第63話 意地の悪い男
次の日。真人の熱は完全に引いて元気になった。しかし、まだ念の為に家の中で安静に過ごした方がいいと拓真に言われたので、真人は部屋で大人しくしていることにした。
ガチャ
「真人ー」
「なんだよ。ノックくらいしろよ」
真人がベッドの上でスマホをいじっていると、拓真がノックもせずに入ってくる。
「悪い悪い。ほら、お前と由美ちゃん、昨日演奏聞けなかっただろ?」
真人が眉を寄せても、拓真は悪びれる様子もなく軽く笑って自分が話したいことを真人に伝えた。
「え? ああ、三重奏……」
「うん。さっき話してたら、由美ちゃんが聞いてみたかったって言うから。2人も特に予定なかったみたいだし、誘ったらオッケーしてくれたからさ。ピアノのある部屋で演奏しようと思って。今皆も聞きに集まってくれてるよ。真人もどう?」
真人は特別音楽に興味がある訳でもないのだが、せっかく演奏してくれると言うなら、聞いてみたいとも思った。
「じゃあ、聞きに行く。ちょうど退屈してたしな」
真人はすぐにベッドから降りて、拓真について行く。
演奏の練習にも使っていたというピアノの置いてある部屋。拓真の実家にお邪魔するのは初めてでは無いのだが、この部屋は真人が初めて入る場所だった。そこには久谷夫妻以外の全員が集まっているようだ。久谷夫妻は祭りの主催側でもあったし、恐らく町内の市民たちと祭りの片付けをしているのだろう。
「真人くん。体調は大丈夫?」
「はい。昨日はすみません。ありがとうございました」
茜と真人が短いやり取りをしている間に、拓真は楽器のチューニングをしている宰志と音美の元へと歩いて行く。
「真人。お前も由美ちゃんと一緒で初めて聞くだろ? 近くに来いよ」
「えー? どこにいたって聞こえるだろ」
真人は幸雄に連れられて、由美の隣の椅子に座らされる。くすくす笑いながら、由美を見た。
「なあ?」
由美にそう問いかけると、由美もくすっと小さく笑って言う。
「私は、演奏してるところが近くで見られるの、楽しみよ」
「そっか。じゃあ、俺も楽しむか」
真人はまたくすくす笑って、由美にそう返事をした。
「熱はもうないの?」
「うん。昨日、ありがとうね。浜野さんの看病のおかげで、すっかり元気だよ」
「そっか。良かったわ……」
由美は控えめに微笑むと、前を見つめてチューニングを行っている3人を見た。
気にしたくは無いのだが、由美はやはり明里という存在が気になってしまって仕方がない。真人に変な事を口走らないように、由美はつい遠慮してしまう。
「…………?」
「きゃっ」
由美の様子を見て真人が小さく首を捻ったその瞬間、ピアノの不協和音と共に音美が小さな悲鳴を上げて、尻もちを着いた。
「音美ちゃん!」
由美は尻もちをついた音美に駆け寄って、音美を支えた。
「拓真。お前……」
また、拓真の意地悪だった。拓真は音美をピアノのそばまで誘導して、わざと不協和音を間近で聞かせたのだ。
「お前なあ。俺達のために演奏してくれるんじゃねえのかよ。いじめの口実じゃねえだろうな?」
真人が口を挟むと、拓真はケラケラと笑いながらこう言った。
「まさか。本気だよ。由美ちゃんのために演奏するって!」
「もー! 小学生みたい!」
茉莉は拓真を軽く睨んでそう言った。それに対しても、拓真は意地悪に笑うだけだった。
。。。
演奏が終わった後、真人はまた部屋に戻ってゆっくりしていた。幸雄はせっかく好きな相手との泊まりなので、今日も茉莉といるらしい。
「なあ、純也」
今真人と同じ部屋にいるのは、純也だけだ。純也に声をかけた真人は、窓の外を眺めながら続けて聞いた。
「拓真とは、中学に上がる前から知り合いなんだっけ?」
「うん。まあね。親同士の付き合いもあるから」
「ふーん……」
真人は窓の外を眺めながら、短く返事をする。
窓の外では、ちょうど拓真が音美を驚かして、意地悪をしている所だった。真人は窓のヘリに頬杖をつきながら、ずっとそれを眺めていたのだ。
「俺が知る限り、あいつは女性に紳士的なんだけどな」
「坂井さんの事?」
純也がそう聞くと、真人は窓の外を眺めながら返事をする。
「うん。坂井さんが拓真に懸想をしているのは、まあわかった。そんで、拓真が嫌われたがってるのも何となくわかる……。けどさ、なんでそこまでするんだろうな」
拓真と音美を見つめていた真人は、眉をひそめてそう言った。
「うーん……。真人と似てる、かなあ」
純也は真人の隣におさまると、窓の外を見る。ちょうど拓真が音美を置き去りにして、家に入ろうとしているところだった。
「は? 俺とあいつのどこが」
窓の外を眺めながらサラリと放たれた言葉に、真人は眉を寄せる。それでも、純也は窓の外にいる音美から目を離さなかった。
「昔の事を引きずってるところ」
「え? あー……」
真人は、拓真の事情を全部は知らない。自分と同じく、好きだった女の子を亡くしていることは聞いた。が、それ以上の事は教えて貰っていなかった。確か、何かの事件があって、その事件を拓真の姉の茜が解決したんだったと思う。そこまでの情報しか、真人は持っていなかった。
「拓真も辛いよね」
純也はそう言うと、興味を無くしたかのように窓から離れて、元いた位置に戻る。
「……坂井さんじゃなくてか?」
真人が純也を振り返って聞くと、純也は小さく笑った。
「あはは。そりゃ、坂井さんも辛いだろうけど。坂井さんが悲しい顔をするのって、自分よりも拓真が傷ついてるって事に気づいてるからだと思うし」
「そうか」
真人は純也の言葉を聞いて納得した。返事をしつつ、やはり今もまだ外で立ちつくしている音美から、目を離せないでいるのだった。




