第65話 現状の答え
「……でも、坂井さんは?」
拓真のベッドの上で、2人でぼーっとしていたのだが、真人がふとそう聞いてきた。
「音美ちゃんは、駄目。音美ちゃんは俺にとって特別だから。俺みたいなのと一緒にいちゃいけないんだよ」
拓真がそう言うと、真人にコツンと頭を叩かれた。
「あてっ」
「だからって、泣かすまでいじめるなよ」
拓真は真人に叩かれた頭を押さえ、蹲るふりをしながら、空いた方の手で目元を覆い、言う。
「そこまでしたって嫌いになってくれなかった……。音美ちゃんはね、本当に綺麗な子なんだよ。見た目の話じゃなくて、心がさあ……。だから、他の女の子みたいに扱えないでしょ。恋人になって。なんて、散々遊んできた俺が、汚い感情を持つ俺が、今更言えるわけないじゃん……」
拓真の声は震えていた。泣きそうなのが、真人にも伝わる。いや、もう泣いているかもしれない。
「お前、軽薄なふりして意外と真面目だよな」
また、暫くの間沈黙が訪れた。ズズっと拓真の鼻をすする音だけが、部屋の中に響く。
「なあ、真人」
「何? ティッシュ取る?」
「うん。欲しい……」
拓真は真人からティッシュを受け取ると、鼻をかむ。鼻をかんだティッシュをごみ箱に投げ入れた後、またポスンとベッドに横たわった。
「真人こそ、随分と由美ちゃんに入れ込んでない……?」
ベッドにうつ伏せになったまま、拓真はそう聞いた。
「え? そんな事…ない……。多分……。いや、やっぱりわかんない。気になってはいるのかも」
最近の自分を振り返ってみると、由美に対して特別な感情を抱いているのは明白だった。パジャマ姿や下ろした髪を見て動揺したり、抱きしめたいと思ったり。疑う余地もなく、真人は由美を気にしている。
「まあ、今はそれでいいけど。お前、こないだ言ってただろ? まだ死んだあの子が好きだって。でもさ、いずれお前も、俺みたいになる。断言するよ」
拓真は真人の方へ寝返りを打って、ニヤッと笑みを浮かべる。それを見た真人は、当然不機嫌だった。
「やめろよ。絶対に、俺は明里を捨てたりしない。俺がもし別の女を好きになったとしても、俺が捨てるのはその気持ちの方だ」
「そうかな? 俺はもう、捨てるのは無理そうなんだけど……」
「え?」
拓真の言葉が意外で、真人はジッと拓真を見つめて呆けてしまう。
「ま、だからって今更優しくも出来ないけどね。ちょっとは考えてみるよ。音美ちゃんの事……」
「拓真……」
「だからお前も…さ」
そう言って拓真が見たのは、真人では無く、真人の少し上の空間だった。真人は不思議そうに拓真の視線を辿ってから、何も無い空間に首を傾げる。
そして数秒後、真人はゾゾッと背筋に寒気が走る感覚がして、ベッドから起き上がる。
「おい。急にからかってくんじゃねえよ! お前のそういうところ、本っ当に!!」
拓真は自称、霊感持ちである。真人はそんな話を信じている訳では無いが、中学時代に見える。見える。と散々からかわれたせいで、拓真の何も無い空間を見つめる視線が大嫌いだった。怖いのだ。
その後、寝る直前までずっと、お風呂でもトイレでも、幸雄の近くを離れない真人の姿があったらしい。
。。。
次の日。真人は拓真のせいで寝不足な目を擦り、帰り支度をしている。
「俺もなにか手伝おうか?」
純也が眠そうな真人を気遣って、そう言った。純也は明日行われる、久谷夫妻の銀婚記念パーティーに出席予定だ。そのため、あと数日はこの家に泊まる。
「サンキュー……。ったく、拓真の奴。いつも変なところを見つめやがって……」
「また幽霊がどうとか言われたの?」
「視線だけ……」
真人は拗ねるように、純也を見つめる。拓真と一番仲が良い純也は、拓真にからかわれた真人の八つ当たりに付き合わされることが多い。
「な、何?」
と純也が聞き返すも、真人はただじーっと純也を見つめるだけである。純也はそれだけで面白いくらいに慌てるので、それを見ることで真人は気分を落ち着かせているのだ。
