ってる?」

「?」

「焦る?」


王は、しばし黙った後、低い声で答えた。


「主の前では感情を抑えようと努めたが、やはり限界があったようだ」


「はは、悪いね。それで、今の状況はどうなっているの?」


率直に問いかけた。ソラリス王の焦燥が、こちらにも不意に伝染してしまっているからだ。


「ふむ、そうだな。では本題だ」


俺たちはソラリス王の前に並び、話を聞く。

この焦りの感情、おそらく緊急事態なのだろう。


「先日、王都の北区で瘴気が都内まで入り込んできた。瘴気に充てられた住民たちが、魔人と化している。今は王都の騎士たちが対応に当たっているが、このままでは被害は広がる一方だ。どうか、国を救ってくれ」


「瘴気が街の中に……?やばくないか。」

「前回来た時は街のはずれの森の中だったよね?」

「ゆらちゃんが迷子になりかけたやつね」


籠目の余計な一言が、真宵の無言の圧力を生み出す。やめて欲しい、切実に。こちらまで殺気立ってしまう。


「王都の中に瘴気か……、やばいな。やばい。やばいね……」

「響希くん語彙力が……」

「そんだけ王様が焦ってるってことでしょ。」


「……あぁ、その通りだ。馬車を手配する、早急に現場へ向かってくれ」


「行くぞ」

「はいっ」

「れっつごー」

 

 馬車は手筈通り、王城を出た先に用意されていた。俺達はすぐに、用意された馬車で現場に向かった。


 この異世界、アストラがなぜ危機に瀕しているのか、そのヒントはドンちゃん営むBARクオリアにあった。

 ドンちゃんは、クオリアの店主であると同時に、並行異世界(へいこういせかい)の管理人でもある。彼は、あらゆる異世界をつなぐ“扉”を管理し、異変が起きた際に俺たち3人を導いてくれる存在だ。

 その並行異世界の管理人が扱うあの鍵穴だらけの異世界への扉。あれは、このアストラ以外の世界にも通じている、様々な並行異世界への入口だ。その世界に危機が訪れた時、その鍵穴が赤く光る。俺たち3人はその鍵穴から通じる異世界にあの扉を介して転移することで、これまでも様々な世界を救ってきたのだ。

 今回このアストラに訪れたのも、先程クオリアにて鍵穴の赤い光が危機を伝えてきた証拠である。


「……ふう。やっと落ち着いた」

「王様よっぽど慌ててたんだね」

「感情に共感させられる、大変だねー」


「……それだけじゃない。今回の問題は、王都の住人が魔人化しているっていうこと」

「……つまり?」

「あー、元が人なのか。……えっ、じゃあもしかして俺に出番ない?」


「そうなる。今回は真宵、君に頑張ってもらう。君の”奇跡の力“が必要だ」

「おー!私の出番!がんばるよー!」

「……暇だ。帰りたい」


「はいはい、籠目、お前にも現場の騎士、住民を守ってもらうんだから、頼りにしてる」

「がんばろうね、籠目くんっ」

「よし、やる気出てきた」


 そう、俺たち三人は、あの扉をくぐった先のこの異世界では、特殊な力が使えるのだ。まぁ、それは現場につけば、いやでも目にすることだろう。


そんなこんなをしていれば、真宵と籠目、二人の士気が上がる。それに釣られて俺の士気も自然と上がるのを感じた。


────現場につけば、そこは喧騒、怒号に包まれていた。魔人化した元人間と、それを抑え込む騎士たちが争っていた。


そして、俺の感情は一気に塗り替えられる。

騎士の焦燥、魔人の悲痛な叫び。冷や汗が、頬を伝う。


「くっ……、ゆら!魔人になった人達の浄化を!かごめん!あそこの騎士を守れ!囲まれてる!殺すなよ!」

「任せて!籠目くんっ、詠唱終わるまで時間稼ぎを!」

「あいよっ!」


2人がそれぞれ、行動に移る。そして俺は……。


「そこの騎士さんよ!この瘴気の発生源は!?」

「申し訳ない…!未だ魔人化した市民たちを抑えるので手一杯で……!」

「了解!!」


それなら、俺にもできることがある。

深呼吸し、周囲の人々の感情の渦に飲まれながらも、精神を統一する。そして────


「森羅万象よ、大地の記憶、風の囁き、水の流れ、星々の語りよ、全なる命の雄叫びを、我に告げたまえ。 ……!」


俺が、この世界でのみ使えるもうひとつの能力、それは……。


「……聞こえた……!かごめん!そのまま北西に向かってくれ!そこに瘴気の素がある!」


 森羅万象、生物は当然、大地、風、水、あらゆるものの声を聞くことができる。……いや、正確にはその感情を読み取ると言った方が正しいかもしれない。

心の中に、あらゆる叫びが聞こえてくる。こっちだよ、あそこだよ、そう、大地が、風が、俺に語り掛ける。


「あいよ!一気に行くぞーい!」


かごめんの身体に、紫色の稲妻が迸る。


「この一瞬に風の如く走り抜け、雷の如く一撃を放て。瞬時に切り裂き、闇をも砕くその刃となれ!今、我が意志と共に解き放たん、疾風迅雷!!」


 瞬間、かごめんの姿が稲妻と共に消え去る。かと思えば、俺が指示した方角に、地から天に昇る雷鳴が迸る。


「清き光よ、穢れし魂に降り注げ。運命に歪められし者たちよ、安らぎの中に還れ。痛みも、嘆きも、すべてを抱きしめ、慈しみの奇跡とならん。────奇跡の光よ、今こそ絶望を癒やし、彼らを人へと還せ!」


