第41話 由美を賭けて
※今回、犯罪描写や暴力表現があります。苦手な方はご注意ください。
また、このお話はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありませんし、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものでもありません。
男の後ろをついて歩いている真人は、男の後ろ姿を睨みながら声をかけた。
「お前、一目惚れってのも嘘だろ」
男は何も答えなかったが、それだけで真人は、自分の考えが正しいと判断した。
「お前ってこの辺りじゃ有名人だよね。反対しておいて良かったよ」
「やっぱり邪魔してたんだな」
男は低い声でそう言うと、真人を振り返って睨んだ。
「そうだな。彼女は女子校育ちで、その手の事に鈍感だから。この辺に住んでる人は…悪いけど信用出来ない」
実際、この男はこの辺りでは有名な不良だ。彼を取り巻く人間関係も、ガラの悪い男ばかりだった。住まいがこの辺りではない真人でも、その事実を知っていた。
この辺りでは有名な、兄の威を借る弟。男の兄は立派なチンピラだった。気をつけるように。と、洋極学園が校庭を借りている学校のサッカー部達が、丁寧に忠告してくれたのだ。
。。。
男に連れられて辿りついたところは、お世辞にもいい雰囲気とは言えない場所だった。男の兄は仲間を連れて、今日もこんな所でドラッグに手を染めているらしい。
「高校生1人に対して、よくまあこんな大集団で……」
真人はそんな独り言を呟くと、建物の陰に座っている男達を眺めた。
表情を見るに、最初から由美をここに連れてくるつもりだったのだろう。とわかる。しかも、これだけの人数が集まっているのだからわ明日ではなく今日の話だ。
由美を追いかけて、由美に声をかけて……。由美をここに連れ込んで、どうするつもりだったかは想像に容易い。
いくら彼女が柔道をやっていようが、この人数を相手に逃げ出すのも、ましてや対抗するのも無理だろう。
「よく一目惚れだのなんだの言えたよな」
「事実だ。彼女みたいに可愛い子、この辺にはいないしね」
チンピラ集団は真人の顔を見ると、その横にいる弟の方をギロっと睨んだ。と言うより、凄んでいるように見える。
「可愛い女を連れてくるんじゃなかったのか?」
「その子の彼氏。交渉してよ。いい蜜吸わせてあげるからさ」
男の発言に、真人は思わず顔を顰める。気分が悪かった。こんな男をいい人だと信じた由美が、馬鹿みたいではないか。
もしも、真人が由美と偶然会う事がなかったら…と思うと、ゾッとした。
「交渉は早々に決裂だよ? 悪いけど。あんたらチンピラ集団より、彼女の父親1人の方がよっぽど怖い」
「はん。ヤクザの娘なんですー。ってか?」
その言葉を聞いた瞬間、真人の顔から表情が抜け落ちる。今までで一番、苛立ちを覚えた。
「お前らクソの集まりは、怖いとか強いって聞いたらそういう発想しか出来ないのか……? 本物を知りもしない癖に」
「はあ?」
真人は怒りのままに、彼らに向かって言葉を発し続ける。
「どうせ、その薬を横流しした雑魚どもしか知らないんだろ。あの人は……。あの人達は、娘を死に至らしめた俺にすら優しかったんだ…………」
血が出るのではないかと言うほどに拳をぎゅうっと握りしめて、手の届く範囲にいた、真人をここまで連れて来た男を殴り飛ばした。
「ああ、胸クソ悪ぃな……。お前ら全員、俺の八つ当たりに付き合ってもらうぞ」
真人はそう言って、男達に視線を合わせる。瞳孔は開かれ、真人が興奮状態であることは容易に想像が出来た。
「かかってこいよ」
真人の言葉を合図に、大勢対真人1人の大乱闘が始まるのだった。
。。。
真人が坂を下っていると、ずっと真人を待っていたのか、由美に思い切りタックルされてしまう。
今もまだ頭に血が上っていた真人だったが、由美の震える肩を見て、一気に冷静になる。
「帰って、なかったの?」
「帰れないわよ。馬鹿っ!」
由美は真人の胸に顔を埋めて、ふるふると震えていた。由美が怯えているのがわかったから、真人は由美の肩をぽんぽんと優しく叩く。
「危ないでしょ。もう夕方じゃん」
「どうなったの?」
「ん?」
由美が震えるような声で言う。
「け、喧嘩。したんでしょ……?」
「ああ。あいつら全員ぶっ倒してから、匿名で警察に、怒声が聞こえてきて怖いので、様子を見に行ってくれませんかー? って通報した。だから、今頃警察に連れてかれてるんじゃない? 怪しい薬を所持してたから、そのまま捕まるんじゃないかな」
真人がそう言うと、由美がバッと顔を上げて、不安げに真人の顔を覗き込んでくる。
「全員……って? あの人だけじゃないの?」
