第45話 海からの景色
今日は由美と真人。お互いの部活動がオフの日だ。そして、今は横須賀に合宿中なので、泊まっている場所のすぐ近くには、綺麗な海が広がっている。
と言うことは当然……
「海ー!」
「砂浜!!」
「水着!」
今日は洋極学園のサッカー部と藤波学園の柔道部で、海に遊びに来ている。真人と由美を経由して、ちょこちょこ仲のいい男女が増えてきていたのも理由だが、元々部活休みの日にみんなで遊びに出かけよう。という計画は、お互いの部活内で立っていた。その日がたまたま重なったのだから、当然仲良くなった者同士で固まっている。
「「おおっ」」
「あー。男子って本当すけべなんだから」
由美が着ていたティーシャツを脱いでビキニ姿になるものだから、男子達がざわつく。由美は文句無しに可愛いので、注目の的なのだ。
「そっちだって、北川を見てきゃあきゃあしてるじゃん」
「男子と女子じゃ、肌の重みが違うでしょ」
「ずりぃ。差別だー」
話題の真人は、男女がぎゃあぎゃあ言い合っている事なんて気にせずに、パーカーを羽織ったまま海に浸かっている。聞こえないふりである。
真人と幸雄がぷかぷか浮かびながら談笑していると、本当に言い合っている声が聞こえていない由美が、「遊ぼう」と誘いに来た。
「丁度良かった。俺、休憩したかったんだ。由美ちゃん、真人の相手よろしく」
「え? 休憩に行っちゃうの?」
幸雄も一緒だと思ったら、すぐにいなくなってしまった。
2人きりになって緊張している由美が、持っている浮き輪に顔を半分ほど隠しながらちらっと真人を見る。真人と目が合って、更に胸を高鳴らせてしまった。好きだと自覚したせいで、どうにも調子が狂ってしまう。
「あ、暑いね」
「夏だもんな。折角だし泳ぐ? 全身で浸かった方が涼しいだろ」
「私、泳げないの」
真人の提案に、由美は眉を下げてふるふると首を横に振った。
「え?」
「1人だと、海に入ることも出来ないわ」
「そうだったの?」
「だから浮き輪……」
持っているな。とは思っていたが、泳げないとは思っていなかった。真人は軽く頬をかいて、一度浜に上がる。
「人が一緒なら沖まで出ても大丈夫?」
「え、うん……。一緒なのが北川くんなら。北川くんの事は信頼してるし、怖くないわ」
「……そ」
真人は少し照れながら、由美から浮き輪を奪う。そして、スポッとその頭に浮き輪を被せた。
「肩出せる?」
「う、うん」
由美は言われるがままに、浮き輪をきちんと装着した。それを確認した真人は、満足そうに頷いている。
「よし、じゃあ引っ張ってあげる。泳げないなら、絶対に浮き輪から手離すなよ? あと、怖かったら報告すること!」
由美の浮き輪についた紐を軽く引いて、真人はまた海に足を踏み入れた。由美も、真人の後ろに着いてきている。
「どこまで行くの?」
「あんまり遠くに行くのは危ないから……。あの岩があるら辺まで?」
海岸沿いから続く岩場の出っ張りを指さして、真人は言った。そこまで遠くは無いが、足は確実につかない位置だろう。
「今日は波が大人しいから、安心して」
「あの、北川くん」
海水が腰の辺りになる位置まで移動した由美が、小さな声で真人を呼ぶ。真人はパッと振り向いた。
「ん?」
「片方の手は、繋いでてくれる?」
不安げに眉を下げている由美を見て、真人は小さく頷いた。
「……うん。いいよ」
真人の差し出した手に、由美が掴まった。もう片方は言われた通り、浮き輪をしっかり掴んでいる。真人が浮き輪についた紐を引けば、少しずつ水に浸かる部分が増えていく。
「そろそろ足がつかなくなってくるはず」
真人がそう言ってすぐ、フワッと足が浮く感覚がした。
「大丈夫?」
「今のところは……」
由美がぎゅうっと浮き輪と、真人の手を強く握る。
「浮き輪に穴あけるなよ?」
「き、気をつけるわ……」
「俺の手なら、いくら強く握っても穴空いたりしないから」
真人はそう言うと、自ら手に力を込め、由美の手をしっかりと握りしめてくれる。滅多な事では離れないだろう。と思い、由美は安心した。
