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第43話 想い悩む

 サッカー部員達から離れて、由美と真人は港のある方向へと並んで歩く。


「せっかくの自由時間なのに。そんなことに使っちゃっていいの?」

「ご飯の事?」

「うん」


 真人は今もまだ心配してくれているようだが、由美は本当に作るのが好きで、楽しみなのだ。


「いいのよ。むしろ楽しみだわ」

「それならいいけど。買い物、あの人数分を持つのは大変だろうから、俺も行くよ」

「助かるわ。ありがとう」


 会話をしながら歩いて、少し遠くに港が見え始めてきた。 


「そういえば、そのほっぺの怪我。まだ痛む?」

「まあまあ? こんくらい、2、3日もすれば治るだろ」

「そう」


 真人の頬が少し腫れているのを見て、由美はしょんぼりと肩を落とす。

 

「浜野さんが気にすることないから。俺って結構悪い奴だし、久々に喧嘩してスカッとした」

「……もう。そんな事言って」

「それに、浜野さんに何も無くて良かったじゃん」


 そう言った真人の笑顔がいつもの優しい笑顔ではなく、拓真達と話している時のような、砕けた笑顔だった。それが嬉しくて、由美は小さくはにかむ。


「うん…ありがとう」

「どういたしまして。なあ、あれじゃないか? 港のレストラン。張り紙にカレーって書いてある」


 真人が指さした先を見ると、オシャレな雰囲気の小さなレストランがあった。外観は港らしくオーシャンブルーで統一されていて、装飾も浮き輪や錨の形をしたものがあった。

 

「本当だ。北川くん、カレー大丈夫?」


 由美がちょいっと自分の頬を指さして聞くと、真人は怪我をした頬を軽くつついた。


「平気平気。美味しいものは全然頬張れる」

「それなら良かったけど、無理はしないでね?」

「ありがとう。大丈夫だよ」


 引き戸を開けて中に入ると、威勢のいいおばちゃんが「らっしゃい!」と挨拶をした。外観はオシャレなのに、中はラーメン屋に似た雰囲気で、少しだけ驚いた。


 2人は空いている窓際の席に座ってお冷が出てくるのを待つ。 


「はい。注文決まったら声掛けて」

「あ、カレー2つ」

「はい。かしこまりましたー! カレー2つ入りまーす!」


 厨房に大きな声で伝え、自分もカウンターの向こうに入っていく。


「元気だね」

「だな」


 由美と真人はコソコソと顔を寄せ合ってそう囁き合う。


。。。


「はい。お待ちどうさん」


 暫く待つと、噂の海軍カレーが2つ、テーブルに置かれた。船底のような長細いライスの周りに、カレーが海のように並々と注がれてる。


「うちのカレーはポークだよ。はい、仕上げの帆」


 と言って、店員のおばちゃんがライスに錨のマークが描かれた小さな旗を立ててくれた。


「わ。かわいい」

「ありがとうございます」

「あいよ。伝票もここに置いておくから、帰りにレジまで持ってきてちょうだい」

「はい」


 おばちゃんがカウンターに戻るのを見届け後、由美と真人は手を合わせて、「いただきます」と挨拶をした。そして、由美が早速カレーを口に入れる。


「わ。ちゃんとカレーの素作ってる。これ、すっごく美味しいよ」

「へえ? じゃあ、俺も……」


 由美に続いて真人も口に入れた。真人からしたら、カレーの微妙な違いには気がつけない。しかし、これは確かに美味しい。香辛料もかなり効いている。


「すげー美味い!」

「ね? 何使ってるんだろ」


 由美は食べながら、調味料に何を使っているのかを考察し始める。料理をするのが好きと言うより、料理の研究をしたがっているように見えて、面白かった。

 

「んぐんぐ。美味しいけど、俺にはそういうのはわかんねえや」

「ケチャップ…入ってるかなあ」


 由美の分析に、真人は少しだけ目を見開く。そして、スプーンに乗ったカレーに一度目をやった。

 

「よくわかるよな。流石は特待生」


 真人がそう言って褒めると、由美は嬉しそうにはにんだ。

 

「料理ぐらいだけどね。こんな風に分析ができるのは……」

「それでも凄いよ。俺なんか、冷凍食品かインスタントしか作れねえもん」


 自分がいかに料理が出来ないかを話す真人に、由美は眉を寄せる。

 

「それじゃあ身体に悪いわ」

「だから、ほしのねこが俺の命綱」

「もう」


 と言って、由美はくすくすと笑った。仕方ない。と言いたげな柔らかい表情に、真人は少しだけドキリとしてしまった。


「どうかした?」


 由美が首を傾げた事で、ハッとする。しかし、真人の動揺は続いた。慌てて首を振ると、無理やり別の話題に変える。


「それより、この後どうしようか? 帰るなら宿まで送るけど」

「どうしようかしら。まだ夕方の部活までは時間があるのよね」

「俺も。次は4時からだから、1時間くらい暇なんだよな」


 それを聞いた由美は、窓から見えている灯台の方を指さした。


「それなら、あそこに行ってみたいんだけど……」

「灯台? いいけど、高いところは平気? 階段があるのは中じゃなくて外だぜ?」

「うん。高所はどちらかと言えば得意よ」

「まあ、あんなマンションに住んでれば得意にもなるか」


 と真人は苦笑して、カレーを味わう。


 食事を終えた後の会計時、由美が怪我をさせてしまったお詫びということで、真人の分も払ってくれようとした。それを真人が頑なに拒み、なんとか割り勘でその場を後にする。


「…………」

「なんで不満げなんだよ。昨日ご飯作って貰ったし、それで充分だから」

「……うん」


 由美はまだ少し不満げではあったが、ちらっと真人を見上げると、大人しくその後ろ姿に着いていく。


「北川くんって髪さらさらよね」


 風で真人の髪がなびくので、つい視線が真人の髪へと寄っていく。


「ああ。これ母親似らしい」

「私も母親似。天パなのよね」


 由美は自分のふわふわとウェーブした髪を軽くいじって、唇を尖らせる。

 

