第68話 ひやむぎと天ぷら
今日の由美の食事は、日替わりメニュー。マカロニチーズドリアだ。真人と幸雄は、今日から新しく始まったおすすめメニューである、ひやむぎのつけ麺と天ぷらを頼んだ。
つけ麺用のつけ汁は店長オリジナルのレシピらしく、とても楽しみにしているのだが、それよりも楽しみなのが天ぷらである。今までほしのねこの料理で外れたことがないのだから、絶対に美味しい天ぷらが出てくるだろう。と、真人は確信していた。
「ひやむぎも美味しそうよね。次は頼もうかしら」
「店長オリジナルのつけ汁も楽しみだけど、この夏野菜の天ぷら。すげえ美味そう」
まずは綺麗に盛り付けられた料理の見た目を楽しんでから、手を合わせて食前の挨拶をする。
「「いただきます」」
挨拶を済ませたら早速、楽しみにしていた天ぷらに口をつけた。衣がサクッとしていて、中身は柔らかい。食材は茄子だ。水気が多く、衣まで濡れて中々カラッとあげるのが難しいはずの茄子が、こんなにも綺麗にあがっているなんて……。真人はそれだけで感動してしまう。
「茄子なのにこんなにサクサクするもんなんだな」
「美味しい!」
料理を褒めれば、目の前の由美がニコニコと嬉しそうな顔をする。
「うふふ。知ってた? 天つゆも店長が作ってるのよ」
「へえ。流石だな。店長って作れない物の方が少ないんじゃないか?」
「だな!」
真人達が食事に満足しているのが伝わったのか、店長がニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべながら、席に近づいてきた。今は新しい客はいないから、時間に余裕があるようだった。
「どう? 新メニュー」
「美味しいです!」
「つけ汁も天つゆも、自家製なんですよね?」
真人と幸雄が大きく頷くと、店長の笑顔が更に深まった。
「うん。でも、天つゆに関しては由美ちゃんに手伝っもらったんだ。調味料の比率を一緒に考えて貰って……。一緒に作ったみたいなものかな」
「そうだったんだな。流石は浜野さん」
真人の料理に対する由美への信頼は計り知れない。ほしのねこと同じくらい、真人の中では由美の料理にも外れがないのだ。
「ほとんど試食だったけどね」
「それだけ浜野さんの舌が信用できるってことだろ?」
「……えへへ。ありがとう」
由美は真人に褒められて、照れくさそうにはにかんだ。その嬉しそうな表情を見ていたら、真人の方まで照れくさくなってしまった。
「ふふふ。なんだか2人を見てたら、秋山さんが言ってた話を思い出すなあ。本当にデートの帰りだったんじゃない?」
由美が纏う空気がなんだか熱っぽいから…2人の間に流れる空気が少々甘ったるいから……。ついに、店長までもがからかうようになってしまった。
「えっ、て、てて、店長まで……。そんなんじゃないのに…………」
さっきと同じように、由美は顔を真っ赤にして、真人は軽く苦笑するだけだった。
「図書館で課題してただけだもんな。デートなんて雰囲気じゃなかったですよ」
「図書館にいたんだ。課題って、学校の?」
幸雄が聞くと、真人がこくんと頷いた
「そ。浜野さんは読書感想文で、俺は特別課題」
「特別課題?」
少々特殊な学園である藤波学園と洋極学園の課題の内容なんて、店長はまるっきり知らない。そのため、彼には特別課題についても何の事なのか、さっぱりだった。
「はい。俺達特待生にだけ、そういう課題があるんです。例えば、俺は文献を参考に実験をして、レポートを書いて提出するのが特別課題になってます」
「へえ。真人くんも幸雄くんも特待生なんだったね。由美ちゃんもだろう? 由美ちゃんにも課題が出ているのかい?」
店長が聞くと、由美もまた図書館で真人に話したように、家庭科関連の課題が出された事を話す。
「由美ちゃん、もう終わらせたんだ」
「うん。合宿から帰ってすぐに。白鳥くんは?」
「俺はまだ。俺の課題も論文だし、結構めんどくさいんだよな」
「ネットとその他メディアの比較論文だっけ?」
「そ。それぞれのメリットデメリットとかー、そういうの」
「白鳥くんの課題も難しそうなのね」
「俺、情報関連の特待生だしね」
幸雄はそう言うと、肩を竦めながら天ぷらを口に含む。それだけで、幸雄の気分は回復した。
「純也も面倒そうだよな。教師の出したお題に沿って、経営に関する仮の企画書を提出するんだろ」
天ぷらを口にしたことで気を取り直した幸雄が、そう言った。
「仕事みたいだよな。まあ、あいつなら本物の企画書にも目を通したことあるだろうし、そこまで苦でもないかもよ」
