003 男子争奪戦への意気込み
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××年度 井久佐野高校 男子争奪戦
■日程
準備期間:4月〜5月
・参加者はこの期間にその意思を表明。
・期間中、放課後にアーマードギアの講習あり。
参加は自由。
予選:6月第1月曜日〜翌金曜日
本戦(トーナメント):6月第3火曜日〜金曜日
■ルール
予選:
・期間中、授業は午前中で終了。
・予選時間は昼食後から18時まで。
・参加者は開始時1ポイントを所持。
・争奪戦管理委員(教師)遠隔立会いの元、対戦。
勝者は敗者の持ちポイント加算。
敗者に減点はない。
・同一カードでの対戦は期間内に1回に限る。
・場所は一般教室棟・特別教室棟・駐車場を除く
構内。
・途中辞退可。
本戦:
・予選獲得ポイント上位16名による
1対1のトーナメント戦。
・構内の競技場で実施。
■装備
・アーマードギアを使用。用意は各自にて。
斡旋あり。資金補助あり。
・ライブギアでの参加も可。ただし推奨はしない。
・オーキス・リアクターの出力は計1000kW以下
・炸薬の使用は禁止。
■設備
・構内の駐車場にコンテナルームを設置する。
・ギアメンテナンスのための外部協力者の入場も可。
・設備の持ち込みはコンテナルームに納まるだけ。
■その他
・争奪戦の内容は、成績には一切反映されない。
・争奪戦での負傷に関しては、学校側が治療費を
全額負担する。再生医療も適用。
・ギアの破損は各自で対処。資金の補助はあり。
・ギアには学校から配布する認識チップを組み込む
こと。
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入学式が終わって教室に戻っても、生徒たちは騒めいていた。
入学した唯一の男子生徒を巡っての、全校生徒による争奪戦っ!
これで騒がない方が無理というものだ。人工精子による妊娠・出産が一般的な社会にあって、天然精子を得られる数少ない機会とあれば、興味を惹かれるのも当然と言える。
「マリナはどうするの?」
騒めく教室の中、ミレイがマリナに聞いた。その口振りから、ミレイ自身はこの争奪戦に積極的ではなさそうだ。
「うーん、ちょっと頑張ってみようかなぁ、って思ってる」
マリナはマリコから、マリナを身籠もるまで何度も人工精子センターに通ったと聞いていた。
今は子供を持つこと自体にあまり関心のないマリナだが、人工精子よりも妊娠率が高いと言われる天然精子を得られるなら、(頑張ってみようかな)と考えていた。
「だけどアーマードギアなんて用意できるの?」
「それはなんとかなると思うけど、問題はメンテだよね」
市販されていないアーマードギアは、ライブギアに比べて値が張る。それでも購入するだけなら一般家庭でも不可能ではない。
しかし、メンテナンスは問題になるだろう。普通の生活での使用ならギアがそれほど傷むことはないが、戦闘となればそうはいかない。よほど一方的な蹂躙でもない限り、1戦闘で傷だらけになることは想像に難くない。
「それにさ、相手は同級生だけじゃなくて上級生もいるんだよ? 1年生は絶対に不利じゃない」
「うーん、そうでもないと思うよ。先輩たちも、アーマードギアを使うの初めてだろうし」
「だけど、今までにも男子争奪戦ってあったんじゃない?」
そう言いながら、ミレイはブレスレット・デバイスで高校の過去の入学者情報を検索した。
「ほら、前に男子生徒が入学したのって11年前じゃない。だから、今の2、3年生もアーマードギアの経験はないよ」
ミレイの検索結果を覗き込んだマリナが言った。
「それにしたって、上級生に凄まれたりしたら身が竦んじゃわない?」
「それはあるかも知れないけど……2ヶ月あるから、その間にギアの用意だけじゃなくて精神面も鍛えれば」
「いやいや、精神なんてそう簡単に鍛えらんないっしょ」
「そうかも知れないけど、そこは腹を括るしかないでしょ」
「腹を括るなら精神を鍛えるも何もないじゃない」
「そうなんだけどね」
呆れたように言ったミレイに、マリナが返事をしたところで、担任のカヤが唯一の男子新入生セイジを連れて教室に戻って来た。入学式に参加した母親たちも、後ろのドアから教室に入って来る。
「改めて紹介するわね。これから1年一緒に勉強する、鞘守セイジくんです」
「鞘守セイジです。よろしくお願いします」
生徒たちが拍手と猛禽のような視線で迎える。セイジが軽く震えたように見えたのは、気のせいではないだろう。
セイジが一番後ろの席に着くのを待って、男子がいることでの学校生活の注意事項が伝えられた。もっとも、それほど大したものではない。男子がいるからといって授業中に意識を逸らすな、など、その程度の軽いものだ。
その後、主に保護者たちから学校の生活について説明が飛んだ。学校生活というより、争奪戦についての質問がほとんどを占めた。
高校生同士の対戦とはいえ、その内容はアーマードギアを使った戦闘なのだから、親が心配するのは当たり前と言える。一般販売されていないアーマードギアを、高校生が自力で手配することは困難であることを考えれば、争奪戦への参加を希望する生徒の最初の難関は、母を説得することになりそうだ。
(お母さんは……許してくれるかな?)
