空海マオは絶対転生したくない。無双勇者も最強聖女も悪役令嬢も全部お断りします。
空海マオは高校生である。
空海マオは神童である。
空海マオは彼女いない歴=年齢である。
そんな空海マオは、異世界に転生した。
空海マオは、目を覚ますと異世界に、勇者として転生していた。
そして、女神からスキル【時間操作】を授けられた。
その力を駆使し、魔王や悪徳大臣、敵対国を滅ぼし、世界を救った。
おしまい。
空海マオは、目を覚ますと異世界に、聖女として転生していた。
授けられたスキル【反転】を駆使し、信頼を失った教会を立て直し、世界を救った。
おしまい。
空海マオは、目を覚ますと悪役令嬢として転生していた。
色々解決させた。
おしまい。
空海マオは目を覚ますと、銀河帝国の軍人として転生していた。
目を覚ますと、弱小大名として転生したいた。
目を覚ますと、婚約破棄された令嬢に――
ゴブリンに――
最強錬金術師に――
転生していた。
転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。転生していた。
高校の3年間全て――
あらゆる世界を救い、多くの人に感謝され、多くの神々に認められた。
だが――空海マオは嬉しくなかった。
望みはただ一つ。
「恋人を作りたい」
「三つ編み丸メガネの文学少女の恋人を作りたい」
「現実世界で」
空海マオは高校生である。
空海マオは神童である。
空海マオは彼女いない歴=年齢である。
1つ訂正。
空海マオは大学生である。
この春、東奥大学文学部の1年生である。
そして――
俺の人生は、ここから始まるのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………早く来すぎた」
少し長閑な地方都市。
夕日が差し込む街並み。
『準備中』のドアプレートがかけられた居酒屋。
その前で俺は、ボソリと呟いた。
世間は4月。
巷にあふれる新入生、新社会人――
新たな環境、新たな出会い――
そして、少しばかりの不安――
それは、東奥大学文学部に入学した、空海マオも同じである。
いや、不安は何もない。
だって俺は、天才で神童で現代のアインシュタインと言われた男だから。
話を戻す。
そんな季節、シーズンの鉄板が、歓迎会――
所謂、飲み会である。
昨今では、アルハラだの、めんどくさいだので嫌われているこの行事。
俺は違う。
俺は――
この新入生歓迎会に人生を賭けている……!!
あの辛い高校生活の二の舞には絶対にしないために……!
恋人を作って、デートして、楽しい日々を過ごす!
それを、実現させる……!!
まずは、このテニスサークルの新入生歓迎会だっ!
と、意気込んだ結果――
早く来すぎたわけで――
…………
あ、ちょっと恥ずかしくなってきたかも……
落ち着くためにABC予想の証明でもやってみるか……
えーっと、確か今日のガイダンス中に走り書きを……
――あったあった
と、ノートを開くと――
「わぁ、なんか難しいこと書いてある」
「おわっ!!!!」
突然の声に驚き、反射的に飛び退いた。
多分、きゅうりに驚いて飛び上がる猫並の反応だったと思う。
そして、勢いそのままに、茂みに突っ込んでしまった。
…………
惨めだ。
これが、現代のアインシュタインと言われた人間の姿か……?
