第57話 恋バナ
散歩から帰った由美と真人は、汚れた自分達の体を見て家の中に入るのを躊躇ったので、拓真を外に呼び出した。
そうしたら、拓真に物凄く驚かれてしまった。
「なんで2人ともそんなに汚れてるんだよ!」
真人は子どもたちに蹴られまくったせいで、ズボンに土がついていた。由美も尻もちを着いてしまったし、スカートが汚れてしまっている。
「悪い。森でちょっと……。手洗いするから、外の水道借りていいか?」
「もちろんいいけど。早く別の服に着替えておいで」
「汚れた服で入って平気か?」
家に入ることがはばかれたから、わざわざ拓真を呼び出したのだが……。
真人の言葉に、拓真は小さくため息をついた。
「仕方ないだろ。真人はともかく、由美ちゃんに外で脱いでもらうわけにはいかないんだから」
「う、うん……。それはそうだな」
拓真の言葉に納得して、真人と由美は一度部屋に戻り、綺麗な服に着替えてから外で服を手洗いした。
「ある程度汚れは落ちた? 洗濯するなら、洗濯カゴに入れておいてね」
「ありがとう。本当にごめんね」
「気にしないで。でも、何だってあんなに汚れてきたんだ? 森で何かあったの?」
拓真の疑問に、真人は少しだけ苦い顔をして、由美は苦笑した。
「女の子を保護したんだけど、その子のいとことお友達が、北川くんを悪い奴って、やっつけようとしちゃったの」
それを聞いて、拓真はゲラゲラと大声で笑った。当然、真人には睨まれる。
「間違っちゃいねーな。お前は悪い奴だ」
「うるせ!」
真人に睨まれても、拓真は笑い声を止ませない。真人は軽く舌打ちをすると、小さな声でボソリと言った。
「人を利用するお前も人の事言えねえだろ」
それを聞いて、拓真はピタリと動きを止める。由美が不思議そうに首を傾げたので、拓真はすぐに笑顔になった。
「俺は元からそういう性格だろ。お前とは正反対だな……」
拓真は貼り付けたような笑顔でそう言うと、「先に戻ってるから」と言って家の中に入っていった。
「何の話?」
「ん? ああ、俺もあいつも悪い奴って話だ」
「そうかなあ? 北川くんも久谷くんも、私から見たら優しい人なのに」
「浜野さんは騙されやすそうだもんね」
「そ、そんな事ないわよ……」
「そお? 俺をいい人だなんて、騙されてるとしか言いようがないけど」
由美はむくれた顔をして、無言でワンピースの水気を切った。
「私も先に行ってるわ」
プクっと子どものように頬を膨らませつつ、由美は家に入ろうと真人に背を向けて歩き出した。
「他の人には冷たくて、本当に悪い人なんだとしても……。私をいつも助けてくれる北川くんは、私にとってはとーってもいい人なのよ! 私の恩人なんだから、悪く言わないでよね。ばーか!」
「ばっ!?」
「北川くんのばか」
最後にそう吐き捨てて、由美は逃げるように家の中に入っていく。真人はそれを聞いて、ぽかんと口を開けていることしか出来なかった。
。。。
由美が部屋に戻ると、茉莉と音美に出迎えられた。女子部屋も男子部屋もそれぞれひとつずつ貸してくれている。女子部屋は階段のすぐ側で、ひとつ空いた部屋を挟んでその隣が、男子の部屋だ。
「真人くんとのデートはどうだったー? あんなに汚れて帰ってきて……。外で何をしてたのかしら?」
「あはは。森でちょっと、ね」
由美が苦笑して誤魔化すと、茉莉のテンションが何故かまた一段階上がった。
「森で何したの!?」
「子ども達にやられちゃった」
詳しい経緯を話したら、納得はしてくれたが、茉莉のテンションは下がっていた。
「なんだ。真人くんに押し倒されでもしたのかと思ったわ」
「えっ!? そ、そんな事……。北川くんはしないわ」
由美はぽっと赤くなって、反論する。ありえない事だとわかっていても、想像はしてしまうのだ。
「それに、そんな事したら……。は、破廉恥だわ」
恋愛経験のない由美の知識は、かなり偏っている。押し倒すだなんて事は、結婚した夫婦のすることだ。と思い込んでいるのだった。
「ね? 由美ってば可愛いでしょ?」
