004 アーマードギアを求めて
マリコはすぐにレイカに連絡し、その日のうちに面会する約束を取り付けた。今日はマリナの入学式のため仕事を休んでいるが、明日からはまた忙しい日が続くので、今日を逃すと1週間前後、先に延びてしまう。
昼食の後、マリナは再び母の運転する自動車に乗り、レイカの勤める会社の研究所を訪れた。
マリナとマリコが会議室に通されて、出されたコーヒーに砂糖とミルクを入れ、それを飲みながらしばらく待っていると、白衣を着たレイカがもう1人の別の女性職員と一緒に入って来た。
「アーマードギアが欲しいって、何で何で?」
部屋に入るなり、挨拶も抜きに前のめりに突っ込んでくるレイカに、マリナはたじろぎつつも(相変わらずだなぁ)という思いで笑みを向ける。
「口を開く前に座りなさい。それから挨拶も。親しき仲にも礼儀あり、よ」
マリコが呆れを隠そうともしない声でレイカに言った。
マリナは、レイカのこの性格は治しようがない、とすでに受け入れているが、マリコはまだ矯正させたいらしく、会うたびに小言を言っている。レイカはといえば、マリコの苦言など柳に風とばかりに、いつも受け流している。
「そんなのいいじゃない。それよりアーマードギアが必要なの? マリナちゃんが一緒ってことはマリナちゃん? 何で? 資格取るの?」
「落ち着きなさい。順を追って話すから」
マリコはレイカを椅子に座らせた。しかし、落ち着かせるのは無理のようだ。一緒に来た職員もレイカの隣にすわり、ボード・デバイスをテーブルに置いて起動する。
「マリナ、あなたから説明なさい」
「うん」
母に促されて、マリナはアーマードギアが必要になった経緯を説明した。
「ほぉほぉ。男子争奪戦をアーマードギア装備による戦闘で行うと。そのアーマードギアは、支給品を改造とか?」
「支給品? あ、そういうわけじゃないです。学校が補助を出してくれるし斡旋もしてくれるそうだけど、基本的には各自で用意することになってます」
「なるほどぉ。それでマリコもマリナちゃんを連れて来たわけね。で、アーマードギアはどんなものでもいいわけ?」
「いえ、それは決められていて……」
マリナはブレスレット・デバイスに争奪戦の要綱を表示した。テーブルに水平に浮かび上がったスクリーンを、レイカも覗き込む。
「ふぅん。オーキス・ジェネレーターの出力制限と炸薬厳禁くらいね。んふふ、これなら色々とヤれそう……」
レイカがニマニマと気持ち悪い笑みを浮かべた。元の造形が悪くないだけに、余計に気持ち悪い。マリナはちょっと身を引いた。
「むふふ、これなら、特別仕様のギアを無料で用意できるよ」
「主任っ!」
悪い笑みを浮かべたレイカの言葉に、それまで会話を記録しているだけだった職員が鋭く声を上げた。
「まさかアレを使うつもりですかっ!?」
「ちょうどいいんじゃない? 実践で実験できるんだから」
「危険ですっ! それに、まだ秘密ですよっ!」
「2ヶ月あるんだから、危険はその間のマリナちゃんの頑張り次第でなんとかなるわよ。そもそも、アーマードギアを使う時点で危険なんだもん。秘密だって、上手くやればバレることはないって」
「それにしたって……」
「大丈夫。勝手にやったりしないから。所長の許可は取るよ」
「許可が出ると思っているんですか」
「出るって。だから、所長呼んでよ。あ、それとライブギア用のとアーマードギア用のリアクターのモックアップ、持ってきて」
「まったくもう、いつもこれなんだから……」
文句を言いながらも、職員は会議室から出て行った。
「あの~、大丈夫なんですか?」
何とはなしに、聞いてはいけないことを聞かされたような気がして、マリナはおずおずとレイカに聞いた。
「大丈夫。せっかくのチャンスなんだもん、最高のアーマードギアを作ってあげる」
「危険がどうとか言っていたけれど、ほんとに大丈夫なんでしょうね?」
マリコは娘を無為に危険に曝すつもりはない。危険があるなら、アーマードギアはレイカに頼らず別の手段を探すつもりだ。最悪は、マリナに争奪戦への参加を諦めてもらうことすら視野に入れている。
「初めてアーマードギアを使うんだから、もちろん危険はあるわよ」
「どんな」
「ギアの制御ね」
「制御? でも、ライブギアなら使ってますけど」
マリナが首を傾げる。ライブギアは外部マニピュレータータイプが多く、アーマードギアは装甲装着タイプが多いものの、どちらも身体の動きを検知して動作する身体補助装置という意味では同じものと、マリナは理解している。
「うーん、どう言えばいいかな。マリナちゃんは、ライブギアとアーマードギアの違いって、なんだと思う?」
「えっと、ライブギアは日常生活用で、アーマードギアは戦闘用?」
答えながら、マリナは首を傾げた。
アーマードギアは軍隊の他、警察や消防、農場や工事現場などでも使われている。警察での使用は辛うじて戦闘用と言えなくもないが、消防や農場、工事現場で使われるものが戦闘用とは思えない。
「その言い方だと、自分でも納得していないみたいねぇ」
「……はい」
「まずはその違いを知ることが危険性の話に繋がるんだけど……あ、来たみたいね」
