006 争奪戦開幕
6月の第1月曜日。午前中の授業が終わると、昼食の時間。伊久佐野高校には学食はないので、弁当を持ってくるか購買で販売しているパンが昼食になる。
「マリナ、お昼それだけ?」
ミレイが弁当を口に運びながら聞いた。マリナは普段、母の作った(自分で作ることもある)弁当だが、今日は市販の固形栄養食品とゼリー飲料だけの簡素なものだ。
「今日はこれから激しく動くからね、栄養は必要だけど、あんまりお腹に入れない方がいいと思って」
「……そう言われると、確かに。私も少な目にしておこうかな」
「ワタシも」
最終的に争奪戦にエントリーしたミレイや、一緒に食事をしている同級生も、マリナの言葉を聞いて普段通りの自分たちの弁当箱に視線を落とした。
「明日からは私もお弁当変えようかな」
「私も今日の争奪戦の様子を見て考えてみよ」
マリナのクラスからは、男子争奪戦に11人がエントリーしている。彼女たちも、明日からは昼食のメニューか変わりそうだ。
昼食の後は全校生徒が体育館に集合した。整列した生徒たちの前の演壇に、校長が立つ。
「ここへ来て長々と挨拶をするのも野暮というものでしょう。男子争奪戦に参加する213名の生徒の皆さん、鞘守セイジくんから1年間天然精子を受け取る権利を得るべく、最後まで気を抜かずに闘い抜いてください。
それではこれより、男子争奪戦の開始です」
体育館内がワッと歓声に包まれ、その熱気が冷めやらぬ内に、生徒たちは体育館から移動を始めた。駆け足で急ぐ生徒もいればゆっくりと行く生徒もいる。
マリナは、争奪戦に出場しない生徒と一緒にいるセイジの元へと足を向けた。
「セイジくん、優勝できたら1年間、よろしくね」
「あ、ああ、うん」
クラスが同じなので、この2ヶ月で何度か会話をしてそれなりに仲良くなったが、元からの性格なのか、セイジはおずおずと言った。
「ちょっとマリナ、優勝する気なの?」
「もちろん。そのつもりじゃないと、1勝もできないだろうからね」
争奪戦に出場しないクラスメートの揶揄うような言葉を軽くいなして、マリナは体育館を後にした。
後ろでは、他の生徒たちが数人、別のクラスや上級生も、セイジに声を掛けていた。
マリナは、争奪戦に参加するクラスメート数人と一緒に学校の駐車場に向かった。
普段はだだっ広い駐車場には、コンテナルームが3段重ねで置かれており、駐車スペースは半分以下になっている。そこに自動車が入って来ては、数人の大人を下ろして去って行く。出場者たちのサポート要員だろう。
サポートといっても、戦闘中の外部からの干渉は禁じられているので、戦闘のモニタと、ギアが破損した時の応急処置程度しかできることはない。それでも、戦闘というものを初めて経験する高校生には、心強い。
マリナはクラスメートと別れると、自分に割り当てられたコンテナルームの場所に行き、新しく交換したライブギアの脚部だけを展開し、ジャンプして一気に3段目のコンテナルームのキャットウォークに飛び乗る。
脚部マニピュレータを収納し、コンテナルームのドアパネルに手を当てて認証すると、ドアが開く。
「あ、もう来てたんですね」
コンテナルームの中には、レイカともう1人の研究員がいた。コンテナルームには昨日のうちにアーマードギアを運び込んでいて、その時に2人の認証登録も済ませている。
「遅れるわけにはいかないからねぇ。記録はされるけど、記録で気付けないこともあるし。出来るだけたくさん、戦闘してね」
「はーい、頑張ります。ブースターのテストはできるか解りませんけど」
「いいわよ。争奪戦の期間の間にテストできれば。そもそも、アーマードギア自体が試作品だからねぇ」
レイカが開発している新型のオーキス・ジェネレーター=オーキス・リアクターは、通常状態では作動させずに、いざという時の切り札として使うことになっている。全身が試作品の塊のアーマードギアの中でも秘中の秘なので、大っぴらにはしない予定だ。それでも、2週間の間には何度か使うこともあるだろう。
横幅4メートル、奥行き5メートル、高さ3メートルほどのコンテナルームの中、手前の左手には机と椅子が運び込まれ、レイカたち研究員が座っている。右側にはアーマードギアのメンテナンス用の機材が揃っている。ここにあるのは簡易的なもので、本格的なメンテナンスは毎日レイカの勤務する研究所に持ち帰って行うことになっている。
奥は着替え用のスペースで、ロッカーと、昨日運び込んだアーマードギアのトランクが置かれている。
マリナはコンテナルームの奥に行き、ライブギアを背中から下ろして靴を脱ぎ、ロッカーにしまった。服と下着を脱いで全裸になり、脱いだものはすべてロッカーにしまう。
