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002 男子争奪戦

 マリナとマリコは井久佐野高校に到着すると、駐車場に停めた自動車を降りて昇降口に向かった。2人以外にも何人もの母娘が自動車でやって来て、同じ方向へ歩いて行く。

 昇降口まで連れ立って来た2人組はそこで別れ、制服に身を包んだ娘は校舎の中へ、フォーマルな服装の母親は校舎沿いに体育館へと歩いて行く。


「クラスは解っているの?」

「えーっと、うん」

 マリナが腕のブレスレット・デバイスに触れると、空中に浮かんだスクリーンにマリナの名前と[1A]の教室番号、それにマリナの出席番号が映し出された。


「場所も?」

「うん」

 マリナの指が[1A]の表示に触れると、校舎図に切り替わる。現在地である昇降口からのルートも赤く浮かび上がった。


「それならマリナも迷わないわね」

「もう、あたし別に、方向音痴じゃないよ。お母さんこそ平気なの?」

「マリナ以上にね。体育館は校舎の中にあるわけじゃないから、場所さえ判っていれば迷いようがないわよ」

 マリコも自分のブレスレット・デバイスに構内図を映し出す。彼女の言う通り、校舎内に比べてルートは単純だ。


「それなら迷いようがないね。それじゃ、一旦別行動だね」

「ええ。また後でね」

 マリナは手を振ってマリコと別れ、校舎に入った。

 昇降口のマットの上に数秒間立ち止まり、靴の裏の汚れが落とされるのを待ってから、先へと進む。


 昇降口の先、左右に伸びる廊下を右に行くと特別教室棟で、今はそちらに用はない。

 マリナは左手に進んで一般教室棟に入り、突き当たりを右に曲がって教室の並ぶ廊下を歩いて行った。


(1年生の教室は1階だから、階段を登る必要がないのは楽かな。1Aは一番奥なのがちょっとだけど)

 1E、1D、……と教室の横の廊下を通り過ぎて行く。どの教室もドアは開かれ、廊下側の壁もはめ殺しのガラス窓になっているので、マリナより早く来ている生徒たちの姿が見える。

 見知った顔もあったが、目が合ったら軽く手を振るくらいで済ませて、今は自分の教室を目指す。


 1Aの教室には、すでに10人ほどの生徒がいた。1クラスの生徒数が20人なので、残りは約半数ということになる。

 マリナは教室を見回して、既に来ていた生徒の一人に目を留めると、表情を緩めてその生徒へと近付いた。


「ミレイ」

 マリナが声を掛けると、小学生の頃から仲のいい匙真(さじま)ミレイが振り返った。彼女と話していた3人も、マリナやミレイと同じ中学の出身だ。


「マリナもこのクラスなんだね」

「うん。この人数で5人いると……あと3、4人は井久佐野中出身者いるかな」

「さすがにそれは多くない? ウチで合格したの、30人くらいでしょ?」

 同じ市内なだけでなく、距離も近いので、マリナと同じ中学からこの高校に進学する生徒は毎年多い。今年も、新入生の1/3ほどを占めている。


「ところでなんだけど、机1つ多くない?」

 同じクラスになった喜びを分かち合った後、会話の切れ目にマリナが言った。新入生は100人で1学年5クラスなので、1クラスの人数は20人で間違いないはずだ。

 けれど、この教室には5×4に綺麗に並んだ机の後ろにもう1つ、それだけ外れたように机が置かれている。


「今年は特別に101人合格したとか? 試験の得点が同じだったとか」

「それでも順位付けすると思うけど」

「他のクラスには余計な机はなかったね」

 1つ多い机の謎について話しているうちに残りの生徒と、最後に教師がやって来た。そこで話を切り上げ、みんなが出席番号順に定めれた席に着く。


「皆さん、初めまして。私はこのクラスの担任を務めることになった、愛澤(あいざわ)カヤです。これから一年、よろしく。

 今日の予定ですが、この後、体育館に移動して入学式になります。その後、教室に戻って学校の生活や授業について説明するわね。今年は例年より説明が多いので、最後までしっかりと聞くように」

「はい」

 カヤの言葉にマリナが首を傾げていると、1人の生徒が手を上げた。


「はい、鷹喰(たかばみ)エリカさんね。何かしら?」

 カヤはすでに生徒の顔と名前を一致させているようだ。手を上げた生徒の名前を口にして、発言を促した。


「今年は何か特別なのですか?」

「それは入学式の後で説明があります。今、話しても2回聞くことになるので、入学式を待つように」

「はい」

 望んだ答えではなかっただろうが、エリカは素直に頷いた。


「それでは、入学式の前にロッカーの登録を済ませましょう」

 教室の後ろにはロッカーが22個並んでいる。2個は予備だ。最初に奇数の出席番号の生徒たちが登録に行き、出席番号6番のマリナは、奇数組と交代して教室の後ろに行った。


 6の数字が書かれたロッカーの前に立ち、扉を開けて裏のスイッチを登録モードに。扉を閉めて正面のパネルに手を当てる。パネルが朱紋と静脈を読み取り、さらに虹彩が走査される。それが終わると、パネルが柔らかい緑色に光った。

