第62話 いじらしい宣言
夜になる頃には、真人の熱も大分下がっていた。夕方にはみんなが祭りから帰ってきて、看病を手伝ってくれた甲斐もあるだろう。
「明日には元気になってそうだな。良かったな! 真人!」
「痛っ。俺まだ病人なんだけど」
拓真にペシッと軽くはたかれ、真人は不満げに唇を尖らせる。
「由美ちゃんのお粥まだ残ってるみたいだし、お前の夜ご飯はこれで大丈夫か?」
拓真が部屋にやってきた時に持ってきてくれたお盆には、由美の作ったお粥が土鍋ごと乗っかっていた。冷めてもきっとおしいんだろうな。と、真人はさっき食べたお粥の味を思い出しながらそう思った。
「ああ、もちろん。そうだ。茜さんにも、りんごありがとうございますって伝えておいてくれる?」
「ああ。姉貴が祭りで貰って来たんだっけ? 帰ってきたら伝えとくよ」
「ありがとう」
拓真は真人とのやり取りを終えると、真人をおいて部屋を出る。そして、みんなが集まっているダイニングへと降りた。拓真がお粥を持っていっている間に、由美と茉莉が食事を用意してくれたので、今から真人以外のみんなで夕食の時間だ。
久谷夫妻と茜は、夜の部の祭りの運営があるのでまだ会場にいるらしい。祭りが終わるのも夜遅いので、好きに食べて先に休んでいて欲しい。との事だった。
「お祭り、どうだったの?」
真人の看病で行けなかったので、由美が祭りのことを聞いた。
「楽しかったわ。屋台も色々あったし。祭りならではの食べ物も沢山。夜も同じ感じなの?」
「夜は盆踊りがメイン。それだけじゃなくて、またあのステージで歌唱イベントとか。みゆきもまた歌うよ」
茉莉の疑問には、地元民である拓真が答えてくれる。特に拓真の両親は昔から主催側にいるので、息子の拓真は他の地元民よりも少しだけ祭りに詳しかった。
「へえー!」
由美は祭りには行けなかったが、話を聞くだけでも楽しい。ニコニコと話を聞いていた。
「由美ちゃんは、真人の看病ありがとうね。熱、下がったみたいだから。明日には元気になってると思うよ」
「良かったわ」
。。。
食事の後、由美は廊下で幸雄を捕まえて、周りに人がいない事を確認してから、声を潜めて聞いてみた。
「白鳥くん、明里さんって…知ってる?」
「……真人が何を言ったの?」
幸雄は明里の名前を聞いた途端、眉をひそめた。聞いてはいけないことだっただろうか。由美はドキドキしながら、幸雄の質問に答える。
「北川くんが言ったっていうか……。寝ている時に魘されてたみたいだから、気になっちゃったの……」
由美が恐る恐る幸雄を見上げると、幸雄が小さく息を吐いているところだった。
「そう。明里ちゃんの話は、真人の前ではしないで欲しいな」
「え? う、うん……。わかったわ」
由美は一度首を傾げたが、あんなに魘されていた相手だし、素直に頷いておくことにした。もしかしたら、真人はフラれてしまったのかもしれない。思い出すのが辛い相手なのだろう。そう思った。
(あんなにモテる北川くんに振り向かない女の子も、いるのね……)
なんて、実際にはフラれた訳ではないのだが、由美は変な勘違いをしている。
明里は真人にとって、亡くなってしまった大切な人である。しかし、由美はそれを知らないのだ。真人も、真人の友人達も、明里についての話題は一切出さないから……。
「出来れば、明里ちゃんの事は忘れて欲しい。由美ちゃんが真人の事を好きになってくれたのは俺も嬉しいけど、だからと言ってあいつの知られたくない過去まで、他人の俺が伝える訳にはいかない。ごめんね。由美ちゃん」
幸雄はそう言うと、申し訳なさそうに眉を下げた。幸雄は真人の事を本当に大切に思っている。それがわかって、由美は全く嫌な気分になどならず、むしろ嬉しと感じた。
「ううん。私こそ、ごめんなさい。ありがとう」
「……あのね、由美ちゃん。一応言っておくけど、俺は由美ちゃんの事を応援してるから。出来れば、真人とくっついて欲しいし」
「え、っ……ありがとぉ……」
由美は今更ながら恥ずかしくなってしまい、頬を赤く染めた。
「でもね、あいつは一筋縄じゃいかない奴だから。由美ちゃんが真人を救ってくれたら嬉しいけど、簡単にお願いするのもどうかなって思うし」
「え? どういう意味?」
「何となく気づいてると思うけど、あいつは夢に見て魘されるくらい、明里ちゃんに執着してるから。由美ちゃんが重荷だと思ったら、真人への気持ちを捨てても仕方ないかなって……。そう思ってる」
「白鳥くん……?」
幸雄は戸惑う由美を見つめて、悲しげに微笑んだ。
「あんまり事情は分からないけど……。私、負けず嫌いだし、どちらかと言えば頑固だと思うし。だから、簡単に諦めたりしないわ」
由美の言葉に、幸雄はパチパチと目を瞬かせる。
「それに、初恋なんだもの……。いつか、明里さんじゃなくて私の方が好きだって、言わせたいわ」
パチパチと目を瞬かせていた幸雄は、由美のいじらしい宣言にくすっと嬉しそうに笑う。
「うん。あいつが由美ちゃんに骨抜きになってる姿、俺も見てみたいな」
「が、頑張るわ……!」
由美が気合を入れると、幸雄はまたくすくすと、嬉しそうに由美を見つめて応援してくれた。
「由美ちゃんがそう言ってくれるなら、俺も全力で応援する。だから、由美ちゃん。真人を見捨てないであげて」
「絶対しないわ。北川くんにしつこいって、私の方が嫌われちゃうかもしれないけど。それでも、頑張る」
「ふふ。ありがとう。真人、女嫌いでめんどくさい奴だけど由美ちゃんの事は気に入ってるだろうから、簡単には嫌わないよ」
「そうだといいな」
由美はそう言って、少し照れくさそうに笑う。
「でも、本っ当に色々と拗らせてるめんどくさい奴だから。由美ちゃんが頑固って自分で言ったんだし、見捨てないとも言ったんだからね。どれだけ面倒でも、真人のそばにいてあげて」
幸雄はそう言うと、困り眉で小さく笑った。期待と、ほんの少しの寂しさが滲んでいる。由美の目にはそう映った。
「白鳥くんも。ずっと北川くんのそばにいるよね?」
「え?」
「もし茉莉と付き合っても、北川くんともずっと友達で、そばで支えてあげるんだよね」
「そりゃあ……。俺にとって真人は、幼なじみで悪友で…親友、だから」
幸雄がそう言うと、由美はとても嬉しそうな顔をして、にっこりと笑う。
「うん! 私、頑張るわ。でも、まだまだ彼の事は知らないことだらけだから。私じゃだめな事だらけだから。北川くんの今の頼りは白鳥くんだから。だから、私も白鳥くんのことを頼りにするね」
「……うん。ありがとう」
「お互い様でしょう?」
2人はくすくすと笑って、共通する大切な人の顔を思い浮かべるのだった。




