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第37話 夏の強化合宿

 夏の大会は早々に終わり、夏休みに入ると1週間、由美の部活も真人の部活も合宿が行われることになった。


 今日は夏休み前最後の水曜日。合宿から帰るまでは、スマホでのやり取りだけになるだろう。


 真人は夏の間だけ、ほしのねこでバイトをさせてもらう事になっている。そのため、合宿が終わればほしのねこでも会えるはずだ。


「え? その日程なの?」


 真人がサッカー部の合宿の日程を伝えると、由美が驚いた顔をした。

 

「そうだよ」

「うちと同じなんだね」


 由美は偶然の出来事に、くすっと笑う。

 

「え? そうなの? どこで?」

「えっと、横須賀の…河沼ってところ」

「え」


 全く一緒の場所だった。今度は真人の方が驚いて、投げていた小石が一度も水を切ることなく、ぽちゃんと落ちる。


「合宿施設が固まってるとこ?」


 真人が聞くと、由美が小石を川に投げ込みながら返事をした。

 

「うん」

「俺らんとこ、その施設から少し海よりに離れた一軒家」

「え? 一軒家なの?」


 由美は投げた小石が5回水を切ってと川に沈んだのを見届けたあと、真人を振り返る。

 

「そ。コーチのとこの貸別荘。毎年そこなんだ」

「近いんだね」

「な。びっくり」


 今度真人が投げた小石は、きちんと水を切っている。8回も。


「インハイは出れなかったから、俺らは冬の大会に向けて強化練習」

「私は出れないけど、先輩が個人で出るよ。インターハイ!」

「へえ。強い先輩がいるんだな」

「うん。うちの主将なんだよ!」


 尊敬する先輩を褒められた由美は、とても嬉しそうに頷いた。真人はそれを見て小さく笑うと、少しだけ眉を下げてから、言う。

 

「浜野さんは、県大会惜しかったよね」 

「あ、うん……。残念ながら、5位だった」


 由美も少しだけ眉を下げる。 

 

「見てたよ。また来年、頑張って」

「ありがと!」


 約束通り、お互いの大会には応援をしに行った。真人のサッカー部は2回戦目で、残念ながら敗退。由美は自分の事のように落ち込んでしまって、何故か真人の方が慰めるという奇妙な出来事が起こった。


「北川くんも、次の大会応援してるから!」

「うん。ありがとう」


 由美はすくっと立ち上がって、真人に手を差し出す。少し戸惑った後にその手に触れてみたら、由美にぐいっと引っ張られた。


「わっ」

「ふふ。結構力あるでしょ?」


 そこそこ体格差があるはずなのに、真人は由美に引かれてつい立ち上がらされてしまった。少しだけ悔しい気持ちになった。

 

「流石は柔道部…なのかな?」

「そうでしょ? お父さんはね、警察でやってる柔道大会でもすーっごく強いんだよ。私も一度くらいは優勝してみたいよね!」


 力こぶを作って、由美は苦笑する。女子にしては盛り上がっている筋肉だが、由美はどちらかと言えば細身に見える。どうして持ち上げられてしまったのだろうか。と、真人はやはり悔しい気持ちになるのだった。


「ねえ、北川くん」

「ん?」

「もし合宿で会えたら、いいね」

「……会う? 自由時間くらいあるし」


 本当に会えるとは思っていなかった。何気なく言ってみただけの言葉だったのが、本当に会ってくれるのなら嬉しい。由美はそう思ってじっと真人を見つめ、無言で頷いた。


「空いてる時間にでも連絡するよ。知ってる? 海が綺麗に見える穴場があるんだ」

「本当? 行ってみたいな」


 真人と会えるだけでも嬉しいのに、真人の言葉を聞いたら、もっと嬉しい気持ちになった。凄く楽しみである。

 

「王道な観光スポットもいいけど、ゆっくり眺められる所もいいよね」

「うん! 楽しみにしてるわ」


 由美がニッコリと嬉しそうな顔で笑うと、真人は一瞬だけ由美に見とれて固まった。

 

「……そうだね」


 そして、いつもの優しい笑顔で真人は笑う。由美もそれにつられて、頬を染め可愛らしく微笑むのだった。


。。。


 合宿当日。由美は柔道部員の中では一番会話をする滝本(たきもと)有紗(ありさ)と共に行動をしていた。


 有紗は緑組の生徒で、とても頭が良い。夏休み前の期末テストも真人に教わったのだが、由美は去年までは有紗に教えて貰っていたくらいだ。


 有紗と会話をしているうちに、合宿所に到着した。今日は移動だけで、本格的な練習は明日からだ。


 由美達は各部屋で荷物を降ろして広間に集合し、合宿所の中を1年生達に案内する。そして、ガスや水道のチェック、軽く掃除をしたら自由時間だ。


「有紗ちゃん、私お散歩してくるけど。一緒に行かない?」

「んーん。ちょっとやりたいことあって」


 実は、有紗は発明好きで、機械いじりが好きな少女だった。特待生にもなれそうなのに。と由美はいつも思うのだが、本人が発明の進路を希望していないので、特待生にはならないらしい。専門分野を伸ばす黄組ではなく緑組なのも、それが理由なんだとか。