やっぱり、異世界に拉致られてから俺の人生狂った気がする……
どうしようもないほど落ち込んでいると、心配する声が聞こえてきた。
「大丈夫……?」
さっきと同じ声の主だった。
どうやら女性のようだ。
「ああ、全然大丈夫。気にしないで」
「でも、茂みに突っ込んでるよ?」
「いやーこれは……そう! なぜ自然界にベルヌーイ螺旋が存在すのかのヒントを見つけて、身体が勝手に……っね!!」
「へー、研究熱心なんだね」
「納得してくれた?」
「うん、でもそろそろ痛そうだから出てきたら?」
それはそう。
恥を忍んで、茂みから身体を起こした。
そして――自分の惨めさとご対面。
服には葉っぱやら、枝やら、蜘蛛の巣やらが絡まっていた。
どうしよう、間抜け過ぎて泣けてきた……
落ち込んでいると――手が伸びてきた。
小さな手だった。
「わんぱくな小学生みたいだね」
その女性は、丁寧に俺の服からをゴミを払ってくれた。
三つ編みの髪を揺らし――
丸メガネを少し直しながら――
丁寧に払ってくれていた。
俺は――彼女を見て、言葉を失っていた。
一目惚れしました――
あなたに――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「新入生のみんな、入学おめでとー! かんぱーい!!」
「「「「「「「「「カンパーイ!!」」」」」」」」」
「テニスサークルよろしくねー!」
少し時間が過ぎ、飲み会が始まった。
小さな居酒屋は、大学生の男女で埋め尽くされ、賑やかで若々しい声に包まれている。
その中に、当然俺もいる。
だが、盛り上がれる雰囲気ではなかった。
いや、盛り上がってはいる。
さっき出会った女性のことで、頭の中は随分盛り上がってる。
しかも!!
あの女性も、この飲み会に参加している……!!
同じ大学生だったのか……!!
なんて幸運なんだ!
ああ、笑顔が素敵だ。
ちょっとずつお酒飲むのもいい。
動くたびに三つ編みが揺れ、少しずり下がる丸メガネを直す仕草がたまらない。
何学部なのだろう。
同じ文学部なら本当に完璧なんだけどなぁ!
ああ今すぐお名前を伺い、なんの授業を取ってるか聞いて、さり気なく仲良くなり、映画に誘って、映画の感想いいながら次のデートの約束して、いつの間にか恋仲になり――
「――くん。マオくん! 聞いてる?」
気づくと、隣に知らない女性が座っていた。
多分、同じ東奥大学の学生なのだろう。
「空海マオ君だよね?」
「……そうだけど?」
「空海って珍しい苗字だね!」
「そう? あんまり気にしたことないなー」
「えー珍しいよ! 私初めて見たもん!」
「日本の名字は30万種類くらいあるんだから、初めて見る苗字に出会うなんて珍しいことじゃないよ?」
「あー……そうなんだ」
「でも、君が日本人の苗字全てをコンプリートしている人ならラッキーだったかも。それなら珍しいって反応は適切かな」
「あ、あはは……」
女性は何も言わず去っていった。
?
よく分からん。
いや、この事象自体はよくあるのだ。
色んな人と話していると、いつの間にか周りから人が消えている現象。
そしていつの間にかこんな噂が流される。
『理屈っぽい』
『嫌味な奴』
『つまんない奴』
小中高とずっと同じパターン。
まぁ、所詮有象無象の評価だからどーでもいいけどさ。
などと、考えていると――また隣に人が座ってきた。
「マオ君って言うんだね」
その女性は三つ編みを揺らし、丸メガネを直しながらそう言った。
あの女性だ。
再び、顔が紅潮した。
「……? 顔赤いけど大丈夫?」
「えっ!? あ、はい! もちろん!!」
女性は小さく笑った。
「あはっ、その答えは面白すぎるかも」
か、かわいい……
いやいや!
見惚れてる場合じゃない!
今こそ距離を縮める絶好の機会じゃないか!!
「そういえば、名前って……?」
「一乗モズミだよ。文学部のM1」
M1とはMaster1の略称である。
Masterは修士を意味し、1はそのまま1年生。
つまり彼女は――
「……先輩!?」
「驚くのはこっちだよー、マオ君って文学部だったんだねー。あの口ぶりは絶対理学部だと思ったのに」
「しかも文学少女!?」
モズミ先輩は、また可愛らしく笑った。
「あはは、少女って。聞いてたよりも全然面白いね君」
三つ編みで、丸メガネで、文学少女――
もう完全に俺の理想の女性なんですが……!
って――
聞いてたよりも……?
