第35話 君の声が聞こえたら
その後も特に試合が動くことは無く、1対2のまま後半戦も残り15分程度となる。
ここで、由美が茉莉達に合流した。
「本当に走ってきたんだ」
「うん。道着のままでちょっと恥ずかしいけど、早く来たかったから」
由美は柔道着を着たまま、ここまで走って来たらしい。息を切らせて、少し恥ずかしそうに汗を拭いている。
「今負けてるのよ。さっきから真人くんがいいとこに飛び出るんだけど、マークが強くて」
「そうなの……」
負けている。と聞いて、由美は少し悲しそうに眉を下げた。しかし、まだ試合は終わっていない。真人を、ボールを見つめて応援に加わった。
「あっ!」
「「きゃーっ!!」」
一度は真人に渡ったボールだが、やはりマークが強いせいかすぐに奪われてしまう。その際、真人が足を引っ掛けて派手に転んだので、女子達が騒ぎ出した。ファールでもないのに相手チームにブーイングする始末だった。
「あの……。あの人達じゃないけど、今のはファールとは違うの?」
由美は相手チームに文句を言っている女子を横目に見て、気まずそうに聞いた。それに答えてくれたのは、純也だった。
「際どいところだけど、相手の足はしっかりとボールに触ってたし、故意に真人の足を狙ったわけじゃないからね。サッカーの試合で転ぶなんて、見慣れた光景だしさ」
「そっかあ……」
「真人の膝を目掛けて思いっ切り蹴ってたりしたら、そりゃファールだしイエローなんだろうけど。今のはフェアプレイのうちに入るね」
由美も茉莉と同じで、サッカーにはあまり興味がなかった。最近、真人に話を聞いて応援をしたかったから、教科書に書いてあるルールをやっと覚えた程度なのである。
「アディショナルだ。あと3分か……」
後半戦45分が過ぎ、残りはアディショナルタイムが3分間。ここで得点できなければ、洋極学園の負けである。
「幸雄くん! ナイスセーブ!」
「おお!」
幸雄がセーブしたボールを、別のディフェンダーの先輩が高く蹴り上げ、ミッドフィールダーの先輩が上手くドリブルしていく。途中奪われそうになったボールの先に出てきていた真人にパスが繋がり、一気に盛り上がる。
「きゃーっ! かっこいい!」
「真人くん! 素敵!」
これだけ盛り上がっているのに、一言も「頑張れ」の声がなかった。真人は、ボールに触れながらそんな事を考える。
藤波学園の女子達は、別にサッカーが好きな訳では無い。きっとルールも知らない人がほとんどだろう。ただ、真人が見たくて、真人に自分を知ってもらいたくて、ここに来ているんだと思う。
彼女らは、洋極学園の応援ではなく、真人だけの応援に来ている。いや、応援ですらない。と、真人は思う。
(応援が……。応援とも思えないこの声援が……。こんなにも息苦しい……)
そんな事を考えていたからだろうか、ボールは相手チームのディフェンダーに、横から蹴り挙げられてしまった。
(ああ、負けそうだ……)
真人はついに、諦めた気持ちになる。しかし、その直後。
「負けるなー!!」
真人の耳にひとつだけ、よく響く声が聞こえてきた。声の主は、真人にはすぐに分かった。ハッとした真人がボールを振り返る。
フォワードでキャプテンの先輩が、ヘディングでゴールに向かってシュートしたところだった。
「頑張れー!」
シュートはキーパーの前にディフェンダーに弾かれて、真人の真上に上がった。
「いけーっ! 北川くんっ!!」
由美の声が聞こえただけで、真人の心が軽くなる。負ける。と諦めて暗くなっていた気持ちが、負けたくない。に変わるのは一瞬だった。彼女のおかげで、前を向くことができた。
それに、今まで意識をしていなかっただけで、拓真や純也。それから茉莉はずっと応援をしてくれていた。それを、由美の声で思い出す事ができたのだ。
由美は柔道着を着たままの姿で、きっと本当の意味で駆けつけてくれたのだろう。そう思ったら、とてつもなく心強いと感じた。
ボールは真人の後方高くにある。一度体勢を立て直すにも、パスを出すにも時間が無い。ゴールへの方向を考えれば、ヘディングも難しいだろう。
「っ!」
こんなにも高くボールが上がっているのなら。真人はそう思い、自分の向いている方向を変えるだけで繰り出せる蹴りでボールに触れた。
「わっ」
「真人っ!」
「入れーっ!!」
真人のオーバヘッドは見事に決まった。油断したキーパーが飛び出しを遅れたおかげもあり、ゴールに綺麗に入る。
「やったー!」
「「きゃあああっ!」」
「凄い。かっこいい」
「最高。流石真人くん」
「今のムービー撮っちゃった」
「きゃーきゃー!」
相変わらずの女子達は無視して、真人は試合終了の合図と共に、由美達に手を挙げてアピールした。真人が由美に対して初めて見せた、満面の笑みを浮かべて……。
その後、真人は先輩に呼ばれて、すぐに挨拶のために整列しに走る。
「今の何?」
「あの子達って誰?」
「白組の浜野さんよね? 何でいるのかしら」
女子達の中ではヒソヒソと内緒話をしているつもりなのだろうが、由美達には全て聞こえている。中には体育祭でのことを噂する声もあった。
しかし、そんな心無い声も気にならないくらい、由美には真人の活躍が嬉しかった。そして、真人の満面の笑みに心を奪われていたのだった。