真宵の詠唱が終わる。同時に眩い光が周囲を照らす。

現場にいた魔人たちは、その光により、元の人の姿へと戻っていく。


「──これか!砕けろォ!!!」


かごめんの一閃が瘴気の素、結晶を貫いた。

轟音とともに紫黒い結晶が砕け散り、その瞬間、瘴気が霧散し晴れるように消えていく。まるで悪夢が溶けていくかのように、穢れた空気そのものが澄み渡っていく。


「……っ!?」


────今の感情は……


「……ははっ」

「響希、くん?」

「何わろとんねん」


 いや、違う、これは俺じゃない。


「いや、すまん。気にするな」

「ほい砕けた結晶の破片」

「これ……」


真宵がそっと手をかざす。


「うん、もう大丈夫。瘴気、消えたみたい」


 真宵のその言葉に、俺も籠目もほっと息をつく。


周囲では、魔人化していた住人たちが次々と倒れ込んでいた。

苦しそうにしているが、もう暴れる様子はない。


やがて、騎士団魔法部隊が治療に取り掛かり、魔人化していた人々の体から、瘴気の名残が静かに消えていく。

黒く濁っていた瞳が、次第に人のものへと戻っていった。


「……戻ったな」

「うん、大丈夫みたい。もう、みんな普通の人に戻ってる」


真宵が安堵の息をつく。


戦場の喧騒は、もうどこにもなかった。

代わりにそこにあったのは、静けさと、安堵の息遣い。


「やった……のかな」

俺は、遠ざかる瘴気の気配を感じながら、ようやく肩の力を抜いた。


「お疲れさま、みんな」

「おー、終わった終わった!」

「ふぅ……腹減った……」


かごめんが大きく伸びをしながらぼやく。

ゆらも、少し疲れた様子で微笑んだ。


「さて……王様に報告しないとな」


 瘴気の源は断った。でも、これで全てが終わったわけじゃない。この瘴気は、一体どこから来たのか。なぜ、この王都にまで入り込んできたのか。


────そして、先程の笑いだ。感情で示すなら、“楽“の感情。


 その答えを知るために、俺たちは王城へと戻ることにした。


────「ご苦労であったな」


「いやほんとに」

「んね、なんで街の中に瘴気が現れたんだろう」

「難しい話をするなら俺は寝る!」


かごめんがクソみたいな宣言をしながら体操座りをしていた。


「確かに……、今まで王都の中にまで瘴気が入ることは無かった……。なにか、嫌な予感がする……。どう思う、響希よ」


ソラリス王の不安の感情が、強制共感によりこちらに移る。


「あー……、んー……。まぁ、王道の流れで言うと、“何者か“が、手引きしてるってのがベタな展開だよね。……あと、ひとつ現場で引っかかることがあって、あの時あの北の現場で、一瞬だけど、俺、“楽しかった“んだよね。」

「……楽しかった? 」

「人の心ないんか。」


「いやいやそうじゃなく」


「……何者かの、感情、か?」


「そう!王様正解。あの時は騎士たちも、魔人も居たから微かにしか感じなかったけど、けど確かに、一瞬誰かの感情につられて、あの現場の中で楽しんでる自分がいたんだよ」

「……それが、犯人ってこと?」

「なるほどね、んじゃ、黒幕がいるのは確定かな」


「いや、分からん。人間、戦場にいる時の感情てのは色々だから。この世界に来てわかった事だけど、戦いの場に愉悦を見出す者もいる。それを考慮すると、騎士のうちの誰かがあの現場を楽しんでいただけ、って可能性もある 」

「うーん……、結構みんな緊迫してたと思うけど……。」

「戦闘狂か。なるほど。俺じゃね?」


「……。お前か、なるほど」

「今そういう冗談言わないで!もう!王様の前だよ!」

「えははは。」


「……ふむ、まあ良い、して、今回の褒美だが……。」


「あぁ、いつも通りで。」

「私たちの世界じゃ使えないもんね。」

「円が欲しいんだよ……、円がよォ……。」


「……まったく……。主らというやつは……。だがいつか、必ず何かしら主らの欲するものを用意しよう。これまでの分も含めてな。」


 ソラリス王が心底呆れている。なぜか。この世界の通貨は、俺たちの世界では使えないから。よって、資金による褒美を貰っても、使い道がないのだ。つまるところ俺たちは、ボランティアともいえる世界平和の旅をしている事になる。