担任と親たちの間の質疑を聞きながら、マリナはそっと教室の後ろの母を窺い、一緒にセイジの様子も窺った。
この騒ぎの中心たるセイジは、戸惑ったような表情で顔を固めていた。
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「お母さん、もういい?」
男子争奪戦について、帰りの自動車の中で口にすると『家に帰ってから』と言われ、家に着いたら『着替えてから』と言われて、やっと居間に落ち着いて話すところ。
もうこれ以上待たないぞ、というオーラを纏って、マリナはマリコに迫った。
「ええ。それで、出場たいの?」
マリコは娘を落ち着かせるような、静かな、それでいて重い口調で言った。
「うん、そう。天然精子の方が妊娠率高いんでしょ? それなら、滅多にない天然精子を獲得できる機会なんだもん、やって損はないと思うんだけど」
マリナとしては、駄目元のつもりではあった。学校からの斡旋や補助があっても、マリナが自分の小遣いで購入するのはまず不可能だから、マリコに頼るしかない。
そして、妊娠率が低いといっても人工精子は天然精子と違っていつでも自由に入手できるので、無理に天然精子に拘る必要はない。
だから、マリコが首を縦に振る確率は50パーセントくらいかな、とマリナは見込んでいる。
「そうは言ってもマリナ、高校生で妊娠・出産したら大変よ? 産まれた子をどうやって育てるつもり? お祖母ちゃんが生きていれば少しは面倒を見てくれたかも知れないけど。先に言っておくけど、私を当てにしないでよ。最初からそのつもりなら、自分で働くようになるまで、子作りは待つべきね」
母の質問に対する答えを、マリナは用意していなかった。だからといって、ここですぐに諦めるなら、最初から望んだりはしない。
マリナは脳のシナプスを全力で活性化させた。
「ええっと、出産補助とか養育補助とか、色々と補助金があるよね。それをフル活用して予算を確保して、学校に行っている間は保育園に預ける。学校が終わったらすぐに迎えに行って出来るだけ一緒に過ごして立派に育てる」
実際のところ、どの程度の補助を受けられるのか、マリナは知らない。それでも、少子化の流れから抜け出せていない現在の社会で、育てるのに困らない程度の補助は受けられるはず、と考えている。
「一応、考えてはいるのね」
「そりゃ、精子をもらおうって考えるくらいだもん、考えなしなわけないじゃん」
実のところ何も考えてはおらず、今マリコに聞かれて必死で考えただけだが。
「それにしても、ギアはどうするの? 収入はそれなりにあるから用意するのは可能だけれど、戦闘になるんでしょう? ライブギアなら水の補給だけしておけば一年くらいは放っておいても問題ないけれど、アーマードギアは戦闘のたびにメンテナンスが必要になるわよ? その費用までとなると、用立てできるか怪しくなっちゃうわね」
先のことになる子供のことは考えていなかったマリナも、このことは考えていた。
「それなんだけどさ、お母さんからレイカさんに頼んだら、何とかならないかな?」
「レイカに? 確かに、マリナのライブギアもレイカに頼んだけれど、アーマードギアは守備範囲外じゃないかしら」
究視レイカは、マリコの学生時代からの友人だ。ライブギアの製造メーカーに研究員として務めている。マリコは、友人としてだけでなく、オーキス・リアクターの燃料である精製水メーカーの社長として、レイカの勤める会社との付き合いも持っている。
間も無く市販される予定の2肢タイプのライブギアを、マリナが中学生の時から使っているのは、レイカの開発したライブギアのプロトタイプを、モニターとして使用しているからだ。
モニター期間はすでに終えているが、気に入ったマリナは試作品をそのまま譲ってもらい、使い続けている。
「レイカさんの勤めている会社、警察とかのアーマードギアも作ってるんでしょ? なら、レイカさんもアーマードギアの研究もしているんじゃないかな。それに、争奪戦に参加する子はほとんどが既製品のギアを買うかレンタルすると思うんだよね。それよりは、レイカさんが趣味に走ったプロトタイプの方がアドバンテージは上だと思うし」
「それはそうね。普通は、プロトタイプと言ったら材料も一段も二段も低い物を使うけれど、レイカが拘ったら量産品を超える性能のものを作るでしょうし。理由を聞けばますます張り切るだろうし」
その様子を直に見ているように、マリコは目を細めた。
「それに、期間が長くても3週間程度だから、メンテナンス費用も全部持ってもらえるんじゃない? それは都合良すぎるとしても、お願いして損はないでしょ?」
「確かにね。普通の試作品なら、ライブギアはともかくアーマードギアを使わせようとは思わないけれど、レイカがその気になるなら。だけど、彼女がアーマードギアに興味を示さなかったら、無理よ。その時は量産品で我慢するか……とにかく考えましょう」
「じゃ、お願いしてくれるの?」
「いいわ。すぐに聞いてみましょう。準備期間は2ヶ月しかないんだから」
母の答えに、マリナは顔を綻ばせた。あの、研究熱心なレイカがアーマードギアに興味を示さないわけはない。これでおそらく、ギアの心配はないだろう。