第66話 図書館でばったり
お盆が明けて、今日からはまたほしのねこでのバイトが始まる。由美は今日、バイトがある昼の2時まで、夏休みの課題を進めて過ごすことにした。
「……あった」
由美は今、読書感想文を書くために図書館に来ている。学園側からも推奨されている課題図書を見つけて、早速空いている席でその本を開いてみた。
「………………。うぅん……」
由美はあまり読書をする方ではない。普段由美が本を手に取るとしたら、レシピ本や刺繍図案等の実用書だったり、和実達が貸してくれる漫画やファッション誌くらいだった。
そんな由美は、本を読み始めて数分で退屈になってしまい、眉を寄せながら本を睨みつける。
「はぁ……」
しかし、結局文字を目で追うのに疲れてしまって、由美は本から視線を逸らして机に項垂れた。
「浜野さん?」
「え……?」
由美が疲れた顔のまま視線を上げると、そこには不思議そうに由美を見下ろしている、真人の姿があった。
「北川くん……? え? あれ、なんで!?」
「わ、驚かせてごめん。ここ図書館だから、もう少し声抑えて」
地元がこの近くでは無い真人がいることに驚いて、由美はおろおろと戸惑う。真人はそんな由美に対して、シーっと人差し指を口に当てて小声で言った。由美はパッと口を押さえると、周りを軽く見回してから真人に視線を戻し、こくこくと頷く。
「隣、いい?」
由美は無言で頷く。真人が隣に座ったのを確認してから、声を潜めて真人に聞いた。
「北川くん。どうしてこっちの図書館に?」
「俺、今日部活の午前練だったんだ。で、この後ほしのねこだろ? 空いた時間、暇だったから。図書館に来たのはたまたまだけど」
「そ、そっか。だから制服なのね……。びっくりしちゃった」
由美はほーっと自分を落ち着かせて、苦笑交じりに読んでいた本を軽く撫でる。
「ちょうど、本に退屈になってた時だったの」
「それ、課題図書の本だよな? もしかして、読書感想文?」
「そうなんだけど、中々進まなくて」
「もしかして、読書苦手?」
「あぅ……。う、うん」
出来の悪い子だと思われただろうか。由美は不安になって、真人を恐る恐る見つめる。真人は由美が持っていた本をジーッと見つめていたかと思えば、スマホを取り出してなにか操作し始めた。
「もし課題図書の中から選ぶなら、その本よりはこっちのが読みやすいよ」
そう言って真人が見せてくれた本は、確かに課題図書の案内に記載されていた本だった。
「活字は活字だけど、そっちよりは言葉が優しい。それは言い回しが結構難しかったりするだろ?」
と言って、真人はトントンと本を指の腹で叩いた。
「そうなの? 探してみようかしら」
「手伝うよ。えっと……ジャンルが…………」
真人のおかげで、課題図書の本はすぐに見つかった。パラパラと捲ってみたら、確かに前の本よりは読みやすそうだと感じた。難しい漢字や専門用語のようなものが一切ない。
「それなら読めそう?」
「うん。ありがとう、北川くん……」
「どういたしまして」
真人がニコッと笑うと、由美の頬が軽く染まった。由美はドキドキする胸を押さえながら、元いた場所に座って、大人しく本を読む……フリをしながら、真人が拓真の実家で熱を出した時のことを思い出していた。
幸雄も言っていたし、気にしないようにはしているのだが、ふとした時にやはり、あの時うなされていた真人の顔を思い出してしまう。思い出してしょんぼりして、ハッとしたら無理やり頭の隅へおいやるのを、ここ数日間繰り返していた。
「浜野さん? それも読みにくかった?」
まだ1ページ目も読み終えていないからだろう。真人が心配そうに覗き込んできた。
「う、ううん。そんな事ないわ」
由美はぶんぶんと勢いよく首を横に振る。
(しっかりしなきゃ。北川くんに心配かけてたら、いつまで経っても世話のかかる友達のまま、何も変わらないもの。白鳥くんにも頑張るって言っちゃったし、早く切り替えなくっちゃ)
由美は心の中で気持ちを整理しつつ、本に集中する。
。。。
真人が読みやすい本を教えてくれたおかげで、バイトに向かう時間までに40ページほどを読み終えることが出来た。
今は2人でほしのねこに向かっている最中だ。
「私、本に集中しちゃってて周りを見ていなかったんだけど。北川くんは何してたの?」
「俺も本を読んでたよ。読書感想文は早いうちに終わらせてたから、科学系の本読んでた」
「難しそうなのを読むのね……」
由美は副教科はある程度できるのだが、五教科に関してはどちらかと言えば苦手だ。理科もあまり得意ではないので、素直に真人を尊敬する。
「浜野さんもあるだろ? 特待生用の特別課題」
「ええ。私は1週間の献立を栄養バランスとカロリーを考えながら作って、記録するのが課題。好きな分野だし、すぐに終わっちゃった!」
「あはは。流石は家政の特待生。俺は、まだこれから。科学の本もそれ用なんだ。興味のある文献を選んで実験をして、その記録を書いて提出するのが俺の特別課題」
真人の話を聞いて、由美はますます真人への尊敬の念が強くなった。去年に論文で賞を貰ったと聞いてはいたが、実際に何をするのか聞いてみると、本物の学者みたいだ。と思った。
「凄いね! 実験って、どこでやるの?」
「学校の理科室を借りる予定だよ」
「そうなんだ。私、文章を読むのは苦手だけど……。北川くんが書いた論文なら、読んでみたいな」
「ありがとう。藤波にあるかは知らないけど、洋極の図書室には去年賞を取った論文がまとめられたファイルが置いてあるんだよ」
「そうなのね。ふふ。機会があったら藤波にもあるか、探してみようかしら」
世間話をしていたら、いつの間にかほしのねこの前に着いていた。真人が扉を開けて、由美を先に通してくれる。
「ありがとう」
「ん」
2人は店内に入ると、いつものように挨拶をした。
「「お疲れ様でーす」」
すると、よくお昼にこの店にいる常連客のおじさんに、からかわれてしまう。
「よっ。デートの帰りかい? お2人さん」
「ち、違うわ。もう、いつもそういうこと言うんだから!」
由美が仲良くしている異性は真人と、真人の友達だけだ。その中でも特別真人といることが多い。そして、由美が真人といる時の表情はとても柔らかいのだ。常連客達は、由美の気持ちに気づいている者がほとんどで、よくからかわれてしまう。
「バイトまで時間があったので図書館に寄ったら、たまたま本を読んでいる浜野さんを見かけて、声をかけたんですよ」
照れている由美とは対照的に、真人はくすくすと余裕の笑みで説明をする。
「なんでぃ。つまんねーの」
「期待に添えずすみません。着替えてきますから、また後でお席まで伺いますね!」
そう言って裏に入っていく真人を追いかけるように、由美も着替えるために裏へと入っていった。