会議室のドアがきちんとノックされ、開かれたそこから先ほどの職員が大きめの箱を持ち、2人の女性を伴って戻って来た。
マリコがさっと立ち上がり、それを見たマリナも慌てて母に倣う。
「社長、所長、お世話になっております」
「こちらこそ、茅吹さんにはお世話になっています」
「今度はアーマードギアがご入り用とか?」
挨拶を交わしてから、改めて椅子に座る。マリナも、マリコに倣い差し出された2人の手を握ってから椅子に座り直した。
「社長、いたんですか?」
レイカが自分の雇い主に失礼なことを聞く。
「今日は研究所に用事があったから」
「それで、究視主任が無理難題を言い出したとか?」
「無理難題じゃないですって。今度、このマリナちゃんの高校でアーマードギアを使った男子争奪戦が行われるらしくて、せっかくだから研究中のアレのデータ取りをしたくて……」
レイカは、やって来た社長と所長に熱弁を振るった。2人の経営陣が渋い表情をしているのは、企業秘密に関わることだからだろうか。先の職員の反応からしても、部外者のマリコやマリナが聞いていいことなのか、判らない。
「はぁ、仕方がないわね。負けたわ。いいわよ、あなたの好きにして」
しばらくして、社長が諦めたように言った。レイカの押しに負けたようだ。それでも、完全に自由にさせるわけにはいかないのだろう、レイカに情報を曝け出し過ぎないようにしっかりと釘を刺し、職員にも手綱を握っておくよう指示している。
彼女たちの話が終わるまで、マリナとマリコは静かに待っていた。
話が終わると、社長と所長はマリコとマリナに別れを告げて、会議室から退室した。レイカは早速、中断していた話を再開した。
「ライブギアとアーマードギアの違いの話だったね。ライブギアとアーマードギアは、使っているオーキス・リアクターの出力で決まるのよ」
「出力?」
「そう。法的には、リアクター出力20kW未満がライブギアで、20kW以上がアーマードギア、と定義されているのよ」
マリナはレイカの講義を真剣に聞く。これから使うことになるアーマードギアのことを良く知っておかなければならない。
「実際のところ、ライブギアはだいたい10kW以下、アーマードギアは100kW以上で、10kから100kの間はあんまり使われないのよね。
それは置いといて、ギアってオーキス・リアクターで発生したオーキス・エネルギーをオーキス・ジェネレーターに通して電力に変換して、それで各部のモーターを動かすって仕組みでしょ?
それで最初の危険性になるんだけど、ライブギアと同じつもりでアーマードギアを使うと、出力が大きすぎてぶっ飛んでちゃうわけよ」
「えーっとつまり、練習しないと振り回されちゃう、ってことですか」
マリナはレイカの説明を頭の中で噛み砕いて理解した。
「そうそう。それで、これがライブギアに使われているオーキス・リアクターね。これはモックアップだから形だけだけど」
レイカは、職員が持ってきた箱から、蘭の花にも似た形のオーキス・リアクターのモックアップを取り出した。
マリナのライブギアに使われているオーキス・リアクターと変わらない、掌に乗せると少しはみ出る程度の大きさのモジュールだ。
「それでこれが、う、重い……」
顔を顰めたレイカは、背負ったライブギアを起動すると右腕だけマニピュレータを展開し、箱からもう一つのモックアップを取り出してテーブルに置いた。
「これが、アーマードギアで使われるリアクターね。このモックアップ、形と大きさだけじゃなくて重さも再現してるから」
ライブギアに使われているよりも一回り大きく、ふた回りほど厚いそれを、マリナは持った。
「重、い」
レイカが言った通り、確かに重い。しかし、生身で持てないほどではない。片手で持ち上げるには骨が折れるが、両手を使えば問題なく持てる。レイカはどれだけ非力ないのだろう?とマリナは他人事ながら心配になってしまう。
「最大出力によって、多少変わるけどね。それで1000kWサイズ前後かな」
「その割に、小さいんですね」
「その分、中身が詰まっているから。それで、ここからが本題なんだけど」
「ちょーっとお待ちを」
レイカの職員が遮った。
「何? いいところなんだけど」
「先を話す前に、お2人には守秘義務契約を交わしていただきます」
「あー、そんなのあったわね」
レイカが面倒くさそうに言った。
「守秘義務契約?」
マリナには何のことだか解らない。
「はい。ここからは弊社の機密事項が絡んだ話になります。ですので、他言無用の約束と破った場合の罰則について、契約を交わして戴きます」
職員がボード・デバイスを操作すると、マリナのブレスレット・デバイスに通知が届いた。マリコにも。
内容を、母に解説してもらいつつ確認し、マリコの指摘で何箇所か訂正する。
(そういえば、ライブギアのモニターの時にも、こんな契約交わしたっけ。もっと緩い感じだったけど)
マリナは背負っているライブギアを意識しつつ、契約書の内容に同意した。
「これでいいわね。今回用意するアーマードギアだけど、ウチで試作している新技術を導入しようと思うの」
レイカは嬉々として話し出した。
……終わらなかった……