第64話 もうどこにもいない人
※申し訳ありません! 大遅刻です……。単純に今日が金曜日であることを忘れておりました…………。休んでいると、曜日感覚が無くなってきてしまいますね。気をつけます。
今日1日、拓真は音美を無視するか、音美と話している時は大抵意地悪をしていた。
「あ、そこ美味しいって有名なところだよね!」
「いいなあ。音美ちゃんの家の近くなんだ。行ってみたい!」
「そこ、この前デートで行ったけど、シフォンケーキが美味しかったよ」
「へー……。この、一番上のパフェは?」
茉莉は音美が見せているスマホを指さしてそう聞いた。
「相手の子からひと口貰ったけど、俺はあんまり……。小豆、苦手だし」
看板メニューが小豆の乗ったパフェだから、拓真はイマイチだったと言う。
「そう言えば、音美ちゃんの好物って和菓子なんだっけ?」
拓真はそう言ってから、貼り付けたような笑顔で続けて言った。
「俺と趣味合わないねー!」
「そ、そうです、ね……?」
「もう、久谷くん。どうして音美ちゃんにそんな意地悪ばっかり言うのよ?」
由美や茉莉が庇うほど、拓真の意地悪はどんどん目立ってきている。常に意地悪なことをしているから、流石に全員が気づいていた。
さっき真人が見ていた時だって、虫を渡して驚かせていたのだ。それに、また耳を噛んだせいで痕が出来てしまっている。
「うーん……。嫌いだから?」
ニコッと貼り付けたままの笑みを浮かべてそう言うと、音美は流石に傷ついたような表情を見せた。泣きそうに俯く音美を見て、茉莉が激昂する。
「拓真くん最っ低!!」
「音美ちゃん。あんな嫌な人放っておいて、お部屋に戻りましょう?」
女子達が部屋に戻ると、幸雄や宰志も拓真を責めた。
「ちょっと言い過ぎじゃないか?」
「なんで周りまで巻き込むんですか。少しずつエスカレートしてますよね?」
「そりゃあ、やりすぎた時にこうやって怒ってくれる人がいないと困るもんねえ? 拓真?」
純也だけは、拓真の頭をポンポンと撫でて味方をする…フリをして、グググッと頭を押えた。笑顔で拓真を見つめているのに、瞳は全然笑っていない。
「ねえ、拓真。満足できた?」
そう聞いた純也の笑顔は、いつもの温厚な彼と違って高圧的で、怖かった。
。。。
女子達に続いて、男子も部屋に戻るために解散した。が、真人だけは拓真と話がしたくて、1度部屋に戻った後に拓真の部屋をノックする。
「誰?」
「俺だけど……」
「オレオレ詐欺?」
「うるせえ。真人だよ。声でわかるだろ」
真人が扉の前で苛立っていると、その扉が開いて、拓真が姿を見せる。拓真の目は少しだけ、赤かった。
「何の用? 説教でもしに来た?」
「いや、別に説教って訳じゃ……」
「とりあえず入ってよ。お前、治ったばっかなんだし。ずっと廊下にいたらぶり返すぞ」
真人は拓真の部屋に入ると、ソファに座ってクッションを前に抱いた。
「……拓真。お前、苦しくねえの」
真人はそう言ってからチラッと拓真の様子をうかがうと、ドキリとした。拓真の表情が真顔だったからだ。
「お前も、俺の事を良い奴だと思ってる?」
「さ、さあ……。でも、少なくとも俺はお前を嫌いでは無いからな。ムカつくけど……」
「あ、そ……。この前は悪い奴とか言ってたのにな」
「そうかもな。俺もお前も、悪い奴…なんだろ」
「どちらかと言えば、お前は良い奴だよ。俺と違ってな」
拓真はそう言うと、小さく笑ってベッドの上にポスンと座る。それを見届けてから、真人は聞いた。
「なあ、お前ってさあ……。本当に、坂井さんの事何とも思ってないのか?」
「どういう意味?」
「好きだろ」
真人の言葉を聞いた拓真は、はあっと大袈裟にため息をついてみせる。真人は思わずビクリと肩を跳ねさせてしまった。
「そうだな」
拓真は音美への気持ちを素直に白状することにした。好きである……。と。
「お前は、切り替えられるんだな……」
しゅんと肩を落として、真人は言う。それを見て、拓真は肩をすくめた。
「俺は真人と違って遊びまくってるんだぜ? 今更だろ」
「それでも、本命は作らないと思ってたんだ……」
拓真は、落ち込んだ様子の真人を見つめて、全てを諦めたように笑う。
「その気がなかったから、お前をらを呼んだんだろ?」
「知ってるけどさ」
拓真はベッドの上で体育座りをして、膝に突っ伏す。拓真から聞こえてきた声は、なんだか泣きそうに震えていた。
「出来ることなら、好きになりたくなかったよ。でも、あの子は嫌ってほど真っ直ぐに好意を伝えてくるんだ。俺が何をしたって、嫌ってくれない。影では泣いてるくせに、俺の前では強いふりをして、微笑んでる。俺のことを、愛おしげな瞳で見つめてくるんだよ……」
拓真は自分を落ち着かせるように一呼吸置いてから、言葉を続ける。
「だから、俺の気持ちは消えるどころかどんどん膨らんでいくんだ」
「そ、か……」
「だなら、嫌われたくて必死だったのになあ」
「今回はやりすぎてたらしいけどな」
「ん……。音美ちゃんがあんなに傷ついた顔は初めて見たよ。もっと酷いことたくさんしてきたのに。嘘だって分かりきっているはずの、嫌いのたった一言であんな顔するなんて、思わなかった」
拓真はそこまで言うと、バッと顔を上げて泣きそうに歪んだ顔を見せた。
「馬鹿みたい。こんな俺の、何がそんなにいいんだ……」
