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第47話 肝試しのお誘い

 真人は身体の熱を冷ますために海に入ると、由美に手を差し伸べた。


「浮き輪を装備したら入ってきなよ。そろそろ戻らないと。本格的に波が高くなってきたし」

「うん」


 由美はスポンっと浮き輪を被ると、恐る恐る海面を見つめた。もう一度、海に足をつけるように座る。

 

「あと、男に抱きつくのは、本気で浜野さんが好きになった人だけにしなよ?」

「わかってるよ」


 だから真人に抱きつきたかったのだ。とは言えないが、由美は素直に頷いて、心の中でだけ反論をする。そして、真人が差し伸べてくれている手を取って、海に入った。


「よし。波出てきたけど怖くない?」

「うん。大丈夫よ」


 由美は真人の手をぎゅっと握って、頷いた。

 

「了解。戻ったらなんか食べよーぜ。幸雄も誘ってさ」


 真人はそう言いながら、行きと同じように手と浮き輪を引いてくれる。

 

「うん! 焼きそば食べたいなあ」

「ああ、それいいな。こういう所の焼きそばって、なんかすっげー美味く感じるんだよな!」

「そうよね。やっぱり鉄板で焼くのと家のフライパンで焼くのじゃ、全然違うのよね」


 この海は観光地では無いので、港の方まで坂を上がらなければならないが、鉄板で焼くのお好み焼きと焼きそばの美味しい店が近所にあるのだそうだ。


 由美は料理の話になると、凄く楽しそうに笑う。真人もそれを見るのが楽しいようで、由美を軽く振り返ってくすくすと笑った。


「あ、おーい! 北川! 浜野ちゃん!」


 2人が浜辺の近くまで戻って来ると、男女で集まって何かを話していた部員達が大きく手を振った。海から上がって、2人もその集まりの方へ駆ける。


「何ですか?」

「夜に肝試しをしようって話になってんだ。ほら、コーチの別荘の裏手にちっさい林があるだろ?」

「え……」

「肝試し……?」


 由美は元々暗い所が苦手だし、怖いものも苦手。当然、肝試しなんて以ての外だ。しかし、意外なのは真人だった。


「ごめん。真人はそういうの嫌いって言ったんだけど……」


 幸雄が気まずそうにそう言うと、真人はスイッと視線を逸らして、俯いた。

 

「嫌いって言うか……。俺、怪談とか幽霊とか無理なんですけど」


 由美と同じように、真人は肝試しを嫌がる。というか、怖がっている。


「だから言ったじゃないですか。昔から真人、ホラーとか駄目なんですよ」

「いやあ…こいつの冗談だと思って……。え? 本当に無理なの?」


 肝試しを発案したのであろうサッカー部の先輩がそう言うと、真人ではなく幸雄が大きく頷いた。

 

「北川くん、かわいー」

「意外ねえ」


 真人は少し不機嫌そうにしながらも、先輩に向き直る。


「幸雄の言う通り、本当に苦手なんです。すみません」

「そういや、去年の合宿でも夏のホラー映画鑑賞には参加しなかったな。白鳥も不参加だから何とも思わなかったけど……。あれって苦手だからか」

「まあ、そうっすね。今回も俺は不参加で」


 由美も苦手なので身を潜めていたが、真人が断り切った事で一気に視線が向いた。由美はビクッとして真人の腕を掴む。パーカーは由美が着ているので、真人は上裸なのだ。掴む場所と言えば腕くらいしか無かった。


「私も怖いのは苦手なので……。すみません」


 由美が真人の陰に隠れながらそう言うと、サッカー部の先輩は少しだけ困ったように眉根を下げた。

 

「いや、別に不参加でもいいんだけどさ。いいの?」

「え?」


 由美がきょとんとしてサッカー部の先輩を見上げると、彼は言いにくそうに頬をかいた。


「お前ら以外みんな参加だから。浜野ちゃん達、合宿所に1人になるよ?」

「ええ!? 皆行くんですか!? 有菜ちゃんも!?」

「おもろそうじゃーん?」

「ユキ……。お前も行くの?」

「行って欲しくない?」


 幸雄はニヤッとからかい顔で笑うので、真人はつい反発したくなる。


「べ、別に……。俺は1人でも平気だし」

「真人がどうしても俺にいて欲しいって言うなら行かないけどお?」

「う、うざ。別に平気だっての。」


 すりすりと幸雄が擦り寄ってくるから、真人は更に反発してぐいっと幸雄を押しのける。


「ガキじゃあるまいし。つーか、別荘にいるだけなら肝試しと関係ねえじゃん!」

「そりゃそうだけど」


 幸雄が視線をずらした方を見ると、由美がしょんぼりと肩を落としているのが見えた。それにつられて、真人もちらっと由美を振り返る。


「浜野さん。大丈夫?」

「……うん」


 本当に大丈夫なのか。と心配になる顔の青白さだ。1人でいるのが心細いのだろう。


「真人ぉ。みんなが帰ってくるまでそばにいてあげたら?」

「え? ああ、うん。てか、何時に帰ってくるの」

「さあ。行くのは夕飯の後で、7時くらいだから……。9時とか?」

「ふーん……。浜野さん、それまで一緒にいる?」


 由美はパッと顔を上げて、不安げに眉を歪ませながら真人をじっと見つめた。


「それどういう感情なの」

「……だって。迷惑じゃないかなって思って」

「別に迷惑って事はないだろ」

「お前が怖くないとか強がるから、由美ちゃんが遠慮しちゃってんだろ」


 耳元でコソッとからかわれた真人は、小さくため息をつくと、不安げにしている由美を見下ろす。


「……本当は俺も1人でいるの嫌だし。浜野さん、一緒にいてくれない?」

「そうなの?」

「うん」

「じゃあ……。いる……」


 由美は真人の腕を掴んだまま、小さく微笑んだ。


 随分としおらしくなった由美を見た真人は、思わず可愛い。だなんて思ってしまった。もし妹がいたらこんな感じなのだろうか。と想像したが、由美を見ていると流石に妹はないな。と思い直す。胸がドキドキするのだから、異性として多少は意識してしまっているという事だった。


「ナチュラルにイチャつくなよ。お前」

「別にイチャついてないですよ」

「このモテ男め。ムカつく」


 先輩に肩を組んでからかわれ始めると、由美は流石に真人から手を離した。すると、真人は完全に先輩に攫われて、物理的にいじられている。

 

「ちょっと。先輩。やめてくださいよ」

「そうよ。あんまりいじめたら可哀想だわ」


 と、柔道部の女子達は真人を味方してくれる。


「北川くんって、思ってたよりも紳士よね。年下とは思えない」

「そんな気配りされてみたいよね」

「由美こそ羨ましいわよね!」


 幸雄の耳打ちがあってこその真人の気配りなのだが、柔道部員達にとっては些細な事のようだった。きゃっきゃと由美をからかっている。


 そんな彼女らを置いておいて、真人は先輩からスルッと逃れると、幸雄に「昼飯を食おうぜ」と誘った。当然、そこには由美も一緒である。由美も真人に倣って、ササッと柔道部員達からのからかい攻撃を抜けて、真人達のそばへと駆け寄るのだった。

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