第51話 仲が良いのか悪いのか
真人のほしのねこでの初シフトの時間が終わった。着替えてきた真人は、今も座って談笑している幸雄達と同じテーブル席に座って、一息ついた。
「はー。終わったあ……」
「お疲れー」
「どうだった? バイト初日は」
「いつもの時間と違って、本当に混むんだね」
「あはは。慣れてないとびっくりするよね」
「俺、店長のあんな華麗な身のこなし、初めて見たよ」
真人は言いながら、終わり際に注文したコーヒーを飲んで完全にくつろぎモードに入る。
「今度は純也達も誘って見に来るよ」
「はいはい、ありがと。待ってるよー」
カランカラン
「いらっしゃいませー。あれ? 拓真くん!?」
来店したのは拓真らしい。店長の声を聞いて、真人達は全員で入口の方に顔を向けた。するとそこには、頬を赤く腫らした拓真の姿があった。
「フラれたのか」
「しかも派手に叩かれちゃったみたいだね」
拓真を心配している店長に軽く挨拶と説明をした後、拓真はにこにこと笑顔でこちらにやってきた。
「やっぱり。みんな来てると思ったんだ」
「久谷くん。どうしたの? その頬」
拓真は痛そうな素振りもなく笑顔だ。しかし、それでも由美は心配だった。眉を下げてじっと拓真を見つめると、聞いた。
「んー? ちょっとね。女の子にビンタされちゃったんだ」
「何したらそうなんだよ」
真人がからかい顔でそう聞くと、拓真は半目でジトッと真人を見つめる。元はと言えば、真人が自分を好いていた女の子を押し付けたのが悪いのだ。そう言いたげである。
「あの子が真人の事をしつこく聞いてくるもんだからさあ……」
「うっ……」
ポソッと呟かれた言葉に、真人は喉を詰まらせる。
「しつこく真人を呼べー。って言われたから、つい真人は今日バイトって答えちゃって。そしたら、どこでバイトしてるのか教えろって。それがまたしつこくてさ」
「……そ、それで?」
「もちろん断ったよ。そしたら彼女、俺のほっぺを思いっきり叩くんだもん。暴言のおまけ付きで」
「そ、そう……」
真人は複雑な心境で、拓真の様子を恐る恐る窺う。
「真人が俺に押し付けなければ、こんな事にはならなかったんだけどなあ」
「うぐっ……」
「女の子に迫られまくってる真人くんの気持ちもわからなくはないけど……。拓真くんも大変だったわね」
茉莉の言葉に罪悪感が募り、それに続いて由美も同情的な表情で拓真を見つめるので、真人の立場がどんどん無くなっていく。物凄く居心地が悪かった。
「悪かった……」
「んー? 本当に思ってる? 真人、いつも俺に冷たいもんなあ」
「ご、ごめん。今日は何でも好きな物奢るから」
「でもなぁ……。真人、いつも俺にだけ意地悪いしなあ?」
真人はいつになくしおらしい態度で、拓真に必死に謝っている。しかし、それに対して拓真は眉を下げて、悲しそうにしているだけだ。
それが演技だという事は幸雄には丸わかりだった。
「本当にごめんって、お前が盆明けにやるって言ってた合コン、あれに付き合ってもいいから。許して」
真人だって、普段ならすぐに拓真の悪戯に気づけるはずだ。しかし、今の彼は罪悪感に押し潰されそうになっている。拓真の悲しげな演技は効果覿面だった。
「あー……。その合コン無くなった。それ、主催が今日の子の友人っぽかったからさ。さっき断ったんだよね。色々面倒なことになりそうだし」
拓真はそう言うと、メニュー表に手を伸ばす。
「でもまあ、奢ってくれるんならお言葉に甘えて。合コンは今度機会があったらね?」
「えっ」
「まさか、嫌なのか……?」
拓真が大袈裟なくらいに眉を八の字に下げると、真人は慌てて首を横に振る。
「いいえっ! 1度だけなら、喜んで行きます!」
「よーし、言質取ったから、今度1回は来てもらうよ。お前目当ての子多いんだから」
「ん……。うん、わかった。1回だけだからな」
「はいはい。さーて、今日は何食べよっかなー」
さっきの悲しげな表情から一変、拓真は楽しそうにメニューを眺めている。それを見た真人は複雑そうな表情で、頬杖をついて拓真を急かした。
。。。
拓真は、「何でも好きな物を奢る」と言った真人の厚意に甘えて、料理の他にデザートを頼んだ。おすすめメニューの、フルーツたっぷりゼリーケーキである。
「奢りサンキューな。いただきまーす」
「ああ。うん……。怪我してるんだから、気をつけて食えよ?」
「わかってるって」
拓真が腫れた頬も気にせず美味しそうに食事をしていると、真人が遠慮がちにこう言った。
「あの、拓真……。ここのこと言わないでくれてありがとな」
しおらしくなっている真人に、拓真は一瞬だけ呆気にとられる。そして、口に入っている料理を飲み込んだら、返事を返した。
「ほしのねこは俺も気に入ってるから、あの子は俺もちょっと呼びたくなかったんだよね。だから真人のためじゃないし」
「そうか……」
それを聞いても、真人はまだしゅんとしおらしくなっている。
「てか、本気で悲しいと思ってた訳でもないから、そんなに気にしなくてもいいのにね」
にやっとからかい顔で拓真が言うと、真人はさっきのが演技だと言うことに、やっと気づいた。からかわれていたと知って、半目で拓真を睨む。
「あはは。たまに素直になっちゃう真人ってかわいーよね。あーあ。俺もデートなんかすっぽかして、真人のウェイト姿見たかったなあ……」
拓真がケラケラと笑うので、真人はムッと眉を寄せる。そして、ふんと鼻息を鳴らしながら頬杖をついた。
「別に面白くないだろ。そんなの見ても」
「俺、写真取ったけどいる?」
「「え!?」」
幸雄の言葉に反応したのは真人だけじゃなくて、由美もだった。いつの間に。と思ったのだ。
「お前っ! いつの間に!」
「給事中の真人。由美ちゃんは厨房にいた時だね」
幸雄がスマホで撮った写真を見せると、拓真は身を乗り出してその写真を凝視した。
「貰うもらう。やっば! 真人、超似合う。爽やかイケメン店員じゃん」
「うるさい。お前に罪悪感とか抱くんじゃなかった!」
「いってえ!」
真人が腫れている拓真の頬を、ムイムイと触るので、さっきまで平気そうにしていたのに、拓真は頬を押さえて真人を非難する。
「触られたら痛いに決まってるだろ!」
「ビンタしないだけマシだと思えよ」
「お前なあ……」
相変わらず、仲がいいのか悪いのか分からない2人は、暫く言い合いを続ける。
その間にちゃっかり、由美は真人の写真を送って貰うのだった。