「あー、いつか屋敷が欲しいね」

「あっ!それいいね!ペットとか欲しいかも!」

「なんかこの世界空飛ぶ犬居たよね」


「その程度のものなら、いくらでも用意しよう。何時でも相談するといい」


「あいよ、んじゃ今日はこの辺で」

「失礼しまーす!」

「ドンちゃんところでタダ酒だァ!!」


──帰還。ドンちゃんの待つ、いつものBARへ


「たでーま。」

「たーだーざけっ!」

「酒を出せ、話はそれからだ。」


扉をくぐった瞬間、俺たちはいつものBARの奥、個室の一室へと戻っていた。

現実世界の空気が、一気に鼻を通り抜ける。


「あー……!落ち着く……!俺の世界!!」

「わかる!魔法の光じゃなくて、この蛍光灯の明かり!文明!!」

「あとー、えーと、えーと……!この空調!うおおお、最高か!」


俺たち三人が大げさに文明に感謝していると、カウンターの奥から苦笑まじりの声が聞こえた。


「ご苦労だったな、お前たち、今日のスペシャルドリンクだ。」


カウンターの奥、相変わらず上裸に革ジャンを着たままのドンちゃんがグラスを用意する。


「ドンちゃーん、俺たちの帰還を祝ってくれぇ、この文明社会に乾杯だっ」

「あぁ、この世界の文明に感謝感謝。」


俺たちは自然といつもの席へと座る。

席に着いた途端、ドンちゃんがカウンター越しに出してきたのは──


「ほら、ゴディバミルク、梅酒、ルイ13世ブラックパールコニャックだ」


「「「ドンちゃん分かってる!!」」」


 俺たちは感動しながら受け取る。ドンちゃんは俺たちのことを知り尽くしてるのかってくらいに、いつもピッタリのものを出してくれる、にしても、籠目の頼んだコニャックはショットでも数十万する高級品だが。


「しかし、今回も無事に帰ってきやがったな」

「怪我しろと?あ、でもちょっと今回のは気になることもあったんだよね……」


俺は、グラスを口元に運びながら、今回の出来事を簡単に話した。


王都の中にまで入り込んだ瘴気の話。

瘴気を引き寄せた何者かの感情の話。

────俺が感じた、あの「楽しんでいる」感情の話。


話し終えると、ドンちゃんは少し目を細め、低く唸った。


「……ほう」


その反応に、俺たちは思わず顔を見合わせた。

このドンちゃんが、わざわざ唸るってことは、なにか知ってるんじゃないか?


「ドンちゃん、なんか知ってる?」

「いや、確証はないんだがな……」


そう言いながら、ドンはコーヒーを一口飲む。

そして、ゆっくりと続けた。


「響希、お前の言う“何者か”……。それが瘴気を操れるような存在だったとしたら、少し厄介かもしれねえな」


「瘴気を……操れる?」


「そうだ。通常、瘴気っつーのは自然発生するものだが、それを意図的に発生させたり、動かしたりすることができる者がいるとすれば……それは只者じゃねえ」


ドンちゃんの言葉に、俺は背筋が寒くなるのを感じた。そうか、もし本当にそんなことができる奴がいるなら──


「瘴気を武器にして、人為的に魔人を作り出すことも可能になる、ってことか」


「そうだ。」


 静かなBARの中、俺たちは思わず沈黙する。


 魔人が意図的に作り出される。そんな事ができる奴がいるとすれば……確かに、それは厄介極まりない。


「……まぁ、今は考えても仕方ないか」


俺はカクテルを飲み干し、グラスを置いた。


「考えても答えは出ないし、どうせまた向こうに行けば何かしら事件に巻き込まれるだろ」

「そうそう、王様も言ってたし、また向こうで調査するしかないよ」

「俺は考えるより寝る」


かごめんがソファにだらんと横になる。


「まったく……緊張感がないなぁ」


真宵が呆れたように笑い、グラスを持ち上げた。


ドンちゃんは、そんな俺たちを見て、ふっと目を細める。


「……まぁ、そうだな。考えすぎてもしょうがねえ」


そう言って、ドンちゃんはカウンターの奥へと戻っていった。


俺たちはいつものように、くだらない話をしながら、ゆっくりと現実世界の時間を取り戻していく。


魔人の件。

瘴気を操る何者かの存在。


いずれまた向こうの世界で、俺たちは答えを見つけることになるんだろう。


でも──


今は、ただ、この世界の時間を楽しもう。


────異世界、アストラ。


「何者かが、この世界、アストラを瘴気で滅ぼそうとしているのか……?どの道瘴気は自然に発生するものだ、だが、それを意図的に発生させられるものがいれば……。」


アストラ大陸、ソラリス王もまた、同じ思考に至ったのか、顎の前で両手を組み、深刻な表情を浮かべていた。


────この事件はまだ、始まったばかりだ。


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