「先輩!!」
「え?」
「聞いてたよりもって……何を聞いたんですか……?」
「えーっと、天才で神童で現代のアインシュタインって呼ばれてて、学費全額免除で授業も免除、大学内の施設全部出入り自由ってところかな」
な、なーんだそれならいいや……
「あと、理屈っぽくて嫌な奴で、面白くないってのも聞いたよー」
どあぁぁぁぁ!!
有象無象のしょうもねー評価だけど、モズミ先輩には聞かせたくなかったーっ!!!
「でも、全然面白いよマオ君。自信持って!」
それ、励ましてますか……?
最悪だ……理想の女性を前に、マイナス評価からのスタート……
いや!
凹んでいる暇はない!
ここから挽回しないと!!
「せ、先輩!! 物語の起源について話しませんか!!」
「お、文学トーク? というよりも歴史トークかな? うん、いいよ。私そういう話大好き!」
「やった!」
「やった?」
あ、心の声漏れた。
「え、えーっと最古の物語ってギルガメッシュ叙事詩って言われてるじゃないですか?」
「文学作品としてはね。壁画とかで物語を伝えてる場合はもっと古いよ」
「そうなってくると、物語の歴史って本当に古いんだろうなって思うんですよね」
「一説ではあるけど、何か教訓めいたいことを伝えるために物語仕立てにしたんじゃないかって言われてるよね。そうなると、人々が居を構えたり、旅をしたりしていた頃にまで遡るかもね」
さすが、文学部の院生。
造詣が深い。
てか、トーク盛り上がってないか!?
このままいけば、マイナスイメージ払拭できるかも……!!
期待に胸を膨らませ、会話を繋ごうと口を開けた時――
「ねー、さっき外で変な外国人に話しかけられちゃったー」
ちょっと離れたテーブルから会話が聞こえてきた。
「もしかして、変なコスプレしてる女の人?」
「それ私も声かけられた! おっきー杖持ってたよね」
「なんかさ、『マオーを知りませんか』って聞かれたんだけど」
「魔王? なんかヤバイ人なんじゃない? 無視が正解だよー」
取り留めもない会話。
時折いる変人の話。
些細な話題、だった。
俺以外には――
「なんか面白い外国人がいるみたいだね——って、あれ……? マオ君?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
居酒屋から少し離れた閑静な住宅街。
そこに、アイオーンはいた。
アイオーンとは、異世界『アッガーシア』の時間と運命を監視する女神である。
心配になるほどの薄着を身に纏い、クソでかい杖を持っているのが特徴。
そう、噂の『変な外国人』とはアイオーンのことである。
「ここにいましたかマオー」
「ふッッッッッざけんなぁ!」
心の底からの叫び声だった。
「なんでこっちの世界に来てんだよ!」
「何をそんなに慌ててるのですか、マオー」
「語尾を伸ばすな! マオーじゃ、俺が魔王になるだろうが!!」
「一緒じゃないですか」
「お前がやってることは、『ハシでハシのハシをハジく』ってのと一緒だからな?」
「イントネーションが違うので、流石にわかりますよ」
「文字ベースの話をさらっと会話ベースに変換するな……」
「なんにせよ――拒否はできないはずです」
アイオーンは大きな杖を鳴らした。
辺りの空気が一瞬にして張り詰める。
「マオー。まさか、忘れたわけではありませんよね? 私との約束を。いえ、『我々』との《《約束》》を――」
その声に呼応するように――
空から光が降ってきた。
無形の光は、複数の輪を作り、マオの周りを囲んだ。
そして――声が聞こえて来る。
「せ、聖女さまぁ~!! 助けてくださぁ~い!」
正ジンミースチャナ教会の見習いシスター、アナスタシア。
「主人よ、また物語が変わったぞ」
『わがままなメディレッチ令嬢』の魔本・シャルル。
「マスター、エラーが発生しました」
VRバトルロイヤル『イルミンスール』を統括するAI・アダム。
聞き慣れた声、見慣れた奴らだ。
まだ声は止まない。
「主様!」「殿下!」「王よ!」
以下省略。
それらは全て、高校時代に転生した異世界で出会った人々――