「ふわふわしてて可愛いよな」

「え?」


 由美は急に「可愛い」と言われて恥ずかしくなる。顔が赤くなったのが自分でもわかって、俯いて歩いた。どうか振り向かないで欲しい。と思いつつ、由美は言葉を返す。


「ありがとう……」


 柔道部員達に言われたように、これは恋なのだろうか。真人の背中を見つめてそんなことを考えていたら、真人が急に立ち止まった。


「わぷっ」

「えっ!? は、浜野さん!?」


 由美は真人ばかりに注目していて、信号が見えていなかった。真人の背中に鼻をぶつけてしまい、涙目で鼻をさする。


「大丈夫か?」

「う、うん。ごめんなさい」

「俺は平気だけど、浜野さん、鼻赤くなってるじゃん」

「ちょっと痛いけど平気。ぼーっと歩いてたのが悪いのよ」

「ぼーっと? 暑い? 熱中症には気をつけろよ?」

 

 真人はそう言って心配そうに眉を寄せた。

 

「そういうのじゃないんだけど」

「本当か?」


 真人がおでこに触れようとするので、由美は更に恥ずかしくなってしまいそうだった。慌てて信号を指さし、「青」と言って真人を追い越す。


「浜野さん? 無理は駄目だからな?」

「本当に大丈夫なの。ただ考え事をしてただけだから」

「それならいいけどさ」


 今度は真人が由美の後ろを歩いている。のだが、由美はすぐに道が分からなくなった。灯台はここからも建物の隙間から見えているのだが、そこに辿り着くまでの道はわからない。


「そこ、右だよ」


 由美が迷っていることに気がついたから、真人は隣を歩いて説明してくれる。


「北川くんは行ったことあるの?」

「ああ。去年に」

「白鳥くんと?」

「いや。別の奴とだよ」


 由美は真人の言葉にぴくっと反応して、今度は別の意味でドキドキしてしまう。また部員達の話を思い出した。真人には去年、彼女がいたらしい。もしかしたら、その人と行ったのだろうか。


「……その人って」

「ん?」

「……ううん。なんでもない」


 聞くのが怖くて、モヤモヤして、由美は小さく首を振る。


 真人は由美を見て不思議そうに首を傾げたが、由美の表情が硬かったので、深入りはしなかった。


「後ちょっとで着くよ」

「うん。楽しみ」

「期待してもいいと思う。あそこから見る海は綺麗だから」

「うん!」


。。。


 灯台に着くと、早速2人で階段を昇る。灯台と言えば観光名所にもなりそうなものなのに、何故か人が全然いない。貸切状態だった。


「この辺りは結構住宅が並んでて、観光地ではないしな」

「そっか」


 観光地にあるタワーは階段ではなくエレベーターが通っているし、もっと人で溢れているのだそうだ。

 

「ここも結構高いよね」

「そうだな。大丈夫…だよな? 運動部なんだし」

「ちゃんと足腰鍛えてるよ! 大丈夫!」

「だよな」


 昇るだけでも5分ほどかかり、由美は流石に息を切らしていた。それに比べて、真人は涼しい顔をしている。


「サッカー部の人ってみんな体力も凄いよね」

「毎日部活で走ってればな。俺は部活のない日も走る事あるし」


 由美は疲れて今も息を切らせているが、それでもやはり、昇ることにしてよかったと思う。


 昇りきった後に見た景色は最高だった。階段が長かったせいか、外の空気が物凄く新鮮に感じる。手すりから少し身を乗り出すと、港の光景と一面の海に島。それから、横須賀の街並みが広がっていた。


「綺麗……」

「浜野さん、頑張って昇ったもんな」


 と、真人が微笑む。労わるような優しい声が耳に入り、由美は嬉しくて満面の笑みを返した。


「うん。昇った後にこんな景色が見られるなら、また来ようかしら」

「いいじゃん」


 真人の表情は本当に友達みたいに少しおどけた雰囲気になった。由美にはそれが嬉しい。


「にしても、本当に綺麗だよな……」

「うん」

「1年前も見たけど、未だにちょっと感動するもん」

「何度見てもきっと感動するわ」

「そうかもね……」


 海を眺める真人の表情が、どこか優しい。由美はその顔を見てドキリとした。遠くを眺めて、真人は何を考えているのだろうか。


(私を見る時と同じ顔してる……)


 そう思ったら、急に不安になってくる。1年前の事でも考えているのだろうか。それとも、別のことだろうか。単に景色に感動しているだけならいい。由美はそう思った。

※家庭の事情で1時間、投稿が遅れてしまいました。申し訳ありません。

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