第55話 森林浴
荷物の整理を終えた後、由美と真人は約束通り、散歩に行くために玄関付近の廊下で合流する。
「茉莉も誘ったんだけど、白鳥くんと別で約束があるみたい」
「ああ、聞いた。幸雄がめちゃくちゃ上機嫌だったんだ。鼻歌なんか歌ってさ」
「ふふ。そっか」
それを聞いた由美が、優しい表情でくすくすと笑った。
茉莉と幸雄もデートをするようだし、拓真達は明日の祭りのために三重奏の練習をしている。純也は真人達に遠慮をして、その練習を眺めているらしい。
「俺達もデートだなあ」
「へっ!? えっと……。で、デートだね……?」
由美は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、真人の言葉を肯定する。真人はくすくす笑いながら由美の慌てぶりを見ているので、からかわれていることは一目瞭然だった。
「わ、わわ、笑わなくてもいいじゃない!」
「あはは。だって、まさかそんな顔をしてまで肯定するとは思わなかったんだもん」
最初から由美をからかうつもりだった真人は、真っ赤な顔で慌てながら「デートじゃない」と否定する由美を想像していた。真っ赤になって慌てるところまでは予想通りだったが、まさかデートという言葉を受け入れるとは思わなかった。
真人はひとしきり笑うと、満足そうに「早くデートしよう」と言って、靴を履く。真人とは対照的に、由美は不満気な表情で靴を履いて、真人の後をついて行った。
「明日祭りが行われる広場のそばにも、森があるんだ。公共の森で、道も整備されてるよ。街の人も森林浴を楽しむみたい」
「へえ。詳しいね」
「たまにな。2年前に拓真の実家を知ってから、バイクで近くの森まで来たりしてた」
「そうなの?」
「森林浴とか、嫌いじゃないし」
大滝の他にも、真人は部活の合宿で行った横須賀の河沼にも詳しい。河沼にも森林浴スポットがあって、ハイキングコースを歩いた先には海が見える絶景ポイントもあるらしいのだ。
「ツーリングついでに林道を押して歩いたり、普通に走らせたりしてな。結構気持ちいいよ」
「へえ。いいなあ……。私も免許取ってみようかしら」
「あはは。そしたら、一緒に色んなところ行けるな」
真人は軽い調子でくすくすと笑っているが、由美はついドキリとしてしまった。まるで一緒に行くのが自然な事みたいだ。そう思って、ドキドキする胸にそっと手を添えた。
「北川くんは、私を連れていってくれるの?」
「え? ああ……。そりゃあ、友達だし。あ、あいつらともたまにツーリングするよ。幸雄達も全員、バイク持ってる」
「うん、そっか。お父さんに許可貰えたら、通ってみる」
「もし許可が貰えなくても、浜野さんがよければ俺の後ろに乗せることだってできるし」
その言葉を聞いて、由美の胸はもっと高鳴る。添えている手に伝わる心臓の音を、由美は照れくさい気持ちで感じていた。
「いいの?」
「うん。まだ1年経ってないから、あと2ヶ月くらい待ってもらなわきゃいけないけど」
「嬉しい……。楽しみにしてるね!」
談笑しながら歩いていると、明日祭りが行われるという広場に出た。屋台や看板の組立、飾り付けなどで忙しそうだ。
「小さい子も手伝ってる。ペーパーフラワーを作ってるみたい」
「ああ。明日拓真達が演奏するのは、あの辺だな。ステージもまだ組み立て途中みたいだ」
真人はそう言うと、一際大きな板材なんかが置かれている広い空間を指さした。完成したペーパーフラワーも沢山置いてあって、ステージを飾るのだろうという事がわかる。
着々と進められている準備を見ていたら、明日の祭りがもっと楽しみだった。由美はワクワクしながら、忙しなく動いている人達を見つめて歩く。
。。。
広場を突っ切って、真人と由美は道が整備されているという森に入った。少し進めば、広場で飛び交う人々の声は小さくなっていく。
「静かだね」
「ああ。もう少し進むと、小川もあるよ。物凄く浅いけど流れはそこそこ早いから、入るのはおすすめしないけど」