協力し、窮地をくぐり抜け、悪人、悪党、大罪人を滅ぼし、世界に平穏をもたらした仲間。
彼らは声を揃えて言った。
「「「「「「約束を忘れたのですか?」」」」」」
俺は――何も言い返せなかった。
「では――参りましょうか、マオー」
アイオーンは再び杖を鳴らす。
「まずは、我らがアッガーシアを、もう一度救ってもらいますよ」
その言葉と共にアイオーンと俺は、光の中に消えていった。
居酒屋から少し離れた閑静な住宅街。
そこに、アイオーンはいた。
アイオーンとは、異世界『アッガーシア』の時間と運命を監視する女神である。
心配になるほどの薄着を身に纏い、クソでかい杖を持っているのが特徴。
そう、噂の『変な外国人』とはアイオーンのことである。
「ここにいましたかマオー」
「ふッッッッッざけんなぁ!」
心の底からの叫び声だった。
「なんでこっちの世界に来てんだよ!」
「何をそんなに慌ててるのですか、マオー」
「語尾を伸ばすな! マオーじゃ、俺が魔王になるだろうが!!」
「一緒じゃないですか」
「お前がやってることは、『ハシでハシのハシをハジく』ってのと一緒だからな?」
「イントネーションが違うので、流石にわかりますよ」
「文字ベースの話をさらっと会話ベースに変換するな……」
「なんにせよ――拒否はできないはずです」
アイオーンは大きな杖を鳴らした。
辺りの空気が一瞬にして張り詰める。
「マオー。まさか、忘れたわけではありませんよね? 私との約束を。いえ、『我々』との《《約束》》を――」
その声に呼応するように――
空から光が降ってきた。
無形の光は、複数の輪を作り、マオの周りを囲んだ。
そして――声が聞こえて来る。
「せ、聖女さまぁ~!! 助けてくださぁ~い!」
正ジンミースチャナ教会の見習いシスター、アナスタシア。
「主人よ、また物語が変わったぞ」
『わがままなメディレッチ令嬢』の魔本・シャルル。
「マスター、エラーが発生しました」
VRバトルロイヤル『イルミンスール』を統括するAI・アダム。
聞き慣れた声、見慣れた奴らだ。
まだ声は止まない。
「主様!」「殿下!」「王よ!」
以下省略。
それらは全て、高校時代に転生した異世界で出会った人々――
協力し、窮地をくぐり抜け、悪人、悪党、大罪人を滅ぼし、世界に平穏をもたらした仲間。
彼らは声を揃えて言った。
「「「「「「約束を忘れたのですか?」」」」」」
俺は――何も言い返せなかった。
「では――参りましょうか、マオー」
アイオーンは再び杖を鳴らす。
「まずは、我らがアッガーシアを、もう一度救ってもらいますよ」
その言葉と共にアイオーンと俺は、光の中に消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
先ほどまでのやり取りを見て、多くの読者は俺に疑問を持ったと思う。
『なぜ、抵抗しないのか?』
『お前の性格なら蹴っ飛ばして拒否しそうじゃん』
『ご都合主義発動ですか?』
いいえ、理由があります。
それは、何度も頻出している言葉――
約束のせいである。
その約束とは――
『再び問題が起きたら、必ず世界を救うこと』
異世界側からしたら、一度世界を救った存在をそうやすやすと手放すわけがない。
リセマラして、SSR10枚抜きのアカウントを捨てないのと一緒である。
その約束を飲んだことにより、俺は地球に戻ることができた。
そして、晴れて東奥大学文学部の大学1年生になった。
これにより、本来の目的である『恋人を作りたい』、『できれば、三つ編み丸メガネの文学少女の恋人を作りたい』。
これを実行できるようになったのである。
今は『モズミ先輩と付き合いたい』だけど。
お分かり頂けただろうか?
俺の日常は、約束を飲んだ対価なのである。
それはつまり――
約束を破れば、対価は消えるということ。
日常が消え、モズミ先輩と付き合うことは――できなくなるのだ。
もちろん、俺も一度は抵抗してみせたさ。
『俺の身体は1つですけど~?』って。
そしたらなんて言ってきたと思う?