「はい。とても」
音美がくすりと笑うので、由美はまたぽっと頬を赤く染めた。音美の方が、自分よりも何百倍可愛らしいのに。そう思う。
「音美ちゃんは、すっごく綺麗……」
「え? そうでしょうか……?」
「うん。座ってるだけなのに、気品があってとっても! 音美ちゃんの家も、久谷くんや高井くんみたいにお金持ちなの?」
いいところのお嬢様だから、こんなにも気品があって美人なのだろうか。由美はそう思いながら、音美の答えを待った。
「そうですね……。私の家は代々、音楽家として活動しておりまして、母を呼ぶだけでもかなりお金がかかるそうですから。浜野さんの言葉に答えを返すとするなら、はい。と言うのが正しいと思います」
「ひえー。凄いのね」
「音美ちゃんのご両親なら、すごく上品で素敵な人達なんだろうなあ」
「ふふ。褒めて下さってありがとうございます」
ニコッと微笑む姿も、やはり綺麗だった。
「将来、どんな人と結ばれるのかしらねえ?」
「きっと大人で素敵な人なんだろうね」
茉莉と由美は、音美の将来の彼氏、夫を想像する。音美は実在するある人の顔を思い浮かべたが、思い浮かべたのは拓真だった。
「……あの、失礼な事をお聞きしますが、お2人は拓真さんのお相手では無いのですよね?」
「え?」
「久谷くん? 久谷くんはプレイボーイだけど、友達が狙ってる人に手を出す人じゃないって、北川くんが言ってたわ」
由美はそう言って、茉莉をニヤニヤと見つめる。
「茉莉には白鳥くんがいるもの! ね?」
「そ、そう言う由美だって、真人くんが……」
「私はそんなんじゃ…………」
由美と茉莉が2人して顔を赤くするので、音美は微笑ましげにニコニコと2人を見つめていた。
「白鳥さんも北川さんも、お優しそうな表情をなさる素敵な方でした。お2人によくお似合いだお思います」
「「あ、ありがとう……」」
ふしゅーっと空気が抜けたように、2人は大人しくなってしまう。
「ところで、茉莉はいつ白鳥くんと付き合うのよ。茉莉が一言返事をしたらすぐなのに」
由美がちらっと茉莉を見つめてそう言うと、茉莉は少しだけ恥ずかしそうに、こう言った。
「それは私もわかってるのよ。でも、白鳥くんはまだ、私に直接好きだと言ってないわ。彼からの言葉が聞きたいの。それにね……。実は、少しずつ距離を縮めてくれようとする彼が可愛くて」
「意地悪ね」
「あら。好意には返しているつもりよ。言葉にしてくれたら、すぐにでも同じように言葉にするのにね」
茉莉はそう言ってはにかんだ。幸雄の顔を思い浮かべているのだろうか。由美の目には、なんだか茉莉がキラキラと輝いて見えた。
「と、ところで……。音美ちゃんは、久谷くんのことが好きなの?」
「……はい。好きですよ」
音美がニコッと笑って、そう言った。
「ど、どど、どうして!? どういうところが!?」
「やっぱりかっこいいから? 顔!?」
由美と茉莉の2人は、一気に音美に詰め寄った。茉莉は純粋に恋バナを楽しんでいるようだが、由美は違った。音美の口ぶりから、拓真がプレイボーイだと言うことは知っているはずだ。それなのに、どうして拓真を選んだのだろうか。そう思う。
「声ですね」
「へ?」
「こ、え……?」
「最初は、甘くて優しいあの声が素敵だなって思ってました。拓真さん自身を好きになったのは、その後です」
音美の話を聞いて、2人は拓真の声を思い出す。確かに、拓真は耳に甘く響くような、優しい声をしていたと思う。
「拓真さんは、結構可愛らしいんですよ?」
「え? かっこいい。じゃなくて?」
「私達の学校の人、みんな久谷くんは綺麗。とか、かっこいい。って言うのに」
「ふふふ。寂しがり屋さんで、でも強がりで、誰にでも甘い顔をしているのに、誰の事も信じていなくって……。拓真さんは包み込んであげたくなる、守ってあげたくなるような人です」
音美は、天使か何かと見紛うほどに美しい笑みを浮かべて、そう言った。2人は音美のその顔に見とれてしまい、これ以上言及することは出来なかったのだった。




