第33話 練習試合の準備時間
練習試合のある土曜日。真人は近所のコンビニで、弁当とエネルギーがチャージされるゼリーを買ってから駅に向かう。駅で待ち合わせていた幸雄は、真人よりも数分早く来ていたらしい。
「おはよ」
「おはよー!」
いつもよりも張り切っているとわかる幸雄の表情に、真人は苦笑する。
「山里さん、いつ頃来るって?」
「試合開始に間に合うかもって言ってくれたし、楽しみ」
「良かったじゃん」
心の底から嬉しそうにしている幸雄を見て、真人はくすっと笑を零した。
「由美ちゃんは誘わなかったの?」
「向こうも大会が近いって言ってたから」
大会の応援には行きたいと言ってくれたが、たかだか練習試合に、同じく部活動で忙しくしている由美を誘うわけにはいかなかった。
「純也と拓真は来てくれるんだろ?」
「うん。試合開始時間に合わせてくるってさ」
「そうか」
真人の悪友達は全員、ご近所さんだ。待ち合わせて一緒に行っても良かったのだが、試合開始までには当然準備の時間があり、その間は観てるだけの純也達が退屈になってしまう。
「そう言えば、お前昼飯は? 買わなかったの?」
幸雄が部活用のスポーツバック以外に何も持っていないので、真人は首を傾げる。
「あっちのコンビニで買うよ。さっき見たら、ハムサンド売り切れてたんだ」
そういえばいつもそれだな。と真人は思う。さっきコンビニに寄った真人は、サンドイッチコーナーにはハムサンドどころか、フルーツサンドしか残っていなかったのを思い出した。
「あるといいな?」
「なかったらしょうがないからおにぎり買う……」
おにぎりはツナマヨが幸雄の好みだ。ツナマヨは人気商品なので、これももしかして売れ切れているかも。と真人は思ったが、折角さっきまで茉莉が来てくれるとうきうきしていたので、水を指すのも良くない。モチベーションを維持してもらうために、真人は何も言わずに改札を通った。
。。。
上条高校の最寄り駅に併設されているコンビニは、丁度仕入れの時間帯らしくサンドイッチが新しく追加されていた。しっかりとハムサンドを確保した幸雄は、真人と同じくエネルギーチャージのゼリーと、ついでに紙パックの野菜ジュースを買う。
「おはようございます」
コンビニを出てすぐにあるロータリーの時計台前が、洋極学園サッカー部の集合場所だった。野菜ジュースを片手に集合場所に近づくと、気づいてくれた後輩が頭を下げた。
「おはよ」
「おはよう」
今いるのは主に1年生だった。真人達と同じ2年生もちらほらいるが、3年生はまだ1人しか来ていない。
「「おはようございます!」」
その先輩に2人で挨拶をすると、その先輩は控えめに笑って挨拶を返した。
「おはよう」
「先輩、早いですね」
「早く来すぎたかもなあ」
と先輩は苦笑して答える。3年生が1人なので、少々アウェイな空気を感じていたらしい。真人と幸雄はくすっと笑い合うと、先輩を交えて世間話を始める。
暫く談笑しているうちに全員揃ったので、上条高校に向かう。上条高校は駅から離れた場所にあるので、先輩達の誘導で2列ほどになって、くっついて歩く。なんだか登校班みたいで、懐かしい気分になった。
。。。
上条高校についたら、校門から入ってまずは向こうのチームの監督に挨拶をした。その後はチームメンバーとも挨拶を交わす。
「「よろしくお願いします!」」
上条高校のグラウンドに元気な声が響く。1年生を中心に上条高校のグラウンド整備を手伝っていると、応援席もちらほら埋まってきたようだ。
「おーい。真人ー。幸雄ー」
「来たよー!」
真人達が用意された洋極用のテント下で準備をしていると、後ろから声がかかった。当然、相手は拓真と純也。それからその後ろには茉莉がいた。
「茉莉ちゃん!」
