005 争奪戦準備
「さてと、契約も済んだことだし、続けるね。まずは質問。オーキス・リアクターで発生させた10kWのオーキス・エネルギーをオーキス・ジェネレーターに通すと、発生する電力エネルギーはどれだけになる?」
「?? 10kW?」
「はい、その通りね」
レイカの質問に(引っ掛け問題かな?)と少し悩んで答えたマリナだったが、そんなことはなかったようだ。
「厳密にはロスがあるからちょっと減るけど、今はそれ無視して。じゃ、次の問題。2基のオーキス・リアクターで10kWずつ発生させたオーキス・エネルギーをジェネレーターに通したら?」
「20kW」
「そう。複数のリアクターの出力をジェネレーターに通した場合、ジェネレーターからの出力は全リアクター出力の合計になる。ところが」
レイカは勿体ぶっていったん言葉を切り、マリナを面白そうな瞳で見つめた。それからマリナの反応を待たずに口を開く。
「今、私が試作しているオーキス・ジェネレーターを使うとね、2つのオーキス・リアクターからの入力が掛け算で電力になるのよ」
「掛け算? ってことは……」
マリナは天井を見て暗算した。
「100k……じゃない、100MW!?」
「そういうこと。ま、実際にはリアクターの出力そのままの掛け算じゃなくて、5パーセント程度の掛け算だから、250kWくらいにしかならないんだけどね。それでも大したもんでしょ?」
通常であれば20kWの出力が250kWになる。それだけで途轍もないアドバンテージが得られることになる。
「理論上はこの4倍は出るはずなんだけどね。そこは試作品の悲しさよね。
それに、今は2つのリアクターからの入力が同じじゃないと駄目なのよね。理論上は、例えば20kWと10kWの出力の10パーセントを掛け合わせて2MW出せるはずなのに、弱い方に引っ張られるのか10kWちょっとにしかならないのよ。普通のジェネレーターの方がずっとマシ。
それから、リアクターからの直接入力じゃないと無理なのよ。オーキス・キャパシタに蓄えたオーキス・エネルギーからでも変換出来そうなもんだけど、一切できないのよね。
同じようにオーキス・リアクターからの出力を2つに分割して入力するのも駄目。どうしてもリアクターが2つ必要な訳よ。
ということは、理論が間違っている、いや、理論に抜けがあるんじゃないかとワタシは睨んでる。そればかりか、そもそもオーキス・エネルギーがどんなものか未だに完全には……」
「主任、ストップストップ」
「……ん? 何?」
「2人とも、目を白黒させてますよ」
マリナもマリコも、レイカの長広舌を呆気に取られて聞いていた。内容がきちんと脳に届いていたかどうかは定かではないが。
「ああ、ごめんねぇ。 つい興奮しちゃって」
「まあいいわよ。趣味に走ると目の前すら見えなくなるのは昔から知ってるから」
マリコは呆れたように溜息を吐いた。
「それで、最初に戻るけれど、そこにどんな危険があるの?」
「危険なのは練習もしないでアーマードギアを扱うことね。マリナちゃんのライブギアは、出力8kWでしょ? それがいきなり1000kWにもなるんだから、大人しい馬から暴れ馬に乗り換える感じかな? 加減を間違えると天井に頭をぶつけたり壁に激突したりすることがあるかも、ってこと」
マリコの質問にレイカは当たり前のように答えた。実際、ギアの製造メーカーにとっては当然のことなのだろう。
「その、試作品のオーキス・ジェネレーター自体には危険はないの?」
「それは大丈夫。初期の頃は爆発こそないけど自壊することがあったけど、今は安定してるわね。予定の性能を発揮できていないのは、さっき言った通りだけどね」
むしろそれは、マリコの心配を減らすことになる。出力が抑えられるということは、扱いにくさも抑えられるということだから。それでも、爆発的な出力を持つことには変わりはないが。
「それで、アーマードギアなんだけど、今ウチで作っているのは警察や消防のものだけだから、戦闘には向かないのよね。そもそも使うオーキス・リアクターの出力が最大でも500kW程度だから、そのままリアクターだけ載せ替えても強度が保たないのよ。使えなくはないけど、一度だけの使い捨てのつもりじゃないとね」
「それじゃあ、新しいギアを1から作るんですか?」
マリナの疑問にレイカは頷いた。
「そのつもり。新しいオーキス・ジェネレーター、内輪ではオーキス・ブースターって呼んでるけど、その力を十全に発揮できるギアを用意するわよ。期間が2ヶ月しかないから、すぐに設計に入らないとね。