「真人ぉ?」
「はあ。ちょっとスッキリした」
「もおぉ! 俺の反応でストレス発散するのやめてよ!」
「拓真と仲がいい自分を恨め」
「うー…拓真めぇ……」
そんなやり取りの後、真人達は準備を終えて、リビングで久谷夫妻に挨拶をした。そこには既に女子達も集まっていた。
「3日間、お世話になりました」
「熱で迷惑もかけちゃいましたけど……。とても楽しく過ごせました」
「いいのよ。ちゃんと下がって良かったわ。私達も、久々に賑やかで楽しかったわ」
にこにこと笑顔で、久谷夫妻は挨拶を返してくれた。
「あの、えっと……。銀婚記念、おめでとうございます!」
「ああ。ありがとう。嬉しいよ」
「また来てくれると嬉しいわ」
改めて最後の挨拶を交わしてから、外に出た。茜が用意していた車と、音美と宰志が乗る影山家が用意した車の2つが館の前に停まっていた。
「音美ちゃん」
拓真が音美に声をかけると、茉莉と由美が拓真を睨みつける。最近の意地悪のせいで、この2人からは警戒されてしまっているのだ。
「何でしょう?」
「……少しは考えてあげてもいい」
「え?」
拓真に言われた言葉が意外で、音美は目を大きく見開いた。
「嫌いになってくれたら、そっちの方が嬉しいけどね」
「それは無理です。諦めてください」
音美がキッパリと首を振ると、拓真はケラケラと笑って、「だよね」と言った。
「だから、俺が折れてあげるよ。まあ、俺音美ちゃんの泣き顔好きだから、意地悪は辞めてあげないけど」
拓真はそう言うと、音美に一歩近づいて、音美の髪を耳にかけた。警戒していたはずの茉莉と由美が、思わずドキドキして惚けてしまうような光景だ。
しかし、音美の髪を耳にかけた拓真は、まだ残る耳の噛み痕に触れたかと思うと、軽く引っ張った。雰囲気が台無しである。
「痛いですっ」
「わああっ! もおっ! 久谷くん!?」
「音美ちゃんに何するのよ!」
一足遅かったが、由美と茉莉が慌てて音美を拓真から引き剥がし、睨みつける。
しかし、拓真は余裕な表情でくすくすと笑うだけだった。
「さっきの言葉は全部、嘘じゃないから。すぐにとは行かないけど、ちゃんと君の気持ちに応えるよ」
拓真はそう言うと、いつも女性を見つめる優しい瞳…よりも甘く、愛おしげで熱い視線を音美に送った。
拓真の今の表情は、見た女子達が全員、思わず息を飲んでしまうような美しさだった。後ろで幸雄が茉莉の視線を奪った拓真を睨んでいるが、それは気にしない事にする。拓真はくすくすと笑って、音美の頭を軽く撫でてやった。
「警戒するのやめたの?」
チラッと茉莉達の方へ視線を向けた拓真は、くすりといたずらに笑った。
「うっ……」
「久谷くん、意地悪なのか優しいのか分からないわ」
由美から非難された拓真も、やはりくすくすと笑うだけだった。
「拓真さん。1人になるのは、駄目ですよ? もしも整理がつかないのなら、今のままでもいいんですからね」
音美は拓真の手をぎゅっと握ると、そう言った。真剣な目でそんな事を言う音美に、拓真はつい吹き出してしまう。
「あははは。それ、好きな相手に言うセリフ!? 音美ちゃんって馬鹿だねー」
盛大に笑って満足した拓真は、音美が手を離した隙にもう一度、音美の頭をポンポンと叩くように撫でた。意味が理解できなかった由美と茉莉は、首を傾げている。
音美が今のままでもいいと言ったその言葉は、拓真が今まで通り女遊びを続けてもいい。と言ったのと同じだった。好きな男が自分以外と会ってイチャイチャしていても、文句は言わないと言う事だ。
「はーあ。笑ったわー」
拓真は満足気に音美の髪を撫でると、先程自らの手で出した音美の耳に、キスをした。
「へっ!?」
「面白かったから、そのお礼。じゃ、またね」
なんて言い捨てて、耳まで真っ赤になった音美を放置した状態のまま、拓真は家の中に入ってしまうのだった。




