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ひび割れた時を君と  作者: 朱空てぃ
練習試合
36/77

第35話 君の声が聞こえたら

 その後も特に試合が動くことは無く、1対2のまま後半戦も残り15分程度となる。


 ここで、由美が茉莉達に合流した。


「本当に走ってきたんだ」

「うん。道着のままでちょっと恥ずかしいけど、早く来たかったから」


 由美は柔道着を着たまま、ここまで走って来たらしい。息を切らせて、少し恥ずかしそうに汗を拭いている。

 

「今負けてるのよ。さっきから真人くんがいいとこに飛び出るんだけど、マークが強くて」

「そうなの……」


 負けている。と聞いて、由美は少し悲しそうに眉を下げた。しかし、まだ試合は終わっていない。真人を、ボールを見つめて応援に加わった。


「あっ!」

「「きゃーっ!!」」


 一度は真人に渡ったボールだが、やはりマークが強いせいかすぐに奪われてしまう。その際、真人が足を引っ掛けて派手に転んだので、女子達が騒ぎ出した。ファールでもないのに相手チームにブーイングする始末だった。


「あの……。あの人達じゃないけど、今のはファールとは違うの?」


 由美は相手チームに文句を言っている女子を横目に見て、気まずそうに聞いた。それに答えてくれたのは、純也だった。

 

「際どいところだけど、相手の足はしっかりとボールに触ってたし、故意に真人の足を狙ったわけじゃないからね。サッカーの試合で転ぶなんて、見慣れた光景だしさ」

「そっかあ……」

「真人の膝を目掛けて思いっ切り蹴ってたりしたら、そりゃファールだしイエローなんだろうけど。今のはフェアプレイのうちに入るね」


 由美も茉莉と同じで、サッカーにはあまり興味がなかった。最近、真人に話を聞いて応援をしたかったから、教科書に書いてあるルールをやっと覚えた程度なのである。


「アディショナルだ。あと3分か……」


 後半戦45分が過ぎ、残りはアディショナルタイムが3分間。ここで得点できなければ、洋極学園の負けである。


「幸雄くん! ナイスセーブ!」

「おお!」


 幸雄がセーブしたボールを、別のディフェンダーの先輩が高く蹴り上げ、ミッドフィールダーの先輩が上手くドリブルしていく。途中奪われそうになったボールの先に出てきていた真人にパスが繋がり、一気に盛り上がる。


「きゃーっ! かっこいい!」

「真人くん! 素敵!」


 これだけ盛り上がっているのに、一言も「頑張れ」の声がなかった。真人は、ボールに触れながらそんな事を考える。


 藤波学園の女子達は、別にサッカーが好きな訳では無い。きっとルールも知らない人がほとんどだろう。ただ、真人が見たくて、真人に自分を知ってもらいたくて、ここに来ているんだと思う。


 彼女らは、洋極学園の応援ではなく、真人()()の応援に来ている。いや、応援ですらない。と、真人は思う。


(応援が……。応援とも思えないこの声援が……。こんなにも息苦しい……)


 そんな事を考えていたからだろうか、ボールは相手チームのディフェンダーに、横から蹴り挙げられてしまった。


(ああ、負けそうだ……)


 真人はついに、諦めた気持ちになる。しかし、その直後。


「負けるなー!!」


 真人の耳にひとつだけ、よく響く声が聞こえてきた。声の主は、真人にはすぐに分かった。ハッとした真人がボールを振り返る。

 

 フォワードでキャプテンの先輩が、ヘディングでゴールに向かってシュートしたところだった。


「頑張れー!」


 シュートはキーパーの前にディフェンダーに弾かれて、真人の真上に上がった。

 

「いけーっ! 北川くんっ!!」


 由美の声が聞こえただけで、真人の心が軽くなる。負ける。と諦めて暗くなっていた気持ちが、負けたくない。に変わるのは一瞬だった。彼女のおかげで、前を向くことができた。


 それに、今まで意識をしていなかっただけで、拓真や純也。それから茉莉はずっと応援をしてくれていた。それを、由美の声で思い出す事ができたのだ。


 由美は柔道着を着たままの姿で、きっと本当の意味で駆けつけてくれたのだろう。そう思ったら、とてつもなく心強いと感じた。


 ボールは真人の後方高くにある。一度体勢を立て直すにも、パスを出すにも時間が無い。ゴールへの方向を考えれば、ヘディングも難しいだろう。


「っ!」


 こんなにも高くボールが上がっているのなら。真人はそう思い、自分の向いている方向を変えるだけで繰り出せる蹴りでボールに触れた。


「わっ」

「真人っ!」

「入れーっ!!」


 真人のオーバヘッドは見事に決まった。油断したキーパーが飛び出しを遅れたおかげもあり、ゴールに綺麗に入る。


「やったー!」

「「きゃあああっ!」」

「凄い。かっこいい」

「最高。流石真人くん」

「今のムービー撮っちゃった」

「きゃーきゃー!」


 相変わらずの女子達は無視して、真人は試合終了の合図と共に、由美達に手を挙げてアピールした。真人が由美に対して初めて見せた、満面の笑みを浮かべて……。


 その後、真人は先輩に呼ばれて、すぐに挨拶のために整列しに走る。


「今の何?」

「あの子達って誰?」

「白組の浜野さんよね? 何でいるのかしら」


 女子達の中ではヒソヒソと内緒話をしているつもりなのだろうが、由美達には全て聞こえている。中には体育祭でのことを噂する声もあった。


 しかし、そんな心無い声も気にならないくらい、由美には真人の活躍が嬉しかった。そして、真人の満面の笑みに心を奪われていたのだった。

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