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ひび割れた時を君と  作者: 朱空てぃ
小旅行
62/77

第59話 発熱

 次の日。


 今日は大滝の広場で行われる夏祭りの日だ。だと言うのに……。


「ひくしゅっ……。さっむぅ……」


 朝起きた時、真人は身体のあまりのだるさに、ベッド脇でダウンした。今は幸雄と純也が、真人のベッドを囲んで様子を見ている。


「体温計、持ってきたぞ」


 拓真が部屋に入ってきた。部屋の外には由美や茉莉もいるらしい。心配する声が聞こえてくる。


「悪いけど、俺も会場に行って演奏の準備をしなくちゃならないんだ。真人は熱があったら絶対休んでるんだぞ」

「ああ、わかった……」


 拓真は真人が服の下に体温計を入れたのを確認して、すぐに部屋を出る。そして、外で待っている宰志と音美と合流するために、急いで階段を駆け下りた。


。。。


 大人しく体温を計っていた真人は、自分の熱の高さに気だるさが増したようで、ベッドに横になって丸まっている。


「うーん……。しんどぉ…………」

「38度3分か」

「真人は元々体温高い方だけど、8度越えは流石に高熱だな」

「俺、寝てるぅ……。咳は出てないし、喉も痛くは無いし。多分寝てたら治るから。お前らも祭り、行ってこいよ……」


 真人は布団を顔までかぶり、手だけを出してヒラヒラと振った。


「幸雄。まだ始まるまでに時間あるから、俺は毛布を余分に貰ってくるよ」

「じゃあ、俺は氷水とタオルを持ってくる。真人はそれでおでこ冷やしなね」


 2人が部屋を出ると、まだ部屋の前で心配していたらしい由美と茉莉に、真人の様子を聞かれた。


「結構熱が高い。8度3分あった。祭りには行かないで寝てるって」

「大人しく寝てるだろうし、あいつも行ってこいよって言ってたから。俺達も真人の看病道具揃えたら祭りに行く準備をするつもり」


 幸雄と純也の話を聞いて、茉莉と由美の2人も何か出来る事はないか。と聞いた。


「そうだな。氷枕を作りたいんだけど……。まだ茜さんが残ってるはずだから、聞いてきてくれる?」

「私、行ってくる」

「あ、俺も茜さんに用があるから」


 由美と純也は、茜の部屋まで小走りで去っていく。茉莉は、幸雄と一緒にリビングに下りた。


「冷えピタはないっぽいから、原始的だけど氷水とタオルで何とかしようと思って」

「じゃあ、私は飲水でも確保しようかしら」


 幸雄と茉莉が用意した物を持っていくと、純也も毛布を受け取って帰ってきていたらしく、真人にかかっている毛布が夏らしからぬ暑苦しさになっていた。


「暑い」

「我慢して。汗と一緒に熱も追い出しなよー?」

「ああ。サンキュ……」

「大丈夫? 水持ってきたよ。飲みたい時、起き上がれそう?」


 真人の様子を直接見るのは初めてだ。茉莉は思ったより気だるそうな真人を見て、さっきよりも心配な気持ちになる。


「……浜野さん、いないの?」


 真人が小さな声でそう聞くと、純也が答えてくれた。


「茜さんと氷枕を用意してるはずだよ。そろそろ来るんじゃない?」

「……そお」


 真人の気持ちとしては、会いたいような会いたくないような。複雑な気分だった。昨夜、拓真に言われた『その気がないなら構うな』という言葉に悩んでいたからだ。


 真人が好きなのは、既に亡くなってしまっている相手。全くの別人だ。由美ではない。なのに、せっかく仲良くなれたのに由美と離れる気も、真人には無かった……。


(違う……。俺が浜野さんといたいのは、そういう意味じゃないんだ……)


 真人がそう思いながら布団に潜っていると、由美と茜も部屋に入ってきたらしい。ドアの開く音と、心配する声が聞こえてきた。


「浜野さん……。茜さんも、迷惑かけてすみません」

「病人がそんな気を遣わないでよ。1人で大丈夫? なんなら私、ここに残ってるよ」


 茜がそう言うと、由美が真人に氷枕を手渡しつつ、ソワソワした様子で言う。


「それなら、私が看ててあげてもいいですか?」

「あら、でも……。由美ちゃんだって楽しみにしていてくれてたでしょう? うちのお祭り」


 茜はそう言うが、由美が楽しみだったのは、みんなで回るお祭りだ。特に、由美は好きな相手と一緒に行けるのが楽しみだった。だから、由美はこの後お祭りに行ったとしても、純粋な気持ちで楽しむ事はできないだろう。と思う。真人が心配になって落ち込んでしまったら、茉莉や幸雄達にも心配をかけてしまうから、由美は残った方がいいのだ。


「……由美ちゃんがいいなら、いいけど」


 茜は由美の気持ちを察したのか、優しく由美の背を撫でてそう言ってくれた。


「ご飯は冷蔵庫の物、勝手に使っていいよ。うちの両親も主催側で、祭りにはいないとだめだし。戻ってくる時間はあるかもしれないけど、それがいつになるかは分からないから」