「マオ様のクローンを作って各異世界に提供します」
by:AI・アダム
オシッコちびりそうになった。
というわけで、俺が約束を反故にできる術は今のところない。
だから、この約束を拒否するすことはできないのである。
ご理解頂けましたか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、次は今から向かう先の話。
アッガーシアの話だ。
アッガーシアは魔法が存在するファンタジー世界。
そこには魔族と人間が住んでおり、長い年月いがみ合っていた。
勇者として転生してきた俺は、女神アイオーンから『時間操作』のスキルを与えられ、魔王を倒した。
だが、その魔王は人間側の悪徳大臣と手を組んでいた事が分かり、悪徳大臣も粛清。
そして、そんな状況になっても富と栄華を求め続ける肥えた豚な王も粛清。
天才の俺が法と民主主義を授けて、世界は平和になったのだった――
「――ですが、再び混乱が訪れたのです、マオー」
女神の森。
そこは、アイオーンとマオが初めて出会った場所。
その小高い丘からは、王都カルマルが一望できるのだが――
「……なるほど、理解した」
マオがアッガーシアを出ていった時とは、景色が一変していた。
戦闘の爪痕が残る城内。
難民達が押し寄せ、野営している城外。
いたるところで窃盗が起き、ひと目で治安が悪化しているのが分かる。
「さすがのあなたも、情報がなさすぎて困るでしょう。何故こうなったか説明すると――」
俺は、アイオーンの言葉を遮った。
「理解した、って言っただろ?」
そして、丘から飛び降り、一目散に王都へと向かった。
「本気……?」
背後からアイオーンの声が聞こえたが、無視だ。
何故か?
時間がないからだ。
それは、俺が陥っているこの異世界転生の悪辣な部分――
異世界で消費した時間=地球時間なのであるっ!!!
これに気づけなかったせいで、俺は高校の3年間を全て異世界で浪費させられたのだっ!!!
早く終わらせなければ!!
じゃないと、モズミ先輩のLI●EID聞けねぇ!!
飲み会が始まったのが8時半くらいで、俺が出てきたのが9時半くらい。
あの店はチェーン店っぽくなかったから、多分0時前には閉店だろう……。
つまり、2時間半でけりつけねーと!!
幸い装備はこの世界を離れる前の『暗殺特化ビルド』
相手に視認されていなければ、モブなら確定クリティカルで即死。
ネームドでも初撃で5分の4持っていける。
さらに、アイオーンからもらったスキル『時間操作』により、初撃のダメージカウントを延長することができ――
ほぼ確定で誰でもぶっ殺せるというわけ!
このビルドとスキル、そして俺の頭脳を合せてこの世界に平穏をもたらしたのだったが――
「……すまん、説明パート中に全部終わったわ」
目の前で死にかけている男に向かって、俺は謝った。
反乱軍のネームドを、ナレ死させたら苦情の電話が止まらんからな。
「とにかく――俺がいる限り悪は栄えない。肝に銘じとけ、バカ」
手に持ったナイフを振り下ろす――
その瞬間――
「待って!! マオ!!」
後ろから抱きつかれた。
振り返ると、その姿に見覚えがあった。
確か、一緒に旅をしてた……
「クリスティーナ……? 久しぶりだな」
「……私のことは覚えているのね、マオ」
「まぁ……いろいろあったしな……」
本当に色々。
「でも、それは私だけなの? 私しか覚えてないの?」
「……質問の意味が分からないんだが」
「あなたが殺そうとしているのは誰……?」
「え?」
意味はまだ理解できていない。
ただ、もう一度床に転がっている瀕死の男を見た。
ヒゲまみれの顔。
緋色の目――右目は紺碧だ。
え――まさかこいつ……
「お前……フレドリックか!?」
その男は、腫れた顔を歪ませ、絞り出すような声で言った。
「……お久しぶりです……マオ様」
この時点でも、まだ記憶と合致していなかった。
俺の記憶の中のフレドリックは、幼くて、剣の腕もそこそこ。
それでいて気弱な性格の青年である。
反乱軍を統率できるような男では無かった。
「なんでお前が……?」
「私が説明する……」
そう言って、クリスティーナが語りだしたのは、俺が消えてからの3年間に起きた出来事だった。
最初は全てが上手く行っていたという。
法を守り、経済を回し、生活を豊かにしていった。
だが、それは2年後には崩壊した。
経済は停滞し、格差が拡大、見えない階級が生まれた。
不満は徐々に膨れ、そこに自然災害も重なり――爆発した。
そして、1年前に反乱軍が生まれ、今の状況になったのだという。
「当然、私達もできることはやったの。そりゃ、マオみたいにすごいことはできなかったけど、説得したり、折り合いをつけたり、踏みとどまってもらったり……本当にできる限りのことはやったの……」
「――でも、ダメだったんです」
フレドリックは涙を流し、震える声で言った。
「どんなに努力しても、どんなに我慢しても、何も解決できなかった……でも、みんながどんどん傷ついていくんです……だから僕は……あなたの真似をすることにしたんです」
俺の真似……?