「ああ、そう言われれば…そうだったな」
「それよか拓真じゃね? あいつ、勉強好きじゃないのに授業免除の為に五教科分、試験内容を全部ノートにまとめて提出しなきゃならねえだろ」
真人はケラケラと笑って、言う。真人の事だから、拓真に対していい気味だとでも思っているのかもしれない。
「へえ? 確か拓真くんって、頭がいいんだろう?」
店長がそう言って、首を傾ける。それに続いて、由美もこくこくと頷いて、言う。
「夏休み前の試験でも、1位だったって聞いたわ」
「あいつ、中学の時からずっと学年首席だからな」
「凄いもんだねえ」
「でも、拓真はどちらかと言えば天才肌なんですよね。勉強しなくても出来ちゃうタイプなんです」
「それは……。もっと凄いね」
店長も交えて雑談をしていると、新しく客が入ってきた。茉莉が席まで案内をしているが、店長も接客のためにこの場を離れていく。
「あー、美味かった」
「満腹!」
店長が断りを入れて離れるのとほぼ同時に、真人と幸雄がひやむぎと天ぷらを食べ終えた。少しお腹をさすっていると、客を席まで案内し終えた茉莉が、お皿を下げにやってくる。
「あ、ありがとう。俺、烏龍茶頼みたいんだけどいい?」
「かしこまりました! 幸雄くんと由美は、追加注文する?」
「俺も烏龍茶」
「あ、じゃあ私も頼もうかしら。烏龍茶」
「はーい。烏龍茶3つですね。少々お待ちください」
茉莉はニコッと営業スマイルで注文を取って、カウンターの奥に入っていく。それから数分もしないうちに、3つの烏龍茶が席まで届けられた。
「ありがとう」
「ふふ。ゆっくりしていって」
「幸雄は、山里さんのシフト終わりまでいるのか?」
「流石にそれは迷惑でしょ。ストーカーみたいでキモいし」
幸雄がそう言うと、真人はからかうようにジトッと幸雄を見た。
「彼女のシフトに合わせて来てるくせに、今更かよ」
「うっ……」
幸雄は何も言い返せないようで、言葉を詰まらせてしまう。それを横目に、由美と茉莉がくすくす笑った。
「私はストーカーされてるなんて思ってないから、安心してよね」
「茉莉ちゃん……!」
「むしろ売上に貢献してくれてありがたいし!」
「そうだね。いつもありがとう」
茉莉に続いて、由美もニコッと笑ってそう言った。短期間ではあるが、今はほしのねこでバイトをしている真人も、相変わらずのからかい顔ではあるが、幸雄にお礼を伝える。
「また拓真くんや純也くんも連れてきてね」
「うん。もうこっちに戻ってくる頃だし、また誘ってくるよ」
拓真は両親の銀近記念を祝うためのパーティーがあるため、実家に残っている。純也もそのパーティーの招待客なので、まだ拓真の家に泊まっていたのだ。しかし、パーティーはもう終わったし、そろそろ実家からこっちに戻ってきている頃だろう。
「あ、そうだ。2人とも、和実と里美を覚えてる?」
和実も里美も、由美と茉莉の友人だ。真人達とは、体育祭の時に会った事がある。
「覚えてるよ」
「その子達がどうかした?」
「どうかした訳じゃないんだけど、せっかく夏休みなんだし、みんなで遊びに行きたいなって思って」
「へえ。2人も含めてか。俺はいいけど」
「もちろん。俺もいいよ!」
2人が頷くと、茉莉は嬉しそうに由美を見つめた。そして、グッと顔を近づけて、問いかける。
「ね、由美もいいよね?」
「うん。みんなが良ければ、私もいいわよ」
「やった! 実はお父さんから、ボウリングのクーポン券を貰ったのよね」
茉莉はそう言って、苦笑する。茉莉の話だと、クーポン券は1枚で4人まで使えるそうで、そのクーポン券が2枚あるんだとか。だから、できるだけ大人数で遊びたかったようだ。
「じゃあ、男共はこっちで誘っとくよ。詳しい話は幸雄を通して後でしよっか」
「え? 俺?」
「いいじゃん。山里さんと仲良くなりたいだろ?」
「そ、そうだけど……。てか、本人の前で言うか? 普通……」
幸雄がほんのりと頬を染めているのと同時に、茉莉もポッと顔を赤くしていた。真人はそれを見て、満足そうに笑っている。
「じゃ、じゃあ、こっちも2人を誘っておくわ。ま、また…幸雄くんに連絡するわね」
「あ、うん……」
どこか甘い空気が漂う2人を見て、由美までドキドキソワソワとしてしまう。嬉しいけれど、気恥ずかしい。そんな空気を感じ取ったのか、茉莉は「んんっ」と咳払いをしてから、頭を下げる。
「それじゃ、ごゆっくり」
そう言って、茉莉はカウンターの方へと歩いていってしまった。




