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ひび割れた時を君と  作者: 朱空てぃ
夏休み終盤
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第71話 真人の好物

 夏休みの最終日。由美は仕事に出る父に、ある事を頼まれた。


「私はいいけど。警部さんも忙しいでしょ? 大丈夫なの?」

「もちろん、都合は合わせるさ。北川くんは私が誘うから。由美は真人くんを誘ってくれよ」

「うん。わかったわ」

「楽しみだなあ」


 由美の父である銀次は、北川親子をまた家に呼びたい。と言って、由美に真人を誘うようにお願いをした。


 今日は真人のシフトが入った最終日だ。由美は今日のシフトには入っていなかったのだが、真人に会うためにほしのねこに行くことにした。


。。。


 丁度真人のアルバイトが始まる昼過ぎ。由美は客としてほしのねこにやって来た。


「いらっしゃいませ! ……あれ。浜野さん」

「こんにちは」

「こんにちは。今日は、カウンターのお席にどうぞ」


 今はお昼時。もうじき客足も引いてくる頃だが、まだテーブル席は全て埋まっている。由美はカウンター席に座って、真人が出してくれたお冷を飲んだ。


「ご注文はお決まりですか?」

「うん。今日は日替わりにしようかな。それと、アイスコーヒーください。もうお腹ぺこぺこ」

「食べてこなかったんだね」

 

 もう昼は過ぎている。由美なら、きっと自分で作って食べてきただろうと思っていたから、真人はそう言った。


「うん。北川くんのシフトまで我慢してたの」

「そうだったの? 俺に何か用だった?」


 チャットしてくれたら良かったのに。と、真人は少しだけ申し訳なさそうに眉を下げる。由美だってそれは考えていたのだが、どうせなら直接会って話したかったのだ。


「そうだけど。ほしのねこのお料理も食べたかったの」

「ふふ。そっか。今はまだ少しバタバタしてるから、後で空いてきたらまた来るよ。ごめんな」


 由美の言葉を信じたようで、真人の下がっていた眉は優しく弧を描いた。真人はくすくすと笑って、由美に断りを入れる。


「私のことは気にしなくていいわ。ゆっくり待ってるから。ありがとう」


 由美は真人を見送ると、そのまま皿を下げにホール内を忙しく動き回る彼の姿を見つめて、優しく微笑むのだった。


。。。


 それから暫くして、席が少しずつ空いてきた。すると、忙しく動き回っていた店長が由美に声をかけに来てくれる。


「いらっしゃい。由美ちゃん」

「店長。お疲れ様です」

「お皿下げちゃうね。真人くんも、もうすぐそっちに行かせてあげられるから。もう少しだけ待ってて」


 真人は今、先程下げたお皿を洗っているようだった。それが終われば、由美と会話をする時間ができる。店長はそう言って、客席の方へ移動して行った。


「由美ちゃん。今日は真人に会いに来たのかい?」

「秋山さん」


 ほしのねこの常連客。秋山修司が由美に言う。もう帰りのようで、さっきまで修司がいた席が店長の手で綺麗になっていく。


「はい。ちょっと用事があって」

「へえ? デートのお誘いかい?」

「ち、違いますよ! もう。秋山さんったら、すぐそういうこと言うんだから!」


 由美は照れた顔で不貞腐れ、修司がニヤニヤと笑いながら去っていく後ろ姿を恨めしく思った。


「あ、秋山さん。ありがとうございました! またお越しくださいね!」


 丁度お皿洗いから帰ってきたようで、真人の声が聞こえてきた。由美は思わずドキリとして、真人と修司のやり取りを見守る。


「おう。会計ありがとな」

「今日で最後なので、今度はお客さん同士として会いましょうね?」

「ああ。楽しみだな。……ところで真人。あんまり女の子待たせるんじゃないぞ?」

「え?」


 修司がそう言うと、真人が由美の方をチラリと見た。バッチリと目が合ってしまった由美は、少しだけ気まずく思いながらも、焦らなくていいという意志を伝えるために軽く手を振って誤魔化す。