「……フレドリックはね、マオがやったことと同じことをしたの。元魔王軍の反乱分子を倒し、私腹を肥やす資産家達を粛清して、大統領も粛清した……でも――」
クリスティーナは、最後まで言葉を続けず、外を見た。
でも――この有り様だ。
そう伝えたかった――のだろう。
でも、言えなかった。
それは、フレドリックの努力を否定するのと同義。
苦楽を共に分かち合い、奇跡を手中に収めた仲間に、その言葉はあまりに惨い。
「俺は……何を間違えたのでしょうか……?」
フレドリックは、震える手で、俺の腕を握った。
「貴方と同じことをしたはずなのに……どうしてこうなってしまったのでしょうか……? 教えて下さい……教えて下さいマオ様……」
その問いに――俺は答えることができなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は、アッガーシアから地球に戻っていた。
アイオーンに頼んで、1時間だけ猶予をもらったのだ。
だが――問題は解決していない。
『なぜ俺は失敗した?』
可能性は全て洗い出した。
法の抜け穴や、旧体制側の残党、魔族への差別等など――
だが、どれも決定的ではない。
どれも俺が予想した範疇での不法や綻びだった。
講じていた対策も使っていたという。
ではなぜ――
なぜ崩壊した――?
分からない。
こんな感覚初めてだ。
俺はなんて――
「……情けねぇ」
「何が?」
「おわっ!?」
突然の声に驚き飛び退いた。
振り向くと、そこにはモズミ先輩がいた。
デジャヴ?
「……なんでここに?」
「マオ君、荷物忘れてたでしょ?」
モズミ先輩の手には、俺の荷物が握られていた。
「急にいなくなったからびっくりしたよー」
「俺のこと、探してたんですか?」
「酔い覚ましのついでにね。何か用事だったの?」
「まぁ……そうですね……」
ばつの悪そうな返事をしてしまった。
好いている相手――モズミ先輩と話しているのに。
でも、今は取り繕う余裕が無かった。
「荷物、ありがとうございました。それじゃ――」
そう言って、荷物を受け取り、去ろうとすると――
モズミ先輩は、荷物を離さなかった。
「……えっとー、先輩?」
「マオ君」
「はい」
「先輩は、お礼が欲しいです」
「…………はい?」
突然のことに頭が混乱した。
「私がマオ君の忘れ物に気づいて、預かってたおかげで、今マオ君は助かったでしょ?」
「そうですね」
「じゃぁ、私ってすごく良い事したよね?」
「ええまぁ、助かりました」
「うん、じゃぁお礼が欲しいかな!」
なんだろう、この違和感。
『助けたのだからお礼をして』、というそれだけの話しなのに、何かの辻褄が合っていないような……
もしかして――
「……酔ってます、先輩?」
モズミ先輩の顔はまだ赤ら顔だった。
寒さのせいかと思っていたけど、アルコール抜けてない……?
