第42話 サッカー部のご飯
真人とご飯を食べに行く約束をした日。部活終わりの由美はいそいそと服を着替えて、部員が集まっている広間の前を通った。
「浜野ちゃん。今日もお散歩?」
部員に声をかけられた由美は、広間に寄ってから外に出ることにした。
「ううん。洋極の人とご飯を食べに行く約束をしてるの」
「ん? デート? 浜野ちゃんが?」
「えっ!? 浜野、デートに行くの?」
「由美先輩が!? 誰と!?」
その場にいたほぼ全員の部員に驚かれたが、そんな事よりも、由美は『デート』という単語に戸惑ってしまっていた。
「デートじゃなくて……。ご、ご飯を…………」
「だからランチデートでしょ? 誰となのよお?」
部員達に囲まれて、由美は戸惑う。デートだなんて、恋人同士がするようなものでは決してない。それなのに、勘違いをされてしまって恥ずかしいし、真人にも悪い。
「サッカー部…の、北川くん……」
「もしかして、北川真人くん?」
「え、ええ。そうよ」
由美は素直にこくんと頷いた。真人が女子に人気なのは知っているが、その人気が如何程のものかはよく知らなかった。だからこそ、素直に頷いたのだった。
「ずるい! 北川くんとデートしたい女の子が何人いると思ってるのよ」
「ちょっと可愛いからってこのぉ」
「先輩、いいなあ……」
本気では無いが、技をかける素振りを見せられ、由美はからかわれる。後輩の女の子まで真人の事を知っているようだ。羨まれても、由美は困ってしまうだけだった。
「はーぁ、羨ましい。由美ったら強いくせしてこのプロポーションだもん。男がほっとかないわよねえ。私なんか腕が太くなっちゃって」
「男なんて寄り付かないわよねえ」
由美は先輩や2年の部員達に身体をつつかれ、今すぐ逃げだしたい気持ちになった。バッと一定の距離を取ると、由美は身体を押さえて、訴えるように彼女らを見つめる。
「でも、北川くんか。彼も女の子に人気なのに、デートなんてするの由美が初めてじゃないの?」
「え?」
「そんな事ないでしょ。去年恋人いたじゃない」
真人に恋人がいた。と聞いて、由美は少しもやっとする。その理由が分からないので、それをそのまま部員達に伝えてしまった。
「恋よ」
「恋だわ」
「恋ですね」
更にからかわれる羽目になってしまった。
「ちょっと。勝手なこと言わないでよ。北川くんとは友達だもん」
「デートなんでしょ?」
「う、うん。え? あれ?」
デートなんだっけ? と由美は首を傾げた。ご飯を食べに行くだけで、デートでは無いはずだ……。が、本当にそうだろうか。と、由美は部員達に流されて迷ってしまう。
「え、ち、違……」
「違うの?」
これがデートなのかもしれない。とひとたび意識すると、由美は物凄く照れくさくなった。誤魔化すように部員達に挨拶をして、「遅れちゃうから」と逃げるように外に出る。
。。。
一方で、洋極学園のコーチが借りている別荘の広い庭では、サッカー部員達が今もまだ壁打ちをして部活に励んでいた。
「あっやべ」
「おい。ただの壁打ちだぞ。強く蹴り上げすぎなんだよ」
「悪い悪い」
幸雄が蹴りあげたボールを、同じディフェンダーの部員が取りに行く。転がったボールは、丁度別荘に着いた由美の足元に転がる。
「あの。こんにちは」
「あれ? 真人の……」
「えっと、北川くんも今、練習中ですか?」
「もう終わるよ」
「真人は着替えに行ったってさ。由美ちゃん」
「白鳥くん!」
知っている人が声をかけてくれると、とても安心する。由美はボールを持ち上げると、それをディフェンダーの男に渡した。
「ありがとう。今日も真人にご飯作りに来たの?」
「いいえ。港の方にあるレストランに、カレーを食べに行くんです」
「いいなあ……」
会話をしていると、他の部員達も私の周りに集まってきた。
「真人が女の子に靡かないはずだよ。こんな可愛い子がいるんだもんな」
「え?」
由美は驚いて、おろおろと幸雄に助けを求める。
「そんなに戸惑う?」
「だって」
「いいなあ。こんな純粋な子、滅多にいねえぜ?」
「しかも、昨日のオムライス美味しそうだったもんな」
練習を終えた部員達が、中に入らずに由美の周りに集まっている。そこに着替えてきた真人が現れて、近くにいた部員の1人が軽く膝を蹴られてしまった。
「何やってんだ」
「うおっ」
「来たな色男。こんな可愛い子、羨ましい奴め!」
「……お前は彼女いるだろ」
と言いながら、真人はナチュラルに由美の隣に並ぶ。
「お前だけ美味いもん食いやがって」
「美味しかったよ。家政の特待生が作ったふわふわのオムライス」
真人がにっこりと笑ってそう言うと、部員達は悔しそうに顔を顰めた。
「くっそ」
「家政のって、浜野さん? 柔道部のさ」
「ええ。そうだけど」
「俺の姉ちゃん、去年卒業した柔道部なんだ。藤波の」
「そうなの?」
先輩の弟と会うなんて思わず、由美は弾んだ声が出る。
「うん。本当に料理上手なんだってね」
「ますます羨ましいな。北川」
「俺に言わないでよ」
真人が唇を尖らせる横で、由美はポソッと小さな声で言う。
「材料があれば全員分、作ってもいいけどな」
「え?」
由美に注目が集まった。由美はもじもじとはにかむと、また口を開く。
「昼のうちに作っちゃうから、冷めたお料理になるけど……」
「ちょっと。こいつら本気にするよ?」
真人はそう言って心配してくれるが、由美は冗談で言った訳では無い。
「あら、嘘じゃないもの。私、ご飯作るの好きだし」
「大変じゃない?」
幸雄も心配しているが、由美はあっけらかんとしている。
「そんな事ないわ。沢山ご飯を作るのって楽しそうじゃない」
「そう?」
「でも、材料費はちゃんといただきますからね」
「もちろん」
「楽しみ!」
「明日からでもいいかしら」
「うん! もちろんだよ! ラッキー!」
トントン拍子に話は進んで、由美は明日から洋極学園のサッカー部の分の夕飯を作ることになった。当然のように、キッチンに男子達が押し寄せないよう真人が監視することに、いつの間にか決まっていた。




