第72話 一緒に買い物
夏休みが明けてすぐの事。今日は水曜日で、由美と真人が久しぶりに河原で会う日だった。それと同時に、由美の家でご飯を食べる日でもある。
「北川くん」
「浜野さん。それじゃあ、行く?」
「ありがとう。買い物に付き合って貰って」
「いいよ。浜野さんのご飯、楽しみだ」
真人の表情は、本当にそう思っていることがすぐに分かる。鼻歌でも歌い出しそうなほどに上機嫌で、足取りも軽い。
「そんなに楽しみにしてくれてると、私も嬉しい」
上機嫌な真人につられて、由美もニコニコと嬉しそうに笑った。機嫌よく、こちらは本当に鼻歌を歌い出している。
「うちの父さんも楽しみにしてるよ。今朝、家を出る時に話したんだ」
「ふふ。嬉しい。張り切って作っちゃうね」
「メニューは?」
「今はまだ内緒。買い物する時にわかっちゃうかな?」
由美はそう言うが、真人は普段から料理を全くしないのだ。食材を見たとしても、なんの料理を作るのか全く想像もつかないだろう。と思う。
。。。
スーパーについたら、早速真人がカゴを取って、カートで押してくれた。
「ありがとう」
「うん」
由美は真人が押してくれているカートに、欲しい食材を入れていく。
「レタスにトマト……あとお肉も買わなきゃ」
野菜コーナーにいるので、まずは野菜から見ている。由美は手馴れた様子で野菜を見分け、サッサッと備え付けの袋に詰めてからカゴに入れた。
「流石の手際だなあ」
「料理をするようになれば、北川くんだってこれくらい出来るようになるわ」
「んー……。自炊してる俺とか、想像つかないかも」
真人は短く唸ってから、そう言った。
「まあ。北川くんったら」
「俺、大人になってもほしのねこに入り浸ってそう」
「もう」
真人と由美はクスクスと笑いながら、スーパー内を歩く。
「逆に、俺が料理できるようになると思う?」
「やればできるようになるわよ。私だって、料理を始めた頃は失敗ばっかりだったんだから」
「うーん……」
真人はまた唸って、由美の手元を見る。由美は会話をしつつも、素早い手つきで欲しい食材をカゴに入れていた。合宿の時もだが、由美は真人と会話をしていても、少し食材を見比べたら、サッと素早くカゴの中に物を入れるのだ。そんな由美の料理を失敗した姿は、真人には想像ができなかった。
「料理を失敗する浜野さんも、想像つかないな」
「今はね。もう慣れたものよ」
「小さい頃の浜野さんか。昔から可愛かったんだろうな」
真人がそう言うと、由美の手がピタッと止まる。そして、真人から視線を逸らして頬を染めた。
「そんなこと言うの、北川くんだけだよ」
「何で? 拓真達だって同じ感想だと思うんだけど」
「私、小学生の頃は男の子に意地悪ばっかりされてたもん。多分、私のことが気に食わなかったのよ」
「そう言えば、そんなこと言ってたっけ」
真人は訝るように由美を見た。嘘をついているわけではなさそうだ。何故、由美のような女の子がいじめられるのだろうか。と考えた真人は、想像した。そして思いつく。
小学生の男子は、愛情表現の仕方がまだまだ未熟なものだ。かっこよさを強さと考えるものだから、相手よりも優位に立とうと強気に出るし、構って欲しいからちょっかいをかける。好きな相手をいじめる行為は、母親に対する愛着や、自身の承認欲求を満たそうとする行為に近いように思う。
(憶測だけど、小学生の頃からモテてたんじゃねえかな?)
真人は由美を見つめて、そんなことを考える。そして、自分ならどうしただろうか。と想像した。
真人は、好きな人には甘えん坊だった。確かにちょっかいのようなものをかけていたような記憶もあるが、それでもいじめたり優位に立とうとは全くしなかった。寧ろ刷り込みされた雛のように、くっついて回って手下のように動いていたと思う。
「てか、大人しくいじめられてる姿なんて想像もつかねえや」
ボソリと呟いた言葉は、由美の事ではなく、明里の事を考えて出た言葉だった。真人は無意識に呟いていたので、その事には気づかない。
「そうかしら……」
逆に、由美の方は真人がどこか遠くを見つめていることに気づく。瞳はどこか切なげで、まるで何かを慈しんでいるかのような、優しい表情をしているのだ。
「北川くん。あとはレジだけだから。入口の方でちょっと待ってて」
「え、ああ…うん……」
由美は誤魔化すようにそう言って、真人から距離をとる。真人は少し戸惑いながらも、由美の言う通りに移動した。
。。。
由美が会計を終えてマイバッグに食材を詰めると、その食材の入ったバッグを真人が持ち上げた。
「あ。北川くん……」
「ご馳走になるんだし、これくらいさせてよ」
そう言った真人の笑顔は、何だか眩しかった。少し拗ねていた由美の気持ちが、一気に回復する。我ながら単純だと思ったが、そこは惚れた弱みだった。こんな風に優しくされると、つい嬉しくてドキドキしてしまうのだ。
「ありがとう。合宿の時も手伝って貰ったよね」
「あの時だって、俺らサッカー部の分を作ってくれてたんだから、当然だろ。量もかなり多かったし」
「ふふ。助かるわ」
由美はそう言って、軽く頬を染めはにかんだ。
「それにしても、浜野さんって普段からこの量を買い物してるの?」
真人からしたら別に重いというわけでは無いのだが、女性にとってはそこそこの重さになっているだろう。と真人は思った。
「いつもは2人分だからもう少し軽いわ。でも、これくらいなら余裕で持てるのよ?」
由美はそう言いながら、力こぶを作った。真人はそれを見て、少しだけ眉を寄せる。
合宿の時も指摘したが、半袖で腕を上げると、脇が見えるのだ。真人はつい視線を向けてしまうので、あまり無防備にされると困ってしまう。
「あ。そっか」
真人が眉を寄せた事で気づいたらしく、由美は恥ずかしそうに腕を下ろして、その腕を逆の手でキュッと押さえた。
「ごめんなさい……」
「うん。まあ、俺の前で安心してくれてんのは、嬉しくもあるんだけどね」
由美が恥ずかしそうに頬を染めているので、真人にもそれが移る。真人は照れくさそうな困り笑顔で、言った。
「気をつけようって何回も反省したはずなのになあ」
由美は唇を尖らせながら、また同じように反省をする。それを横目に見て、真人はやはり苦笑するしか無かった。