 有紗は今もドライバーで何か機械をいじっているようだった。


「それなあに?」

「ロボット。可愛いっしょ? ビデオ機能付き」

「へえ。随分小さいのね」

「そこが売り。偵察に使えたりしたら便利よねえ」


 なんて言って笑いながら、ネジを回している。


「ふふ。有紗ちゃんは本当に機械いじりが好きよね。楽しんでね」

「うん。行ってらっしゃい」

「行ってきます」


。。。


 外はかなり暑かった。由美が雲ひとつない晴天の空の下を歩いていると、自転車を脇に寄せて空を仰いでいる1人の男の人が目についた。最初は、今日は暑いし休憩だろう。と思っていたのだが、その男性に近づけば近づくほど、困っているように見えてきた。何となく、途方に暮れているように見えるのだ。


(どうしたのかしら)


 去年までの由美なら、男性を怖がって声をかけることは無かっただろう。しかし、今年は違う。


「あの……。どうかしたんですか?」


 由美が声をかけると、男の人が顔を上げる。大学生くらいの人だと思っていたが、近くで見ると由美と同じくらいの年齢の人だった。


 男は由美を見ると、少しだけ口角を上げる。

 

「あー……パンクしたんだ。ほら、前輪触ってみてよ」


 男が親指で脇に寄せてある自転車のタイヤを指したので、由美は人差し指でちょいっとタイヤをつついてみる。軽くつついただけなのに、タイヤはふにゃっと形を歪めた。


「あら……」

「ね? で、自宅が坂の上なもんだから、帰るのだるいなーって途方に暮れてたとこ」


 と苦笑している。


 やはり途方に暮れていたのだ。と、由美は男の人を同情した。


「でも、まあ。登ればすぐそこなんだけどね」


 と、男は坂の上を指さす。由美は坂の上を見上げた後、パンクした自転車のカゴに乗っている荷物と、後ろに括り付けられている水入りの段ボールを見た。


 いくら近いからと言って、パンクした自転車と一緒に坂の上まで引きずるには辛いだろう。


「せめて段ボールの方、持ちましょうか?」

「え?」


 由美の申し出に、男は一瞬驚いた顔をする。そして、口角を上げると頭を軽くかいて、言った。


「いやあ。流石に女の子に手伝ってもらうのはかっこ悪いでしょ」

「そんなことないわ。男女関係なく、世の中助け合いよ」


 2Lの水が四本入っているらしい段ボールは、まあまあ重たい。由美はそれを軽々と持ち上げて、男性に向かってニコッと笑いかける。


「力持ちだねえ」


 男もニコニコと、由美を見つめて笑った。

 

「ふふ。柔道部ですから」

「へえ、柔道。あ、そこの合宿所から来たの? 君」

「ええ。1週間」

「そっかそっか。1週間……」


 男性は少し考えると、また口を開く。


「ねえ。今日のお礼に、まだ時間があったらこの辺りを案内するよ。綺麗な海のスポットとか。港の方は美味しいレストランがあるんだ。海軍カレーが食べれるよ!」

「海軍カレー? 美味しそう……」


 家政の特待生らしく、由美は海軍カレーというものに興味を持った。


「すげえ美味いよ! 行こうよ。奢るから」


 由美が興味を示したのを見逃さなかった男は、ずいっと由美に迫った。

 

「でも、いいんですか? 自転車、直しに行かなくて」


 由美が聞くと、男は思い出したかのように、今自分が引きずっている自転車を見つめた。

 

「あ。……じゃあ、いつなら時間ある?」

「えっと、自由時間は毎日あるけど。練習は朝夕だから」

「じゃあ、明日。1時頃とかどうかな?」


 男はそう言って、また由美に迫る。彼は由美を気に入ったようだが、由美はそれには気づかない。


 ただ、会ったばかりの人といきなり2人きりで出かける事には迷っている。由美は男を見つめて戸惑った。


 少しだけ頬の染まった男の表情は、悪い人には見えない。真人みたいにいい人かもしれない。そう思った由美は、せっかくの厚意だし。と思って了承した。


「本当に!? じゃあ明日、さっき声掛けてくれたとこで待ってるよ!」


 男性はそう言うと、家の前だったのか由美が持っている荷物を奪って玄関先へと持っていく。自転車もその脇に寄せて、由美に手を振った。


「ありがとう!」

「ええ……。じゃあ、明日に」


 由美も手を振り返すと、控えめに小さく笑う。

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