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第40話 デート権

 2人で歩いていると、突然後ろから声がかかった。


「おーい」


 後ろから声をかけて来たのは、由美を誘った男だった。自転車を漕いだ男が由美に声をかけながら、自転車のベルを2度ほど鳴らした。


「あ……?」


 真人は男を見て、訝しげな表情をする。男は真人を一瞥すると、彼は無視して、由美に向かって片手をあげた。 

 

「やあ」

「あら。さっきの……」

「うん。自転車、直ったんだ。ここへは下見に」


 彼の視線は、今度は真人に向いている。


「下見?」

「うん。明日連れてこようと思ってたところだから」

「そうだったんですか」


 由美は驚いて、綺麗な景色と真人。それから男の人を交互に見た。

 

「彼氏?」

「「え?」」


 男の視線は今も真人に向いている。彼氏と言うのは、当然真人の事だろう。2人は顔を見合わせると、ふるふると首を横に振る。


「違います」

「確か、この近所の高校の人だよね?」


 真人は由美より一歩前に出て、男に聞いた。

 

「うん。2年。君は、うちの学校にサッカーしに来てる人だろ?」

「……ああ、うん」


 洋極学園のサッカー部は、合宿先の貸別荘の広い庭の他に、近所にある高校のグラウンドを借りて練習をしている。男はサッカー部ではなかったが、真人が自分の学校に来るのを知っていた。 

 

「男子校じゃなかった?」

「姉妹校の、女子校に通ってる友人」

「本当にただの友人?」


 真人はじっと見つめられて、居心地が悪くなる。勝手にライバル視されても困るのだが、由美と2人きりで歩いている以上は仕方がない気もする。


「本当よ」


 由美が真人を庇うように前に出て、そう答えた。真人がそれに驚いて、由美の腕を掴もうとする。しかし、その前に男の方から由美に詰め寄った。

 

「じゃあ、告白してもいい?」

「……今日が初対面なんじゃなかった?」


 真人は驚いて固まっている由美を後ろに隠し、男の顔を警戒心剥き出しの表情で、じっと見つめる。

 

「一目惚れじゃ駄目?」

「……俺に聞かないでよ」

「えっ、あ…え?」


 当然、由美は戸惑っている。真人が後ろに隠してくれたので、由美は真人の服を軽く掴んで縋るように真人の背中に軽く身を寄せた。そのせいで、勘違いは更に膨らんだらしい。男がムッとした表情で真人を睨む。


「君に一目惚れしたんだ。明日はデートのつもりでいた」


 真人の横から顔を見せ、男が由美に向かって言う。

 

「こ、困るわ……」


 彼が近づいてくるものだから、ドクンと由美の心臓が跳ねた。いい人そうだと思っていたのだが、今は男の事が怖い。悪い人とまでは言わないが、そんな目で見られているとは思っていなかった。


 真人の服を掴む手が震えたから、真人が体の向きを変えて、由美と男の間に入る。


「付き合ってないんだよね?」

「付き合ってないよ。彼女は女子校育ち。急な告白に戸惑ってるんだ」

「ご、ごめんなさい……。私、そんなつもりじゃなくて……」


 真人の陰に隠れたまま、由美は小さな声で謝る。

 

「どうしても?」

「……だって、ただの案内だって。急に一目惚れだなんて、デートのつもりだなんて、困るわ」


 由美は恋愛経験がなく、デートに対する解像度が低い。デートは交際している間柄でしかしないものだ。と思っている節もある。だから、余計に男の発言には困ってしまうのだ。

 

「え? ちょっと」


 由美が真人にギュッと身を寄せるものだから、真人は焦る。男の敵意が全て真人に向いた事も非常に困ったが、由美の体温と身体の柔らかさを背中に感じる事も、物凄く困ってしまう。


「君、彼女のなんなんだよ」

「……友人だってば」

「じゃあなんで」

「だから、急に一目惚れとか言うからだろ」

「君はどうなんだよ。俺はこんなに可愛い子、初めて見たんだ。好きになるだろ」

「そんな事言われても……」


 好きだなんて言ったら、今の由美は真人からも逃げるだろう。由美が不安げな顔でじーっと真人を見つめてくるので、軽くため息が出た。


「デートだっけ?」

「え?」


 真人の言葉に、男が訝る。

 

「明日。あんたはそのつもりだったんだろ」

「あ、ああ……なんだよ?」


 男はそう言って身構えた。

 

「彼女が行けるように見える? それに……本当に()()()デートのつもりだったのか?」


 真人がそう言うと、男はピクっと反応を見せた。真人をすごい形相で睨みつける。

 

「……っ!?」


 真人の影からちらっと男の方を見た由美の表情が強ばった。真人は背中にくっついている由美の震えが酷くなるのを感じた。


「き、北川くん……」


 由美が小さな声で真人の名前を呼ぶ。それに対して、真人はまた小さなため息をついた。


「ねえ、明日のデート権、俺にくれない?」

「はぁ!?」

「と言うか、行かせるわけない。お前の反応で、お前が彼女に何をするつもりだったのかがよく分かった」


「北川くん?」


 真人の声は怒っていた。さっき由美に聞かせたものよりも数倍、数十倍、怖い声だった。


「ちっ!」

「え……」

 

 男の態度が急に変わるものだから、由美は真人の後ろで驚いた。

 

「そうだなあ。俺と喧嘩して勝ったら、その女譲ってやるよ」

「譲る…ね。わかった。勝てばいいんだな」

「え、え? 北川くん……?」


 喧嘩だなんて聞いていない。真人もそれに乗っかるだなんて、聞いていない。由美は思わず泣きそうになって、真人の服をぎゅうっと強く掴んだ。

 

「……先に帰って」


 真人が由美の手を包むように握って、手を離してくれるように言う。しかし、由美は真人の服から手を離さない。


「喧嘩なんて駄目よ……。わ、私……」


 真人が彼と喧嘩するくらいなら、由美は我慢してデート出来る。なんなら、友達を傷つけようとする彼を柔道でやっつけたって構わない。由美はそう思う。

 

「俺は平気。後で連絡するから」

「や、嫌だよ。駄目……。わ、私も行く……」

「それこそ絶対に駄目。お願いだから離して」


 由美を無理やり追い返して、真人は彼の後ろをついて行く。由美はついて行きたかったが、真人が横目にこちらを見張っているのがわかって、彼の後ろ姿をただじっと見つめているとしか出来なかった。

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