「……嫌われないってわかってていじめてんの、本当に性格が悪い」
「ははっ。今更かよ」
拓真はそう言って、嘲笑した。
「お前に悪い遊びを教えたのも俺じゃねえか。忘れたのか?」
「強要はしなかっただろ」
真人はそう言うと、拓真の様子をチラチラとうかがいつつ、言いにくそうにもう一度口を開いた。
「あのさ、好きだって認めるてるなら…付き合ってみたら? てのは、やっぱり……。やっぱり、さ。拓真は、過去の事を気にしてる…のか?」
拓真からの返事を聞くのが怖くて、真人は俯いてしまう。
暫く、無言の時間が続いた。真人はその間も顔を上げることが出来ず、ドキドキと高鳴る自分の心臓の音だけを大人しく聞いていた。
拓真の声が聞こえてくるまでの数秒間が、とても長く、息苦しく感じた。
「気にしてないって言ったら嘘になるね。だって……。だって、俺は今でも、俺が生きてる理由がわからない」
「え?」
真人が驚いて顔を上げると、拓真はかってないほどに優しい表情をして、笑っていた。その笑みは、他人なら素敵な笑顔に見えたかもしれないが、真人からは、何もかもを諦めた表情にしか見えなかった。
「拓真……?」
「この話、お前に話すの初めてだっけ?」
貼り付けたような拓真の笑顔が不気味に見えて、真人は目を合わせられなかった。
「何の…話?」
「初恋の子が死んだ事件の話」
ズキズキと頭が痛くなる感覚がした。拓真の声が鋭い凶器のように耳に突き刺さった。言葉が重たい鈍器のように、痛む頭にのしかかってきた。
「聞いた事、ない……。だって、お前だって、過去の傷を思い出すのも、口にするのだって、嫌だろ?」
真人にもそう言う過去があるから、拓真の口から言わせる事がどれだけの罪か、わかる。それでも、拓真の口は止まらなかった。
「誘拐されたんだ。俺と初恋の子。一宮杏月ちゃん。俺、昔からこの髪型って言うか、当時はもっと長かったんだけどさ。そのせいで、俺と杏月ちゃんは姉妹だと勘違いされちゃって」
「う、うん……」
拓真が話を始めたから、もう聞かない選択肢はない。真人は覚悟を決めて、ジッと拓真を見つめる。
「杏月ちゃんは、すぐに殺されちゃった」
「え……」
「どこかはわからないけど、空き家だったのかなあ? どっかの家の部屋の中で、俺達は裸にひん剥かれて、浴室に連れていかれた。そこで、杏月ちゃんは殺されたんだ」
拓真は静かな声で話を続ける。
「俺は男だったから。たったそれだけの理由で、生かされた。騙されたって殴られたけど、殺されるようなことはなかった。一度も凶器を向けられなかったよ。あの犯人、女児しか狙わないみたいだったから……。俺が女の子なら、あの子と一緒に殺されてただろうし、俺が女みたいな格好してなかったら、きっと誘拐すらされなかった……。俺が生き残ってあの子だけ死んだのは、俺のせいなんだよ」
「それは…違うだろ……?」
真人はふるふると首を横に振って、拓真の言葉を否定する。
「みんなそう言ってくれる。でもさ、俺は何も出来なかったんだよ。杏月ちゃんが死んだのは、俺の目の前だったって言うのに。怖くて、止めようなんて思えなかった。あの子が死んでいく様子を、あいつが押し込めた浴室の中で、震えながら見つめてた。見たくなんてないのに、目を逸らすことも、手足を動かすことも出来なかったんだ……」
真人は思わず立ち上がって、拓真がいるベッドに近づく。少しでも近くにいてやりたかった。
「あはは。真人って、そういうところ可愛いよね」
「今そういうこと言うか!?」
真人は苛立ちながらも、拓真の隣に座って話の続きを促した。
「あのクソ気持ち悪い誘拐殺人犯は、女児を猟奇的な方法で殺して興奮するようなクズ野郎だったんだ」
「う、うん……」
「杏月ちゃんは俺の目の前で、生きた状態のまま、腕を切り落とされた。次に足を……。最後に、叫ぶことも抵抗もできなくなった…動かなくなったあの子の首を……。首と胴体を、切り離したんだ」
「……うっ。うぐっ。お前、そんなの見てよく俺に話す気になったな。想像しただけで、ご飯食べれ無くなりそう……」
真人は青い顔で、口元を押さえる。拓真は辛そうな顔はしているが、真人よりも涼しい顔をしていた。
「俺も、しばらくの間はご飯食べれなかったな。点滴だけで栄養を補ってた。病院食で食べる練習をして、今では肉も食べれるようになったけど……。あ、でもレアは無理。生臭い血の匂い、今でも気持ち悪いし。見るのも無理。あと、あの子と同じ名前の「あずき」だけは食えないんだよねえ。名前であの子を思い出して、見た目であの子の中身を思い出すの」
「うっ……。あ、ああ……。そうだな。お汁粉とか、嫌いだったもんな。お前」
「まあね。お汁粉のあの見た目が、一番無理だし」
拓真は話したことでスッキリしたのか、少しだけ表情が柔らかくなっていた。それと対称的に、真人は今もまだ、グロテスクな思考が止まらなくて気持ちが悪そうだ。
「それでも、凄いよ。お前。食事が出来るようになるまで、すっげー努力したんだろ? どれだけ努力したら、そうなれるんだ」
「俺はお前と違って薄情なんだよ。だから、肉が食えるようになるまで差程時間はかからなかったし、女の子と遊びまくっても罪悪感なんて、抱いた事ないし」
拓真がベッドに寝転がると、真人もそれを真似して拓真の横に仰向けになった。




