第38話 散歩
由美は男と別れて、また暫く歩く。すると、今度は由美もよく知っている男の人に出会った。
「北川くん!」
「ん。ああ、浜野さん」
由美は真人に駆け寄って、声をかける。前を歩いていた真人は振り返ると、由美に気づいてニコッといつもの優しい笑顔を見せてくれた。
「浜野さんも自由時間なの?」
「ええ。北川くんも?」
「うん、俺も。今は散歩中」
由美と真人は、そのまま2人並んで歩いた。
「ふふ。一緒」
「じゃあ暇? この前話した綺麗なとこ、教えてあげよっか?」
「ええ。是非」
由美が嬉しそうに頷くので、真人はくすっと笑う。真人が由美を先導して、道を歩いた。
「ねえ、北川くん。白鳥くんとは一緒じゃないのね?」
「ああ。幸雄はパソコンいじってる。あいつって情報の特待生なんだよ。言ったっけ?」
真人が首を傾げると、由美は小さく笑って頷いた。
「ええ、知ってるわ。そっか。パソコンしてるんだ。北川くんは、論文書いたりしないの?」
真人は論文を評価されて特待生になった。と聞いている。由美はくすくすと笑ってから、真人に聞いた。
「いつも書いてるわけじゃないし……。それを言ったら浜野さんだって。ご飯作らなくていいの?」
真人の答えに、由美はまたくすっと笑う。何気ないやり取りが楽しかった。
「可愛い後輩マネージャーが作ってくれるもの」
柔道部にはマネージャーもいるので、ご飯はマネージャーの仕事である。由美達はそのマネージャーのご飯を食べるのが仕事だ。
「いいなあ。うちの代にはマネージャーとかいないんだよ。ご飯は自分達で好きにやれってさ。何年か前まではそういう時、コーチの奥さんが作ってくれたらしいんだけど、別れたんだと」
「あら。うちと一緒」
由美がそう言うと、真人は少しだけ気まずそうに頬をかいた。
「ごめん」
「え? ああ。いいのよ。別に」
由美からしたら謝られるようなことでは無い。むしろ今の方が幸せなことが多いのだから、気を遣われる理由もないのだ。
「でも、ご飯大変ね」
「そうなんだよね」
「あ。そういえば、横須賀の港の方に美味しいレストランがあるって聞いたのよ」
由美はさっき出会ったばかりの男の子の顔を思い浮かべると、真人に教えてあげた。
「へえ」
「明日連れていってくれるって。本当に美味しかったら、白鳥くんも誘って一緒に行こ?」
「ふうん。先輩情報?」
誰に連れていってもらうのか。真人は気になったので聞いてみた。が、由美の答えは驚くものだった。
「今日会った人。荷物を持ってあげたお礼にって」
「え……? お婆さん、とか?」
「ううん。歳は近いと思うな。男の人。自転車をパンクさせちゃったんだって」
その言葉に更に驚いて、真人の足がピタッと止まる。後ろを歩いていた由美は、危うくぶつかりそうになってしまった。
「わ。どうしたの?」
「どうしたって…相手は男の人なんだろ?」
由美を振り返った真人は、訝しげに由美を見つめた。由美は不思議そうに首を傾げ、ひとつ頷く。
「うん」
「浜野さんって、男に慣れてないんじゃなかったっけ?」
「まあ、そうね……。でも、北川くんとか、白鳥くんとか。優しい人もいっぱいいるってわかったし」
由美がそう言って笑うと、真人が眉を寄せる。少し考えた後、真人は真剣な目で由美を見つめる。
「最初会った時はナンパされてた。ああいう危ない奴もいるんだぞ?」
「でも、悪い人じゃないと思うけど……」
由美はそう言って、少しだけしょんぼりと顔を伏せた。真人の真剣な目が、なんだか怖かった。
「会ったばっかでそんな事、分かるもんなんだ?」
真人の声も。由美からは不機嫌な声に聞こえて、ドキリとする。
「……なんで怒ってるの?」
「別に。怒ってないけど」
と言うが、真人の声はさっきよりも、明らかに不機嫌だった。
ふっと前をまた歩いているが、足取りもやはり怒っているような気がする。さっきと違って、由美はついて行くのが大変だった。
「北川くん」
「何」
「はっ、速い……」
由美の言葉に、真人はまた足を止める。由美が追いつくのを確認して、今度はゆっくりと歩いてくれた。
「……やっぱり怒ってるわ」
「怒ってない」
「嘘。怒ってるのならはっきり言ってよ。私、何かした?」
真人が珍しく不機嫌な態度だから、由美も眉を吊り上げて怒った素振りを見せる。
元々、由美ははっきりとものを言う性格なのだ。何に対して怒っているのか知りたいし、自分が悪いのならしっかりと謝りたい。そう思っている。
「怒ってねえって」
真人の声を聞いて、由美はビクッと肩を揺らす。
「……北川くんが私に対してそんな声だしたの、初めてよ」
由美はそう言うと、これ以上は何も言わなかった。
。。。
無言の時間が物凄く長いように感じる。
(何だか寂しい……)
由美がそう思いながら真人の背中を追いかけていると、ふいに真人の足が止まった。
「……?」
真人が向いた方向を見ると、木々の間から覗く家々と、そのまた向こうには太陽光が綺麗に反射する、海が見えた。
ここが、綺麗な景色が見えると言う穴場のようだ。由美は景色に感動しながらも、この感動を分かち合えない寂しさを感じて、ギュッと拳を握りしめるのだった。




