第36話 頑張れ…って
「浜野さん」
試合の後、真人が走ってきて真っ先に声をかけたのが由美だったから、余計に女子達のどよめきが大きくなる。
「あ。ごめん……」
真人はそれに気づいて大人しくなるが、今度は由美がそれを怒った。
「いちいち気にしたら駄目よ。北川くんが悪いわけじゃないんだから」
「……うん。ありがとう。応援、一番聞こえたから。勝てなかったけど、引き分けにできたのは浜野さんのおかげ」
真人がいつもよりも数段高いテンションで、子どもっぽい笑顔を浮かべているから、由美は少しだけ戸惑って照れくさそうにしている。
「茉莉ちゃんの応援も嬉しかったよ」
真人の後ろから駆けてきた幸雄が、茉莉を見つめてそう言った。茉莉も、幸雄を見つめて照れくさそうにはにかんでいる。
蚊帳の外になりかけた拓真と純也は少し不満そうだった。
「おーい。俺らは?」
「仲間はずれかー?」
2人の文句に、真人と幸雄は顔を見合わせてくすりと笑う。
「もちろん聞こえてたよ」
「いつもありがとう」
「よろしい」
真人と幸雄の声を聞いて、拓真と純也も満足そうに頷いた。
「でも、頑張れってあんなに嬉しいもんなんだね」
「え?」
「茉莉ちゃんに言われると、嬉しいなって思えたんだ……」
幸雄は本当に嬉しそうに、にこりと笑う。真人は由美から目を離し、じっと幸雄を見つめていた。いや、真人だけではなく、拓真も純也もだ。
「俺も……。色々と思い出すこともあるけど、やっぱり嬉しいもんだよな」
「2試合目も頑張ってね。幸雄くん。真人くん」
茉莉はそう言うと、大袈裟に幸雄の手を取った。真人には興味が無い。と言う女子達へのアピールもあるが、幸雄が何となく…少し悲しげな顔をしていたからだった。
「茉莉ちゃん?」
「同点に追いつけたのよ? 今度は勝ちましょ」
「うん! 頑張る!」
茉莉の手を握り返してからガッツポーズで気合を入れて、幸雄は真人に「先に行く」と伝えて、走ってテント下まで走っていってしまった。
「ありがとう」
幸雄を見送った真人は、改めてみんなに向き直ると、お礼を伝えた。
「え?」
「まともな応援してくれんの、お前らくらいだろ」
真人はそう言うと、誰とも目が会わないように女子達を見て、小さなため息をついた。
「……次の試合も頑張ってね! 周りの声なんか気にしないで、負けないで!」
由美はそう言って、真人を必死に励ました。それだけでも嬉しいと感じるから、不思議だ。
「おう。オーバーヘッドはもうきついけどな」
真人は腰を軽く押えて苦笑すると、最後にもう一度お礼を伝えてからテント下へと走っていく。
「腰、痛めたのかしら」
「尻から落ちてたしな。普段のあいつなら簡単に受け身も取れるんだろうけど……。あの時はアディショナルも残り数秒ってところで、切羽詰まった状況だったし」
拓真の話を聞いて、由美は真人の体を心配する。洋極学園のサッカー部がいるテントを見つめて、不安そうに呟いた。
「大丈夫かな」
。。。
お昼を食べて2試合目。先発メンバーには真人も幸雄もいる。入れ替わったのは、1年生レギュラーの子達くらいだった。
「きゃー! 真人くーん!」
「こっち向いてー!」
アイドルのライブじゃないんだぞ。と、由美も茉莉と同じように不機嫌な顔をして試合を眺める。
「幸雄」
「うわ。試合中に何? ってか、お前フォワード……」
試合が開始されたと言うのに、フォワードの真人がディフェンダーの幸雄の傍に駆け寄ってきて、声をかける。幸雄は当然驚いたし、先輩達も慌てた顔をしている。
「頑張れ…って、言われてたな」
「……それを心配して来たの? そんな話、試合中にすんなよ。そもそも、本当に嬉しかったんだって」
幸雄は戸惑いながらも、真人の言葉にきちんと返事をする。
「だよな。嬉しいもんなんだよ。だってさ……。うちの母親も、最期は笑ってたから」
「え」
真人があんまり綺麗な表情で言うから、幸雄はつい呆気にとられてしまう。
茉莉も由美も知らない話だが、真人も幸雄も、「頑張れ」の一言に少しだけ抵抗があった。頑張りたくても頑張れない人を知っているからだ。努力しようにも、どうしようも出来ない時がある事を知っているから、不安になる時もある。
しかし、由美と茉莉の言葉はとても嬉しかった。それは真人だけじゃなくて、幸雄も同じだ。
「ユキ。お前んとこは大丈夫だよ。だって……。いくら苦しくても、頑張れちゃうんだ。もうどうにもならなくても、前向きになれるんだよ」
真人は、負けそうだと落ち込んだ気持ちになった時、由美の声援を聞いて元気になった。苦しい気持ちなんて忘れて、やる気に満ち溢れて……。諦めていた気持ちも忘れて……。それで、あんな無茶なゴールまで決められてしまったのだ。
真人はそう言って、誰もが見とれるほどの綺麗は笑顔を見せつけた後、相手のミッドフィールダーからボールを奪いとった。
真人はそのまま、強気に攻めていく。たった1人のドリブルで、他のミッドフィルダーも、ディフェンダーも抜いていく。
「ユキ!」
相手のディフェンダーが固まってきたので、一度ボールを幸雄に戻す。真人に気を取られたのかサイドはがら空きで、ディフェンダーのはずの幸雄がそのまま上がってきた。
「えっ!?」
真人がディフェンダー側に向かった時もどよめいていたが、今も。
ディフェンダーの幸雄が果敢に攻めてきた事にどよめいた相手チームの隙をついて、真人にボールを返す。その真人のミドルシュートが上手い具合に決まった。
「凄いっ! 今の連携プレー!」
「ディフェンダーなのに、幸雄くん凄いわ」
「珍しいよ。あんなに好戦的な幸雄」
驚いたのは相手チームだけではなかった。味方チームや、拓真達もだ。
「誰かさんのおかげかもね」
拓真のからかうような言葉に、茉莉の頬がぽっと赤くなる。
。。。
一生懸命の応援のおかげか、1対0のまま本当に勝ってしまった。やはり、応援の効果というものは凄まじかった。
「可愛い応援団のおかげだねえ」
なんて純也がからかえば、2人は声を揃えて肯定するのだ。
「もう。からかわないでよ」
「そこはチームメイトのおかげって言うべきでしょ」
由美と茉莉は赤くなって誤魔化そうとするが、真人と幸雄はくすくすと笑ってお礼を言ってくる。
そんな2人の笑顔がどこかふっきれていて爽やかに見えたので、茉莉も由美も顔を見合せて、くすくすと笑い合うのだった。