まず、オーキス・リアクターは500kWのものを2つ搭載するわね。それがオーキス・ブースターの能力を一番発揮できるってこともあるけど、万一1つが壊れても活動を続けられるように、というリスク分散の意味もある。
他はこれから考えるけど、マリナちゃんの希望はある? 要望はできるだけ反映するわよ」
「えっと、そうですね……」
レイカに促されて、マリナは思いつくままに話していった。技術的なことはわからないが、自分が使うもの、しかもオーダーメイドになるわけなので、自分の希望を余さず取り入れてもらうつもりで。
「んー、そうねえ、全部このままってわけにはいかないけど、なるべく希望には沿うように考えるわね」
「よろしくお願いします」
「それと、明日から毎日、マリナちゃんはここに来てね」
「はい?」
「2ヶ月でアーマードギアに慣れる必要があるから、特訓するわよ。毎日、学校に迎えをやるから」
「はい、解りました」
男子争奪戦に向けて、アーマードギアを用意できる目処はついた。それはレイカに任せて、マリナはアーマードギアでの戦闘訓練を行うことになる。
××××××××××××××××××××××
翌日、学校へ行ったマリナは、早速男子争奪戦にエントリーした。
「マリナ、昨日の話、どうするか決めたの?」
エントリーを終えたブレスレット・デバイスの画面を消したところで、ミレイに話しかけられた。
「うん、今エントリーも済ませた」
「昨日の今日でもう? 早いね」
「準備期間が2ヶ月しかないんだもん、早い方がいいよ」
「2ヶ月あるんだから、そこまで慌てる必要はないんじゃない?」
「それがそうでもないよ」
マリナは(この情報は機密保持契約には掛からないよね)と思いながら、昨日知ったことを話した。
「ミレイのライブギアのリアクター出力って10kWくらいでしょ?」
「うん、そんなもんだけど」
「争奪戦のアーマードギアのリアクター出力は最大で1000kWでしょ? それだけ出力が違うと操作感も変わって、慣れないと上手く動かせないって。だから、できるだけ早いうちから練習しておかないと間に合わないよ」
「それは放課後に講習があるんでしょ? それで十分じゃない? それで自信を持てたらエントリーすればいいかなって思うけど」
「うーん、あたしは性格的に、自分を追い込まないと手を抜いちゃうと思うから、昨日の内にお母さんから許可捥ぎ取ったから、とにかくエントリーしちゃおうって」
「なるほどねぇ。わたしはゆっくり考えるよ」
マリナとミレイ以外の生徒たちも、男子争奪戦の話題で盛り上がっている。話題の中心人物たるセイジはまだ登校していない。本人の前では、さすがに彼女たちも自粛するだろう。逆に、セイジが話題ではなく輪の中心になるかも知れないが。
セイジが登校して来たのは、ホームルームが始まる直前だった。
××××××××××××××××××××××
その日から、放課後は毎日、マリナはレイカの勤める会社の研究所に赴いて、アーマードギアの操作練習に勤しんだ。
研究所の敷地内にある広い体育館のような練習場で、練習用のアーマードギアを装備して基本的な動きを習い、武装として選んだ槍の扱いも学んだ。
レイカの言っていた新型オーキス・ジェネレーター、『オーキス・ブースター』を使うと練習場でも狭いということで、シミュレーターを使っての訓練も重ねた。
また、日々開発の進んでいるアーマードギアについても色々と追加注文し、レイカや他の研究員とも意見を交わし、それを装備や戦術にも取り入れ、練習にも反映していった。
「あ、そうだ。マリナちゃんのライブギアも替えた方がいいね」
「え? どうしてですか?」
レイカの提案にマリナは首を傾げた。アーマードギアを使う時にはライブギアは外すのだから、今の使い慣れたライブギアを替える必要性が解らなかった。
「ライセンスなしでのアーマードギアの市街での使用は禁止されているでしょ。アーマードギアのトランク、かなり重いよ。学校までは車で持ってくけど、自分でも動かすでしょ。手か足だけのギアじゃ、持てないと思うよ」
マリナはアーマードギアのトランクの重さを聞いて、確かに腕と脚、両方を補助しないと持てないな、と考える。
「さすがにそれは無料ってわけにはいかないけど、割引価格で提供できるよ。何なら、争奪戦の間だけレンタルもできるし」
「解りました。お母さんと相談してみます」
余計な出費が増えるものの、アーマードギアの予算はメンテナンス費も含めて浮いたのだから、マリコも否とは言わないだろう。
(忘れずにお母さんにお願いしなきゃ)と思いつつ、マリナは練習に励んだ。
そして時は過ぎ、男子争奪戦の日がやって来た。