「海に浸かっているのに、北川くんの手は温かいのね」
「俺って元々体温高いっぽいんだよな。冬でも温かいんだ」
「……それに、大きい」
恐怖が薄れていくと、由美は真人の手に意識を集中させてしまう。ドキドキして、真人の体温以上に熱くなってくる。
「浜野さんに比べたらそりゃあね」
「私も、女子の中では大きいほうなのよ?」
「全然じゃない? ほら、こんなに違う」
真人はくるっとこちらを振り返ると、浮き輪を支えてくれた。そして繋いだ手を一度離してから、由美の手に綺麗に重ねてくる。
思わず心臓が跳ねた。
「北川くんが大きいだけよ……」
「幸雄とそんなに変わらないぜ? 男なんてこんなもんだろ」
「白鳥くんは身長も高いもの。それと同じくらいって事は、やっぱり北川くんが大きいのよ」
「そうかな」
「うん……」
由美はドキドキしながら、真人が手を繋ぎ直してくれるのを大人しく感じていた。
暫くすると、真人は泳ぐ速度を落とす。
「こっからまた深くなるぞ。平気か?」
「北川くんと一緒なら、平気」
「じゃ、本当にあの岩の辺り目指すか」
「うん。北川くんは大丈夫? 浮き輪引いて疲れない?」
「大丈夫。行くよ」
真人の合図と同時に、本格的に足のつかない位置へとやってきた。
「わ。本当に。全く足がつかない!」
「怖い?」
「離さないでね?」
少しだけ怖かったが、真人と一緒なら。という安心があるのも本当だ。真人を見つめて、念を押しておく。
「離さないよ。ほら。繋いだままだろ?」
「う、うん……」
繋がれた手にドキドキして、足のつかない今の状況にもドキドキして、由美の心臓はずっと大きく脈打っている。
「よし。この辺だ」
「す、すごい……。こんな所まで来たの初めてだわ」
「ふふ。大丈夫? 怖くない?」
「少し怖いけど、それ以上に感動してる。海から眺めたビーチって、結構綺麗なのね」
遠くにサッカー部も柔道部の人達が見えるし、地元の人達もちらほら見える。観光地では無いので、人は少なかった。
「ほら、あれがこの前行った灯台」
「街並みも綺麗」
普段は見ることの出来ない光景なので、由美はきょろきょろと周りを見渡す。もちろん、手だけはしっかりと握ったままである。
「北川くん。ありがとう! ここまで連れてきてくれて!」
「どういたしまして。俺も楽しい。こんなにいい反応してくれるなんて思わなかったし」
「あ。ごめんなさい。1人ではしゃいじゃって……」
由美は恥ずかしそうに頬を染める。
「いいんだよ。連れてきた甲斐があるってもんだ。でも、あんまり長く足のつかない場所にいるのも危ないし、そろそろ戻ろうか」
「うん……。戻る時も離しちゃ嫌よ?」
真人がそんな意地悪をするはずも無い。と分かってはいるのだが、やはり苦手な海に浸かっているので、不安になっている。由美はついつい確認してしまうので、真人は苦笑するしか無かった。
「離さないって。不安なら、もっと指を絡めてやろうか?」
「え?」
由美の頬がぽっと赤く染る。からかったつもりで言った言葉。きっと怒った顔をするのだろうと思っていたのだが、由美は頬を染めてしおらしくなってしまった。思っていた反応とは違って、真人の方にもその赤みが移った。
「ごめん。冗談……」
「そ、そうよね! 驚いちゃった。そんな冗談言うだなんて思わなかったから」
2人で誤魔化すように笑って、繋がれている熱い手を海の水で少し冷やしながら進む。
「波も少し出てきたね。浮き輪ごと支えようか?」
「え? えっと……」
浮き輪ごとだと、今よりも密着度が高くなる。由美はさっきの冗談でまだ赤みがひかないのに、もっと照れくさくなってしまうだろう。
「手、繋いでくれてるだけでも心強い…から……」
「わかった。限界だと思ったら隠さず言えよ?」
「うん……」
既に赤みが引いているであろう真人を恨めしく思いながら、由美は繋がれた手に力を込めて、真人に浮き輪を引かれ続けるのだった。