「ありがとうございます」

「ううん。本当は私も運営に回る予定だったから、由美ちゃんが残ってくれるって言うなら助かるわ。こちらこそ、ありがとう」


 茜はニコッと笑ってそう言ってくれる。由美はほっと息を撫で下ろして、茉莉達を見つめた。


「ごめんね。みんなはお祭り、楽しんでね」

「うん。由美、真人くんのそばでしっかりと看ててあげるのよ!?」

「真人の心配してくれてありがとうね。由美ちゃん」

「何かあったら、遠慮なく連絡してくれていいからね。なんなら、俺も残ろうか?」


 純也がそう言った瞬間、茉莉と幸雄に思い切り肩を掴まれてしまった。


「私達は、お祭りに行きましょう」

「行けない2人の分も、楽しんでこような!」

「え、え?」


 戸惑う純也を他所に、茜はくすくすと笑いながら由美に視線を送る。そして、小声で由美に囁いた。


「弱ってる男につけ込むのも、立派な戦略だと私は思うわ」

「え?」


 今度は由美の方が戸惑ってしまう。そんなつもりは微塵も無かった。


「じゃあ、私達はそろそろ行きましょうか」

「そうですね」

「由美。純也くんも言ってたけど、何か困った事があったら遠慮せず連絡するのよ」

「うん。ありがとう」


。。。


 茉莉達が部屋を出ていくと、部屋の中は一気にシンと静まり返る。


「浜野さん……。本当に良かったの?」


 ずっと大人しくしていた真人が、由美に視線を合わせるために寝返りを打った。


「みゆき…見たかったんだろ……?」


 拓真達の演奏をバックに歌うという、大滝出身のアイドル。みゆきを生で見れる。と、由美はずっと楽しみにしていたはずだ。それなのに、本当に看病のために残ってくれるのだろうか。真人は申し訳なく思いながらも、祭りには行かないで欲しいとと思ってしまった。1人で寝ているのは、寂しくて怖いのだ。


「うん、いいの。行ったとしても北川くんの事ばっかり考えて、楽しめないと思うし」


 由美がそう言ってくれたのが嬉しくて、真人ははにかんだ。


「ありがとう……」


 真人はかなり弱っていて、いつもよりも素直で可愛らしい。力なく笑った真人の表情は、息を飲むほど魅惑的だった。由美はギュッと胸を掴まれた気がして、胸に手を当てる。


「えっと……」


 由美はドキドキする鼓動を誤魔化すように、拳を握ってガッツポーズを取った。


「北川くん。私にして欲しいことがあったら、なんでも言ってね! 遠慮とかいらないから!」


 由美がそう言うと、真人は少しだけ躊躇った後、小さな声で何かを呟いた。


「……ゆが……い」

「ん?」


 真人の声が小さくて聞こえなかったので、由美はそっとベッドの脇に屈んだ。


「浜野さんのお粥、食べたい……」


 真人は、由美の作った料理が好きだ。初めて食べたカレーもまた食べたいと思うくらい好きだし、合宿の時に特別に作って貰ったオムライスも好きだ。最近ではバイトの休憩時間に、ほしのねこのメニューをよく作ってもらっている。


 身体の弱っている真人の胃袋が、舌が、由美の手料理を求めていた。


「もちろん! 得意分野だもん。任せてよ!」


 料理をリクエストされたのが嬉しくて、由美は握っている拳に力を込めた。やる気に満ちているからだ。


「朝ごはんは、食べたんだっけ?」

「一応。拓真が持ってきてくれたから。半分残したけど……」


 今日の朝ごはんは日本人らしく、焼き魚と貝の味噌汁。それから漬物だった。漬物と味噌汁までは良かったのだが、魚の臭いが熱のある身体には良くなかったらしい。途中で見るのも駄目になった。拓真がお膳をすぐに下げてくれなかったら、粗相をしてしまっていたかもしれない。


「そっか。じゃあ、お昼になったら作るね。なんのお粥が食べたい? 梅入り? それとも卵?」

「卵がゆ……」

「わかった! そしたら、北川くん」


 由美は優しい表情で真人を見つめ、氷水で絞ったタオルをおでこに乗せてくれた。


「お昼になるまで寝てて? ちゃんと寝ないと、治らないよ?」


 タオルを乗せてくれた冷たい手が、真人の頭を軽く撫でる。覚えは無いが、何となく母の温もりに近い気がして、真人はつい泣きたくなってしまった。


(熱のせいだ……)


 真人は気恥しい気持ちになってしまい、抵抗するために由美の腕を掴んだ。


「あ、ごめんなさい。不快だったかしら」

「同い歳なのに、子ども扱いだ……」

「え? ……ふふ。病気の時は子どもに戻っちゃってもいいんじゃない? 私はお父さんが撫でてくれるの、今でも好きだもの」

「治ったら、覚えてなよ……」


 真人はそう言って由美を睨みつけるが、熱のせいか、覇気がない。弱々しくて、由美の目には拗ねた子どものように見えてしまう。


「ふふ。わかったわ。もうしないから、早くおやすみなさいしましょ?」

「言い方まで子ども扱いじゃん……」

「だって」


 いつもと違って可愛らしいから。なんて言ったら、真人は怒るだろうか。由美はそう思って、小さく笑って誤魔化した。


「……ねえ、浜野さん。退屈じゃない? 俺が寝たら、少しだけでもお祭り……。行ってきたら?」

「もう。そんな事気にしてたら、本当に治らないわよ? 病人なんだから、私の事なんて気にしないで」

「じゃあ、眠った後もそばにいてくれる?」


 無意識的に、真人は由美を縋るような目で見つめてしまっていた。


「おいて、行かないで……」


 真人の声を聞いて、由美はドキリとした。


「あ……」


 なんとなく。本当になんとなく、真人が見つめているのが自分じゃない別の誰かだと、由美は気づいてしまったのだ。


「ここにいるよ。大丈夫」


 由美が震える声でそう答えたら、真人は安心したようだ。すぐに目を閉じて、安らかな寝息を立て始めた。

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