第67話 久しぶりのアルバイト
真人がほしのねこのエプロンに袖を通すのは、約1週間ぶりだ。久しぶりに袖を通すと、やはり可愛らしい猫のシルエットがなんだか照れくさく感じる。
「店長。お久しぶりです」
「おはよう。2人とも。今は新しいお客さんは入ってないから、由美ちゃんはとりあえず机拭きのついでに、空いたお皿を下げて貰えるかい?」
「はい」
「真人くんは早速、秋山さんの所にこれを運んでね。さっき席まで伺うって約束したんだろう?」
「はい。いつものエスプレッソコーヒーですか?」
「ああ、そうだよ。彼の食後の楽しみだから」
「了解です! 行ってきますね」
真人は常連客であり、先程店に入ってきた由美と真人をからかった秋山修司の席に、エスプレッソコーヒーを届けた。
「お待たせいたしました! 食後のエスプレッソコーヒーです」
「ありがとう。真人もすっかりここの店員だな!」
修司は店員達と話すのが好きらしく、真人が店の仕事に慣れないうちから、よく声をかけてくれていた。今では世間話をするくらい、仲良くなっている。
「ありがとうございます」
「夏の間だけってのが寂しいねえ」
「客としては来ますよ。夕方が多いけど、秋山さんと話すために休日の昼にも来ようかな」
なんて調子よく言ってみると、修司の顔つきが少しニヤついた。
「なんて言っちゃって。お前さん、由美ちゃん目当てだったりすんじゃねえのか?」
「え? あ、あはは……」
修司がニヤニヤとからかい顔で、軽くつついてくる。真人は苦笑して、お皿を下げていく由美の後ろ姿をチラッと見てから、言う。
「確かに浜野さんとは仲良くさせてもらってますけど、なんでもない普通の友達ですよ」
「えー、そうかい? でも、ぶっちゃけ由美ちゃんって可愛いだろ? いつもニコニコ笑ってるし、からかうと赤くなっちゃうとこもチャーミングだ」
真人は彼の言葉に、コロコロと表情を変える由美の姿を想像した。確かに、からかうとすぐに顔を赤くして、恥ずかしそうに抗議してくる。会話をする時は、くだらない話でも楽しそうに聞いてくれるし、子どもみたいにはしゃぐ姿も何度も見た。しかし、それを言うのはなんだか少し照れくさい。
「まあ……。美人ですよね」
真人はそう言って、誤魔化す。由美は客観的に見て美人なので、今の発言には何も問題は無い。無難な回答のはずだ。
「あ、そういえば……」
由美の色々な表情を思い出していた真人が、ふと図書館での沈んでいた由美の表情を思い出した。由美が、熱を出した時の真人の事を思い出していたあの、ぼーっとしている表情だ。
「浜野さんの様子がたまに変だなって思うことがあるんですよね。普段はそうでも無いんですけど、ふとした時になんだかぼーっとしてるって言うか、落ち込んでる…みたいな」
由美が何も話してくれないから、深くは聞かない。しかし、できることなら悩みを打ち明けて欲しいとも思う。由美がぼーっと何かを考えるようになったのは、真人が風邪をひいた時からだった。真人もそれに気づいているから、尚更気になってしまうのだ。
「乙女の悩みに深く首を突っ込まない方がいい。俺もカミさんによくデリカシーがないのよ。あんた。とか言われんだ」
修司が微妙におネエっぽい声を出して、そう言った。奥さんのモノマネなのだろうか。真人はそう思って、思わず笑みを零す。
「へへ。夫婦間でも悩みを全部打ち明けられる訳じゃねえ。隠し事も結構ある。例えば、最近医者に肥満って言われたとかな」
「えっ、それって隠してて大丈夫なんですか?」
「本格的に栄養指導が始まったら、流石に言わんといかんかなあ。食事は俺の趣味なんだぜ? ヘルシー料理とか、まだいい」
と、肩を竦めて言う。
「長く通ってもらうためにも、気を遣って欲しいですけどね……」
「ありがとな。真人」
修司はニカッと歯を見せて笑うと、話を元に戻した。
「で、だ。夫婦にもそういう隠し事はあるわけだし、仲良しカップルだからってあんまり深い事情を聞こうとすっと、嫌われちまうぜ?」
「ふふ。そうですね。俺たちはカップルではないけど、本当に仲良くしてくれてるから、つい気になってしまって……。でも、いくら仲のいい友達でも、異性には知られたくないってこともありますよね」
真人はそう言うと、修司に話を聞いてくれたお礼を伝えて、他の仕事をしにカウンターまで戻る。カウンターでは由美が食器を洗っていた。
「大きい方の食器、裏に下げて洗っておくよ」
「あ、お願い!」
ほしのねこでは、忙しい時や大きなお皿、油の酷いものは厨房に置いてある食洗機に突っ込んで洗っている。カップや店が空いている時のお皿は、大抵カウンターで手洗いで済ましているのだ。
「じゃ、一旦厨房に行ってきます」
真人はお皿を両手に重ねて持って、裏へと引っ込んで行った。
。。。
夕方の6時ちょっと前。賑わっていた店内もかなり落ち着いてきた頃。茉莉がいつもの元気な挨拶で店内に入ってきた。
「お疲れ様でーす!」
「あ、茉莉。おはよー」
「おはよ。お疲れ、由美」
茉莉のシフトは6時から。そして、由美と真人のシフトが終わるのも6時だ。入れ違いになる。
「白鳥くんはいらっしゃいませ。いつもの席、空いてるわよ」
「ありがとう、由美ちゃん」
ニコニコとご機嫌な様子の幸雄を見て、由美は昼にからかわれた時のことを思い出す。そして、自分もからかってみたくなった。
「もしかして、デートの帰りかしら?」
「え? あはは。今日は違うわ」
「さっき偶然、そこで会ったんだよ。まあ、茉莉ちゃんのシフトに合わせてきたから、凄い偶然かって言われたらそうでも無いけど」
「そうなのね」
最近の茉莉と幸雄は、付き合っていないのが不思議なくらい仲が良い。茉莉は幸雄からの告白を待っているらしいのだが、幸雄はいつ告白をするのだろうか。
「じゃ、幸雄くん。また後でね」
「はーい。お仕事頑張って」
「ありがと」
茉莉は裏に入っていき、幸雄はいつもの席に座る。お冷を持ってきてくれたのは、真人だった。
「どうぞ。俺もそこで飯食うわ」
「うん。もう終わりだろ? 待ってる。料理は後で頼むとして、今はアイスコーヒー頂戴。ガムシロップ2個、お願いします」
「かしこまりましたー。少々お待ちください」
一応、接客なので丁寧な言葉を使ってはいるが、仲のいい友人同士だからか、ほしのねこのフレンドリーな雰囲気もあるのか、かなり砕けた雰囲気だ。まるでごっこ遊びをしているように錯覚して、2人でくすくすと笑ってしまった。
「楽しそうね」
「あ、由美ちゃん。真人はこの後、ここで食べてくらしいけど、由美ちゃんもどう?」
「私もいいの?」
「もちろん」
「ふふ。じゃあ、食べて帰ろうかしら」
という事で、シフトが終わった後、由美と真人の2人は幸雄がいる席と相席をして、一緒にご飯を食べる事になった。