さらにブレスレット・デバイスも外してから、アーマードギアのトランクのパネルに手を当てて、蓋を開いた。マリナのために用意された真新しいギアがキラリと光を反射する。
まず、銀灰色のアンダースーツをトランクから出して身に付ける。足から入れていき、身体に密着させながら全身を包む。
ハーフアップにしていた髪を解いてポニーテールに纏め直し、アンダースーツの頭を被って、ポニーテールにした髪を、空いている穴から外に出した。
続いてアーマードギアの本体をトランクから出す。トランクから伸びたアームに支えられているギアを背負い、胸の前でクロス状になったベルトを締めると、アームからギアが離れる。
ライブギアに比べて重いそれに、後ろに倒れそうになるが、足を踏ん張って耐え、ベルトのスイッチを入れると、背中のギアから装甲が現れて両手、両足、胴体を包み込む。
さらに頭がヘルメット状の装甲で包まれ、これで、第1装甲の装着は完了。白色にライトグリーンの模様が入ったアーマードギアのデザインは、マリナの意見も取り入れられている。
「問題ない?」
レイカの問い掛けに、頭部装甲の端から網膜に直接投影される情報を読む。オール・グリーン。
さらに、第2装甲を装着。胸と両腕、両脚に装甲板が追加展開され、顔の全面が透明のフェイスカバーで覆われる。これもOK。
「大丈夫です。問題ありません」
返事をしてから、第1装甲に戻し、トランクから直方体のウェポンパックを取り出す。これも、試作アーマードギアの一部だ。マリナが生身で持つには重いが、装着したギアのサポートで問題なく持ち上げられる。
「それじゃ、行って来ます」
「頑張ってね」
2人に見送られて、マリナはコンテナルームから外へと出た。
外に出たマリナは、まず同級生を探した。コンテナルームの場所はクラス別でもエントリー順でもなく、ランダムに割り当てられているのですぐには判らない。
それでも、少し離れたところでマリナよりも先に外に出たらしいミレイの姿を見つけることができた。目視せずとも、近くにいればギアの索敵センサーと組み込んだ学校配布の認証チップで、探すことはできるのだが。
マリナはウェポンパックを腰に取り付け固定すると、地上にいるミレイ目掛けてジャンプした。マリナの身体が宙を飛び、ミレイの3メートルほど手前にガシャリと着地する。もうちょっと静かに着地したいな、と思いながら、マリナはミレイに近付いた。
「ミレイっ。見つけた」
ミレイは、マリナとは違い赤を基調に黒いラインの入ったアーマードギアを身に付けていた。武装は、機関砲のようだ。弾帯はないので、実体弾ではなくレーザーだろう、とマリナは見当を付ける。
「へえ。マリナのアーマードギア、可愛いね」
「ミレイのも格好いいよ」
お互いに相手のギアを褒めつつ、駐車場から校庭へ向かって歩く。
「ミレイのアーマードギアは、学校で斡旋された奴?」
「そう。だから、他にも同じギアの子はいっぱいいると思うよ。色は自由に選べたし、武装は別だから、一見判らないかも知れないけどね。オプション装備も違うし。
マリナのは、斡旋されたのじゃないね」
「うん。お母さんの伝手でね。仕事でギアメーカーとも付き合いがあるから」
「そういえばマリナのお母さん、精製水メーカーで働いてたっけ」
「そうそう」
適当に雑談をしてから、マリナは本題に入ることにした。
「それでさ、ミレイ、早速だけど1戦しない?」
「え? いきなりマリナと?」
「うん」
着替えてコンテナルームを出た後、まずミレイを探したのはこれが理由だ。
「友達同士でいきなり闘るの、気不味くない?」
ミレイの疑問は尤もなものだが、マリナは首を横に振った。
「この争奪戦のルールだと、むしろ後になるほど気不味くなると思うんだ」
「どうして?」
「ルールでは、負け抜けってわけじゃないでしょ? ポイントも減らないし。だったらお互いポイントが低い内に闘う方が、ポイントを貯めまくってから闘うより蟠りとかないんじゃないかと思うんだ」
そう、この男子争奪戦のルールでは、勝者に敗者の持ちポイントが加算されるが、敗者はポイントを奪われるわけでもなければ、退場になるわけでもない。
おまけに、同一カードでの対戦は予選期間中1度に制限されているから、1回闘ってしまえば、互いに高ポイントになってから再戦ということもない。
「確かに、言われてみるとそうだね」
「なら、いい?」
「いいよ。校庭でいいかな?」
「うん。他にもいそうだけど」
「校庭のフィールドは6面あるから空いてるでしょ。じゃあ、行こうか」
いよいよ、最初の戦闘が始まる。
戦闘開始できなかった……。
次からは週1回、毎週火曜日17:50頃更新します。
次回は4月23日(日)17:50頃、初戦闘です。