「なんのお礼がいいかなー」
話を聞いていない。
完全に酔ってる。
こういう時ってどうしたらいいんだ……?
「よし、決めました!」
モズミ先輩は、まるで犯人を当てるような勢いで、こちらを指差し――
「君の悩みを私に相談しなさい」
そう言った。
まるで、心を見抜いたようなセリフだった。
動揺し、言葉に詰まっていると――
「お節介だったらごめんね。でもマオ君、すっごく深刻そうな顔してたからさ。文学少女……ではないけど、文学お姉さんに相談してみるのは……どうかな?」
モズミ先輩は――
笑顔を交えて――
そう言った。
その言葉を聞いて、目頭が熱くなった。
これも、初めての感覚だった。
でも、この感覚は――悪くないと思った。
目頭を拭き、俺はモズミ先輩に聞いた。
「……相談させてもらってもいいですか?」
「うん、聞かせて」
そうして俺は、アッガーシアで起きた出来事、自分の失敗を先輩に話した――
当たり前だが、そのまま伝えたら俺が変な人だと思われるので『荒れたクラスとそれを止めた俺』に置き換えて説明した。
先輩は真剣に聞いてくれた。
そして、説明を終えると、モズミ先輩は優しく笑って、ある助言をくれた。
「……それだけですか?」
その内容に、俺はピンときていなかった。
あまりにも単純だったから。
「即効性はないけど、緩やかに解決すると思うよ」
モズミ先輩はそう言って、帰っていった。
1時間後、アイオーンが現れ、再びアッガーシアへ向かった。
それ時でも、まだ俺は懐疑的だった。
なんなら、アイオーン、クリスティーナ、フレドリックを前にしても、話すべきか悩んだレベルだ。
だが――俺の中には答えがない。
であれば――
俺は、意を決した。
「今から言うことを実践してくれ。そうすれば、もう一度平和が訪れる――」
「多分……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間は少しばかり進む。
4月も下旬。
やっと寒さが消えそうになり始めた頃。
俺はテニスをしていた。
インカレで入賞した先輩を軽くぶっ飛ばして、心をへし折る遊びをしていた。
あーたのし。
人気のないところで水分補給をしていると――
「マオー」
心配になるほどの薄着を身に纏い、クソでかい杖を持った女神が現れた。
「久しぶりだなアイオーン。また、何か起きたのか?」
「いいえ、あなたに頼るほどではありません」
「というと、小競り合いくらいは起きてるのか」
「そうですね」
「まぁ、突然話し合って自分たちで決めろって言われたらそうなるか」
俺がアイオーン達に提案したことは、当事者同士の平等な議論と、俺がその話し合いに介入しないことだった。
驚くほど平凡。
驚くほど普通。
これはあの日の夜、モズミ先輩が提案した内容そのままである。
『マオ君、大事なのはね、自分たちで決めたということなんだよ。誰かに押し付けられたって事実は、いずれ大きな歪になるの』
正直、これが正解だったのか今もまだ分からない。
だが、アイオーンの話を聞く限り、今のところ正解のようだ。
「……変わりましたね、マオー」
「……? どういう意味?」
「いい意味で、ですよ。それじゃ、私はこれで」
よくわからない言葉を残して、アイオーンは消えていった。
変わった――か。
まぁでも、自分でもそう思う。
前の俺なら、こんなへなちょこで運任せな提案をしなかっただろう。
なんなら『アッガーシアの王に、俺はなる!』とか言い出してたかもしれない。
だけど、そういう選択が以外もあると、今は思っている。
そのきっかけをくれたのは――
「マオくーん! 一緒にテニスしない?」
三つ編みを揺らし、丸メガネから笑顔を覗かせるモズミ先輩――
俺が知らない『普通な解答』を持っている先輩――
「いいですよ。今行きます」
もっと知りたい。
あなたのことが。
そして、いずれ恋仲に……!
そのためにも、この日常を絶対に守り抜いてやる……!