第60話 歪んだ心
※今回、死の描写。残酷描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
一方、夏祭りの方では。拓真達の演奏は無事に終わり、演奏したメンバー達は舞台裏のテントの方で少し休憩を挟んでいた。
「サイくんはこの後、どうするの?」
「高井さんと仕事絡みで少し話したいことがあるので、合流します」
「せっかくの祭りなのにかよ」
宰志の家は、人材派遣会社を営んでいる。高井家で経営している日用品の工場にも何人か派遣で人を送っているそうで、純也とは1つ歳の離れた友人としても、ビジネス関係としても良好な関係を保っていると言う。
「……まあ、プライベートとしても彼と合流して楽しむ気でしたからね。白鳥さんは、山里さん狙いでしょう?」
「そうだけど」
「だから、邪魔者を回収しに行かなくては。それに、あなたは昨日の詫びもあるでしょう? 2人で仲良くお話してみては?」
宰志はそう言うと、拓真と音美を置いてテントから出ていってしまった。
「仲良くだってさ。無茶言うよね」
拓真は素っ気なくそう言うと、この場を離れようと身を翻した。が、音美に両手でぎゅうっと裾を掴まれる。
「昨日下さったお手紙……」
「は?」
「拓真さんがお話をしましょうって、先に言ったんですよ?」
音美はそう言って、拓真をじっと見つめる。拓真は仕方なく音美を振り返ると、くすくすと音美を馬鹿にするように笑った。
「あはは。今もまだ信じてるなんて、馬鹿じゃない? あんなの嘘に決まってるじゃん」
「拓真さん」
音美が真剣な目で見つめてくるので、拓真もつい真顔になって、音美を見つめ返した。
「私は拓真さんに何をされても、嫌いにはなりませんよ。あなたの事が、心から好きなのですもの」
「……あは」
音美にその言葉を言って欲しくなくて、拓真はずっと音美との接触をなるべく避けてきた。なのに、音美は今このチャンスを、見逃してはくれなかった。
「昨夜あんな事をされといて、まだ好きとか言えちゃうの……? すごいね。嫌われてるかもって、思わないわけ?」
「思いません」
そう言い切った音美の表情は、今も真剣そのものだ。誤魔化したがっているのは拓真だけなのだから、当然とも言えるだろう。
「拓真さんは、私の事がお嫌いですか?」
音美の言葉に、拓真は何も答えられない。拓真は音美に嫌われたいと思っている。しかし、拓真自身は、音美の事を決して嫌ってはいなかった。寧ろ好きだったから、彼女と一緒にはなりたくなくて、避けていたのだ。
。。。
拓真には、昔好きだった女の子がいた。少し離れたところに住んでいる、社長令嬢だった。
小さい頃から髪の毛を長く伸ばしていた拓真は、よくその女の子とお揃いの髪型にして遊んだりしていた。その子が喜んでくれるのが嬉しくて、拓真は自ら髪を伸ばしていたのだ。
小さい頃の拓真は、女の子にも間違われるくらい可愛らしかった。
しかし、そのせいで拓真とその女の子は姉妹だと思われて、2人で一緒に変質者に攫われてしまったのだ。
女の子はすぐに殺されてしまった。拓真が見ている目の前で、身体をバラバラにされて、死んでしまった。拓真が生き残った理由は単純で、性別が「男」だったから。その一点のみだった。
拓真は今もあの凄惨な事件を忘れていない。彼女の恐怖や痛みに浮かぶ苦悶の表情も、バラバラにされたその四肢も、苦痛に泣き叫ぶその顔のまま、動かなくなったその姿さえも。忘れたくてたまらないのに、忘れられない。目に焼き付いて離れなかった。
だから、悲しみや苦しみを埋めるために……。少しでも凄惨なあの光景を忘れるために……。拓真は好きでもない女と遊んで過ごしている。
それが久谷拓真の今までの人生そのものだった。
。。。
「俺は……」
久谷拓真は、見た目だけでなく心まで綺麗な音美に好きになって貰えるような、そんな綺麗な人間じゃない。自分自身が、そう思っている。
「私は、拓真さんの性格を知った上で好きなのですよ。意地っ張りで寂しがり屋さんなあなたのそばにいたいのです」