今日の由美はオフショルダーのワンピースにサンダルだから、すぐにでも川に入れてしまう服装だ。学校の横を流れている川でだって靴下を脱いで足を入れるくらいだから、今日も川を見かけたらはしゃぎそうだ。と真人は思った。
「そっか。冷たい川、入りたかったな」
「浜野さん、俺の前でも躊躇いなく足出すんだもんなあ」
「あ、もしかして北川くん。今日も私の足、見てたり……?」
真人の言葉を聞いて、由美は途端に恥ずかしくなった。もじもじとスカートの裾を掴んで、伸ばそうとしているようだ。
「……見てねーし」
嘘だった。正直に言うと、真人は駅の前で会った時から、由美の露出した肩や足に何度か視線を送ってしまっていた。
「ていうか、今日の服装は見ない方が難しいだろ」
「北川くん。それは見てるって自白してるようなものじゃない?」
由美は頬を軽く染めて、ジトッと真人を見つめた。
「……だから、視界に入るものは仕方ないし。わざとじゃねーし」
「こういう服装も、無防備ってやつなのかしら。結構気に入ってるのよ。このワンピース」
由美がくるっとワンピースを見せつけるように回ってみせる。と、スカートがヒラリと持ち上がって、一瞬だけ、裾が危うい状況になった。
「回るな。ミニスカートなんだから」
「あわ。ご、ごめんなさい……。もしかして見えちゃったりした?」
「見えては無いけど……」
下着が見えた訳では無いが、本当に危ういところまで見えていた。見えた太ももから察するに、由美はスパッツを履いていない。真人は気が気ではなかった。
(というか俺、浜野さんのそういう姿ばっかり見てないか……?)
真人は何度言っても無防備な由美に、どうしていいか分からなくなってしまうのだった。
「大人しく歩くわ。ごめんなさい。北川くん」
「おー……」
由美は真人に話した通り、しずしずと真人の隣を歩いている。いや、というよりも、しょんぼりと落ち込んだ様子だ。
「……浜野さん」
「はい。なあに?」
「えーっと……」
由美の返事にも表情にも、いつもの明るさがない。淑やかに見えなくもないが、これは落ち込んでいる顔だろう。と、真人はわかった。
「そのワンピースのことだけど、似合ってない訳じゃないからな」
「え?」
「むしろ似合ってるし、可愛いと思う……」
「えっと……。嬉しい、けど。急にどうしたの?」
由美は顔を赤くして、頬を両手で包んだ。女子校育ちの由美は、男からの褒め言葉に慣れていない。しかも、褒めてくれた相手が真人だから、尚更恥ずかしくて、ドキドキする。嬉しいのに、つい戸惑ってしまう。
「自分で、その服気に入ってるって言っただろ? なのに、俺が浜野さんを気にしすぎてるせいで、落ち込ませてしまった。ごめんな」
「北川くんのせいで落ち込んでるわけじゃないんだよ」
「好きな服を着たらテンション上がるのは、わからなく無いし。水を差しちゃったかなって思って」
真人はそう言うと、改めてもう一度謝罪の言葉を口にした。
「……それでも、北川くんは異性だもの。スカートの中が見えそうになって、私ってば本当に学習しないんだなーって、自分で自分が情けなくなっちゃっただけなの」
由美はそう言うと、真人の目の前でピタッと立ち止まり、恥ずかしそうにもじもじと体を揺らす。そして、ちらりと遠慮がちに真人を見上げた。
「でも、私のテンションが上がって北川くんを気遣えないくらい楽しくなっちゃったのは、一緒に歩いてるのが北川くんだからでもあるんだ」
「え」
「久谷くんや高井くんとだったら、私ももう少し気にして歩くわ。北川くんとは一番一緒にいる機会が多いし、私にとって特別なのよ……」
由美はそこまで言うと、ほんのりと染まった頬をまた両手で包んで、くるっと振り向いて歩き出す。
「いくら特別な相手でも、これからはもう少し気をつけるわ。ごめんなさい」
「あ、ああ……。うん、そうしてくれると助かる」
由美がこちらを振り返らないのをいい事に、真人は自分の顔が赤くなっているのを誤魔化すように、顔を隠しながら顰め面をして歩くのだった。