真人は由美の不安げな顔を見つめると、彼女のおでこを軽く小突いた。由美は突然の事に驚いて、目を瞬いている。
「あの人、最初から浜野さんを人気のないところに誘い込んで、大勢の男に囲わせるつもりだったんだよ。わざわざ口に出しては言わないけど、どういう事になってたかはわかるよね?」
真人の言葉に、由美の体が更にぶるっと震える。想像したくない事が頭に次々と浮かんできて、気持ちが悪かった。
「誰も彼もが悪い人とは限らないけど、優しそうな人が必ずしもいい人とは限らないんだよ。これでわかっただろ?」
由美は涙目でこくりと頷く。そして、余程怖かったのか、真人の服の裾をちょこんと握りしめた。
「ありがとう。助けてくれて……」
「ん。これに懲りたら、知らない男にホイホイついて行かない事だな」
「うん。北川くんだけにする」
すっかり大人しくなってしまった由美の背を、軽くぽんぽんとあやす様に撫でて、真人は言った。
「幸雄とか純也は良い奴だから、安心して欲しい。拓真も、自分に気がない女の子には手を出したりしないよ。と言うか、そもそも俺相手でも多少は警戒して欲しいんだけどな……」
「うん……」
由美は少しずつ落ち着きを取り戻していたようで、小さく笑った。
「ごめんね。もう平気」
「そっか。良かった」
由美はこくっと頷くと真人をじっと見つめた。真人の頬は少し腫れている。由美がそっと触れると、「痛っ」と言って頬を押さえた。
「怪我までさせて、ごめんなさい」
「気にすんな。こんなの慣れてるし」
真人はそう言って笑うが、由美は笑えなかった。心配そうに眉を下げて、言う。
「慣れたらだめじゃない」
「空手やってたもんで。この程度の怪我は日常茶飯事だったんだよ」
「空手……?」
真人はサッカー部のはずだ。そう思った由美は、こてんと首を傾げた。
「中学までね。サッカーを始めたのって、実は高校に入ってからなんだよ」
「そうなんだ。それなのに1年生からレギュラーだなんて、凄いのね」
「ふふ。ありがとう」
由美がやっと笑ってくれたので、真人は嬉しそうに表情を柔らかくした。
「だから、こんなの痛くない痛くないっ。さ、帰ろ。腹減った」
「何を食べるの?」
洋極学園のサッカー部にはマネージャーがいない。みんな好きに食べる。と聞いていたので、由美は真人が何を食べるのか、気になった。
「そうだなあ……。あの男が言ってたって海軍カレー? 食べに行こうかなあ」
「え? 明日行かないの?」
由美が真人の言葉に驚いて、目を丸くする。逆に、真人も由美の言葉に驚いて、目を大きく見開いた。
「デート、すんの?」
「で、デートじゃなくて。ご飯を……」
由美は恥ずかしそうに縮こまって、訂正した。
真人には正直、デートと何が違うのかは分からなかったが、それを伝えると由美が今以上に顔を赤くしてしまうだろう。だからデートとは違う言葉に変換して、由美に聞いた。
「確かに、俺はあいつに浜野さんと出かける権利を譲るように言ったけど。だからって、浜野さんが律儀に俺と出かけようとしてくれなくていいんだぜ? 別に放棄したって、怒ったりしない」
真人がそう言うと、由美はしゅんと眉を下げて、真人を見上げた。図らずとも上目遣いになってしまうので、真人はドキリとして、一瞬喉を詰まらせてしまう。
「北川くんは、私と出かけるのは嫌かしら?」
「そんなわけないだろ。ただ、浜野さんの方が。今日怖い思いをしたんだし、嫌かなって思っただけで」
由美はふるふると首を横に振る。
「北川くんが助けてくれたから……」
由美の言葉に、真人はくすっと優しく微笑んだ。
「……じゃ、今日はコンビニで我慢しますか」
「コンビニ」
由美はいつも自炊をしているので、あまりコンビニで物を買わない。冬に肉まんを買うか、人の付き合いか。収納代行の支払いでレジに赴くくらいだった。
「だって、料理できねえし」
「別荘に入れるなら、私作るのにな……」
「マジ?」
真人は由美に一歩詰寄ると、期待するような目でじーっと見つめた。
「え、ええ……」
由美が頷くと、真人が由美の手を取って「お願いします」と言った。
「え? 入っていいの?」
「うん。浜野さんは知らない人じゃないし。男所帯で申し訳ないけど、俺が何もさせないから」
「じゃあ、お邪魔するわ」
由美がニコッと笑うのを見て、真人は嬉しさ半分、心配も半分に頬をかいた。
「ここ、本当は警戒するとこだぜ?」
「北川くんがいるなら、大丈夫」
由美の自信に、真人はつい呆れ顔をしてしまう。
「さっきの話聞いて……いや、まあ、信頼厚くてなによりだけど」
「信じてるわ」
という事で、真人はサッカー部のみんなに睨まれながら、由美に作ってもらったオムライスを頬張るのだった。