「おい。俺らは無視か」
茉莉に気づき、駆け寄って声をかける幸雄を見て、拓真はジト目で文句を言った。幸雄は軽い調子で謝っている。
「一緒に来たんだね」
「駅を歩いてたら声をかけられて」
「同じ電車に乗ってたっぽいよね。改札前で見かけてさ」
たまたま会ったので一緒に来たらしい。茉莉はマップを調べながら歩いていたので、後ろを歩いていた2人も容易に追いつくことが出来たのだと言う。
「頑張ってね」
「……ありがとう」
真人は先日由美に応援された時と同じように、一瞬だけ困った顔をしてから笑顔を作った。それは幸雄も同様で、少しの間が生まれる。
「真人。あっち」
その間を誤魔化すように、純也が真人に向かって声をかけた。
「う。嫌だ。顔を向けたくない。まだ行くな」
純也がちらっと指を向けた方向は、真人限定の応援団だ。必要ないのに、毎回タオルや飲み物を差し入れてくれる。渡そうとする目がなんか怖いし、何を入れられているかわかったものではない。と真人はつい思ってしまう。彼女らの応援も応援とは思えないので、切実に帰って欲しい。
「声を掛けたそうにこっち睨んでくるんだけど」
「特に私ね。女だから」
茉莉はそう言って苦笑する。確かに、茉莉に対する嫉妬の視線が混ざっているようだ。茉莉の相手は幸雄なので関係ない。と、真人は言ってしまいたくなった。しかし声をかけたくはないようで、大人しい。
「モテる男は大変だよなあ……」
「お前が言うな」
拓真に軽く八つ当たりをして、真人はサポーターを身体に巻いた。
「そういや、由美ちゃんは来ないの?」
「誘ってないし、来るなんて話も聞いてないし。浜野さんも部活あるだろ?」
拓真の質問に答えた真人は、そのまま茉莉に視線を向けて、聞いた。その瞬間に周りで様子を窺っていた女子達の視線が鋭くなった気がする。
「ええ。部活の後に来るとは言ってたけど。間に合うかどうかはわからないわね」
「チーム編成変えて2戦やるんだろ?」
「ああ。1戦やって、昼飯食って、2戦目」
幸雄が指を折って数えながら言う。
「2戦目には間に合うって言ってたけど」
「でも、浜野さんも近々大会があるって言ってたし、大丈夫かな?」
真人の心配は、すぐに驚きに変わった。
「あら、平気よ。トレーニングがてら走って来るって、昨日の夜チャットで言ってたから」
「え?」
まさか。と思った。だって、学校の最寄り駅からは2駅分もあるのだ。
「走ると…どれくらいだ?」
そう長い時間はかからないだろうが、まあまあ遠いはずだ。トレーニングになると言うのならいいのだが、部活の後で走ってくるというのは疲れるのではないか。そう思って、真人は更に心配になる。しかし、その心配もすぐに消えてなくなる。
「大会前の由美はいつも以上に元気なのよね」
茉莉がそう言って笑ったからだ。
由美の元気な笑顔を想像した真人は、思わずくすっと笑みを零す。
珍しい真人の表情に、今度は幸雄達が目を見開いて驚いた。驚きすぎて、真人に小突かれるまで口をぽかっと開けてしまっていたほどだ。
「お前ら、何ぼーっとしてんだよ」
「いや、お前こそ……。何、その顔」
一番衝撃を受けたのは拓真だったらしい。拓真が未だに呆気にとられた顔をしているので、真人は訝しげにそれを見つめた。
「なんなんだよ?」
「珍しいよな」
と言って、幸雄も笑う。
そんなにも由美がお気に入りなのか。と聞いてみたくなったが、どうせ真人は答えないだろう。全員それを知っているから何も言わないで、準備の邪魔をしないようにと避けていく。
その瞬間、集合がかかった。
「グッドタイミングだね。コーチのとこ行こ」
「あ? ああ、うん……」
真人は今も少し不思議そうに首を捻っているが、とりあえず今は試合に集中しよう。と、コーチの元に走るのだった。