 扉を開けてスイッチを確認モードに変更し、扉を閉めてもう一度パネルに手を当てる。パネルは問題なく緑色の光を発した。

 最後に扉のスイッチを通常モードに戻して、登録は完了した。


 全員のロッカー登録が終わると、入学式のために体育館へと移動する。


(そういえば、一番後ろの机、空いたままだね。ロッカーと同じで予備? だけど他のクラスには予備の机なんてなかったし……)

 首を傾げつつも、マリナは他のクラスメートたちと共に、体育館へと向かった。



 ××××××××××××××××××××××



「……以上で入学式を一旦終わります。この後、連絡事項がありますので、新入生の皆さん、それにお母様方も着席したままお待ちください」

 入学式の司会を務めた教師が式の終了を告げると、マリナはフッと肩の力を抜いた。周りの生徒たちにも弛緩した空気が広がる。


 体育館の演壇の前には、新入生とその親たちが、左右に分かれて並べられた椅子に座っている。その後ろにも、同数の椅子が並べられていることに、新入生たちも親たちも気付いている。


(先生、さっき『一旦』終わり、って言ったよね。連絡事項と言いつつ、入学式の続き?)

 マリナがそんなことを考えつつ、今日からクラスメートとなった生徒たちとざわざわしていると、体育館の入口から上級生が入って来て、新入生と保護者たちの後ろに並んでいる椅子に座っていく。


「静粛に願います」

 全校生徒が席に着いたのを見計らって、さっきとは別の教師が司会を務めた。ざわざわしていた体育館内から、声が消えてゆく。


「まずは、新入生の皆さん、入学おめでとうございます。これから3年間、互いに切磋琢磨して、充実した高校生活を送ることを願います。

 さて、皆さんの入学式は先程終えましたが、今年は特別にもう1人、新入生が入学します。鞘守(さやもり)セイジくん、前へ」

「はい」


 司会の声に応じて返事が聞こえ、舞台袖から1人の生徒が出て来た。体育館にどよめきが走る。男子が入学することは、これまで噂にも上らなかったから、それも止む無しだろう。

 舞台の反対側からは校長が出て来て、2人は舞台中央の演台で向かい合った。


「鞘守くん、ようこそ井久佐野高校へ。これから3年間、同級生たち、先輩たたちと共に、充実した高校生活を送ってください。入学おめでとう」

「ありがとうございます」

 2人の声がマイクで拡声されて、体育館に広がる。その後、2人は整列している生徒たちと新入生の母親たちに身体を向けた。


「全校生徒の皆さん、新入生保護者の皆さん、本年度はこの通り、1名の男子生徒が入学することになりました。ご存知の通り、高校生の年齢からは、男子は女子に天然精子を提供できるようになります。

 そこで、当校では今年から3年間毎年、鞘守くんの天然精子を1年間独占する権利を賭けて、アーマードギア着用の争奪戦を開催します」


 体育館が先程よりも大きくどよめいた。生徒たちだけではなく、母親たちも。もっとも、母親たちには娘を心配する気持ちも多分に含まれているだろうが。


「皆さん、静粛に」

 司会の教師がマイクに向かって言った。さんざめきは完全にはなくならないものの、静かになる。


「ここから説明を引き継ぎます。

 争奪戦は、毎年4月と5月を準備期間とし、6月に行います。12日間で予選を行い、予選の上位16名でトーナメント形式の本戦を実施、優勝者はそれから翌年の5月いっぱいまで、鞘守くんから天然精子を受け取れる権利を得ます。最後の3年目は3月までになりますが。

 争奪戦の詳細ですが、準備期間の間に……」


(男子の入学生……クラスはきっと、あたしと同じ1Aだよね。机が余分にあったのは、このためなのね。天然精子……特別欲しいわけでもないけど……確か、子供のできる率が人工精子より高いのよね。ちょっと頑張っちゃおうかな。でも、アーマードギアって用意できるのかな? お母さんに頼んで、レイカさんに頼めば……なんとかなるかな?)

 教師の説明を聞きながら、マリナは自分でも意識せず、男子争奪戦について考えていた。

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