「あ……。はい。わかってますよ」


 相変わらずニヤニヤとからかうような笑みを浮かべつつ、修司は会計を終えて店を出て行った。真人はレジにお金を入れた後、やっと手が空いたので由美の元に来てくれた。


「お待たせ。浜野さん。飲み物、おかわりとかします?」

「あ、じゃあ同じのをください。アイスコーヒー」

「かしこまりました! もうちょっとだけ待ってて。すぐに持ってくるね」

「焦らなくていいわよ」


 注文時に店長が豆を引くような凝った種類のコーヒーは作れないが、コーヒーメーカーで作るようなアイスコーヒーなんかは、真人でもすぐに用意できる。真人はすぐにアイスコーヒーを注いで、由美のテーブルに置いてくれた。


「お待たせ致しました。それで、浜野さんの用事って何?」


 由美はもらったアイスコーヒーを1口飲むと、気分を落ち着かせる。そして、真人を見つめた。


「あのね、うちのお父さんがまた北川くんと、北川くんのお父さんとご飯を食べたいって。北川くんのお父さんはうちのお父さんが誘うから、私には北川くんを誘って欲しいって言われたの」

「それって、日付けは決まってる?」

「ううん。警部さんの都合もあるでしょ? でも、近いうちに…とは言ってたかな」

「そっか。まあ、俺はいつでも平気だから。父さん達次第かな」

「そうだね」


 由美は真人を誘えたことに安心して、またコーヒーに口をつける。その後、改めて真人に聞いた。


「ねえ、北川くんは何か食べたいもの、ある?」

「ん?」

「家に食べに来てくれる時、何作ろうかなって」

「ああ。何でもいいよ。俺、好き嫌いないし。浜野さんの料理は全部美味しいから」


 真人がニコッと笑うと、由美の頬が赤く染まる。そして、嬉しそうにはにかんだ。


「ふふ。ありがとう……」

「ん。ああ、いや。別に……」


 由美のはにかむ姿が可愛らしかったから、真人にも由美の赤みが移ってしまう。急に照れくさくなって、この場から逃げ出したくなってしまった。


「お父さんは」

「え?」

「北川くんのお父さん。警部さんは苦手な食べ物とか、ある?」

「いや。俺と一緒でなんでも食べるよ」

「それなら、好物はあるかしら?」

「えーっと……。ら、ラーメン? ……インスタントの」

「えっ。インスタントばかりじゃ身体に悪いわよ」


 由美は眉を下げて心配してくれる。


「父さんに言っとく。上司のお嬢さんに心配かけてるぞーって」

「それで栄養バランスを考えてくれたらいいんだけれど……」

「それはどうだろ」


 真人はクスッと笑って、想像した。父の慌てる姿が目に浮かぶ。


「北川くんは何が好きなの?」

「え? んー……。なんだろ。ほしのねこの料理は全部好きだからなあ」


 それを聞くと、由美も嬉しくなる。ニコニコと笑顔で、悩む真人の姿を見つめる。


「あ、あー……。でもな…………」


 何かを思いついたかのようにパッと顔を上げた真人だが、すぐに俯いてしまった。ぶつぶつと何かを呟いている。


「どうしたの?」

「うん。好物、思いついたんだけど。それを頼むのはなって思って」

「どうして? 手間のかかるものでも構わないのよ? 少し待って貰うことにはなっちゃうけど」


 由美がそう言うと、真人は少しだけ言いにくそうに、口を開いた。


「そういう事じゃなくて。カレー……」

「カレー?」

「初めて食べた浜野さんのカレーがすげえ好みで……」

「嬉しい」

「好きなんだけど、この前と同じ物を作って欲しいって言うのはちょっとなって。他の料理も食べたいし」


 真人は真剣に悩んでしまい、また俯いてぶつぶつと独り言を呟いた。


「ふふっ……」


 由美はクスクスと笑いだし、真人を見つめる。


「そんな風に言って貰えて、本当に嬉しいわ」

「……だって」


 由美を振り返った真人は、またすぐに俯いてしまう。嬉しそうに微笑んでいる由美が、とても綺麗だと思ったからだった。


「と、とにかく。俺は浜野さんの料理、なんでも好きだし。だから……」

「うん。こっちでテキトーに決めちゃうね?」

「あ、ああ……」


 真人は小さな声で呟くと、逃げるようにカウンターに引っ込んで、ダスターを持って客席のテーブルを拭いて回る。ぐるぐると思考が真人の脳内を渦巻いて、忙しかった昼の時間よりもずっと疲れてしまっている。


「ふぅ……」


 少し落ち着いてきた頃に店長が微笑ましげに声をかけてきたから、真人はまたすぐに照れくさくなって、もうどうしようも無くなってしまうのだった。

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