「俺は、そういうの無理だ……。だから、諦めて」
音美の言う通り、拓真は寂しがり屋だ。強く見せようと意地を張るところもある。しかし、今は強くなんてなれなかった。寂しさを誤魔化しきれずに、泣きそうな表情をしている。
「深く関わるのは怖い。浅い関係でいいんだよ。俺は。だから、軽い気持ちで女の子と遊んで、テキトーに過ごして……。向こうだって、本気じゃない。軽い気持ちで俺に近づいてくるんだから。それを利用したって、いいだろ。利用した上で、彼女達にはなんの感情も浮かばない。それくらい許してくれるよね?」
拓真の声は少しだけ震えていた。そんな拓真を、音美の方が悲しそうな表情で見つめている。
「でも、音美ちゃんは違うじゃん。音美ちゃんのその想いは、決して軽いものじゃないでしょ。そんなに真剣な顔で、好きとか言わないでよ……。君みたいな子を利用なんて出来るわけないでしょ。なんとも思わないわけない。俺は、音美ちゃんと同じように人を好きにはなれないんだよ。だから……。お願いだから、俺の事をこれ以上好きにならないで…………」
拓真は切実にそう願った。拓真の「好き」は醜くて、汚らわしいものだ。音美の言う、相手を支えてあげたいなんてものじゃない。もっと、歪んだ感情なのだ。
だから、拓真は音美に直接お願いをした。これ以上、音美の事を好きになりたくなかった。
「拓真さんは、優しくて嘘つきですね」
音美は拓真の気持ちに気づいていた。全部気づいていた上で、拓真を手放す気などなかった。
「好かれることを怖がらないでください。私は、あなたが思うほどか弱くないです。私は大丈夫だから、そんなに傷ついた顔をしないでください」
音美はそう言って、泣きそうな拓真の頬を軽く撫でた。そして、ニコッと悲しげにはにかんで、言う。
「あなたは本当に優しい人……」
拓真が音美に意地悪をするのは、今に始まったことでは無い。その度に、音美よりも拓真の方が傷ついた顔をしているのも、音美は知っている。
「私も、意地が悪いんだと思います。だから、拓真さんを諦めて差しあげません」
「……そういうの、うざ」
「ふふ。ごめんなさい」
「全く思ってないだろ。ばかじゃん」
拓真はそう言うと、泣きそうな顔をして、音美の腕をひねりあげた。
「ひゃっ!?」
「俺が優しいってさ……。何を考えてそんな事言ってんの」
ぐいっと音美の腕を引っ張り、拓真は人がいない、森の中へと入る。そして、音美を乱暴に木の幹へと追いやった。
「痛っ……!」
「本当に、音美ちゃんは…何しても諦めてくれる気、ないんだ……?」
「はい。私は、拓真さんが好きです。あなたを怖いとも、嫌な人だとも思いません! 何度でも言いますよ!?」
「そう? そんなに俺がいいなら、お嫁に行けなくしてあげよっか?」
拓真は木に追いやった音美の耳元で、そう囁いた。
「でもさ、君のことは、他の子達みたいに可愛がってなんてあげないよ。音楽家のお嬢様? 親は俺みたいな遊び人より、もっと立派な人と付き合って欲しいだろうにねえ?」
「あうっ!」
拓真はそう囁いてから、音美の耳に噛み付いた。跡が残るほどに、強くだ。
「痛い? 音美ちゃん」
「痛い…です」
「こんな事をされても、音美ちゃんは俺の事をそんなに愛おしげに見つめてくれるんだね……」
拓真はもっと泣きそうに表情を歪めて、音美の瞳を見つめる。そして、パッと音美から手を離し、吐き捨てるように言った。
「次は本気で傷物にしてあげる。ああ、それでもだめなら、俺と同い歳のお姉ちゃんを説得しようかな? 君にするのと同じように……。体にさあ」
拓真はニコッと貼り付けた笑みを音美に向けると、そのまま木にもたれかかっている音美を放置して、祭り会場の方へと戻った。
「嘘つき……」
音美は小さな声でそう呟いて、その場に座り込む。
「自分からそんな事、出来ないくせに……」
音美は暫く、その場から動けなかった。恐怖や耳の痛みのせいではなく、悲しみのせいで……。涙が零れてしまったからだ。




