019 夜襲
月のない暗闇の中、エリカは公園の森の中を木に隠れながら進んでいた。両手には、このバトルロイヤルのために用意した、黒塗りの短剣。マリナからバトルロイヤル共闘の話を受けた時、このようなこともあろうかと、なければ自分から提案しようとしていたので、用意した新武装だ。
(マリナのように、塹壕まで掘って拠点を築くような物好きは、ひと握りでしょう。開けた場所で無防備に休む莫迦もいないでしょうから、休んでいそうな場所は限られますね)
そうは思っても、公園は広い。立ち並ぶ木々のお陰でセンサーでも遠くまでは察知できず、隠れている参加者を探すのは大変だ。
拠点を離れてから約40分、エリカは視界に2人の参加者の姿を捉えた。2人は少し離れて、それぞれ別の木を背に座って別の方向を向いているものの、共闘しているものと思われる。
エリカのアーマードギアのセンサーにはまだ見えていないので、向こうも気付いていない可能性が高い。
(せっかくですから、2人とも戦闘不能にしておきたいところですね。けれど、2人の位置関係が悪いですし、無理は禁物。ここは1人だけでも。万一失敗したら、すぐに離脱)
雑な計画を立てたエリカは、2人の横側へと回り込むように移動した。2人との距離を目測し、深呼吸して息を整える。周囲を見回し、センサーにも反応がないことを確認してから、最初のターゲットに選んだ右の参加者に向かって一気に地を駆ける。
「リンっ」
目標まであと5メートル、というところで、目標の相方が素早く立ち上がってエリカに向けて武器を構えた。2人とも眠っているか、少なくとも気を抜いていると思っていたエリカだったが、1人は見張りをしていたようだ。
気付かれたものの、エリカはそのまま地を蹴って、目標に迫る。アーマードギアを身につけていたら、5メートルなどひと蹴りだ。
「え!?」
『リン』と呼ばれた参加者も慌てて立ち上がり、エリカに顔を向ける。エリカは素早く横に飛んで彼女の背後に回り込み、逆手に持った短剣で目の前の標的の背中を切り上げた。
ザシュッ。
霞む剣身が、背中のオーキス・リアクターを呆気なく二分する。通常ならそう簡単に斬り裂けるものではないが、高速で振動するエリカの剣の前には豆腐のようだ。
「リンっ、頭下げてっ」
ブンッ。
刀身2メートルはあろうかという剣が横薙ぎに振るわれ、リンの背にしていた木の幹をまるで存在しないように斬り払った刃がエリカに迫る。
エリカは後ろに身体を仰け反らせ、半ば背中から倒れるように回避、背中の超伝導スラスターを一瞬だけ起動して背面飛行で距離を取る。短剣を持ったまま両手を地面についてバク転、立ち上がると向きを変えて、森の中へと逃げ出した。
(やはり2人は無理でしたね。ですが、1人でも脱落させられたのは上々です)
追撃を警戒しつつ、木々の間を縫うように走るエリカ。幸い、と言うべきかどうか、追撃はなかった。
木の陰に隠れるように移動していたエリカは、突然サッと横に飛んだ。エリカがさっきまでいた場所に、上から別の参加者が舞い降りた。エリカと同じく両手に短剣を持った彼女は、2年生の霧崎シノブだ。
シノブは、避けられたと見るやすぐさまエリカに向けて斬りかかる。
(まずいですってっ。短剣はメインウェポンではないのですからっ)
内心で慌てつつ、シノブの攻撃を剣で受け、躱すエリカ。受けた剣を跳ね上げ、その隙に後退するも、シノブが追い縋って来る。せめて左手をいつもの盾に変えたいところだが、闇討ちだけで戦闘を行うつもりはなかったので、拠点に置いてきてしまった。
逃げの一手だったエリカは、一転して攻勢に出る。右手に握った短剣で素早く斬り付ける。刃がブレる。
「おっとぉ」
シノブは半身になって剣閃を躱し、逆にエリカに攻撃を仕掛ける。エリカは左手の短剣で攻撃を受け止め、自身は右手で攻撃する。短剣の二刀流でありながら、普段の剣と盾を装備したような動き。
互いに剣を突き出し、身を躱し、剣を受け、攻撃を逸らす。やや焦り気味のエリカに比べて、シノブは余裕がある。
(この子、双短剣よりも長剣と盾の方が得意そうね。そういえば1年にそんな子がいたはずだけど……ギアが違うわね)
エリカもそこそこの高ポイント所持者なので、シノブもチェックしていた。しかし、アーマードギアの色を変えていたため、エリカがその1年生であることに気付かない。気付いたところで、何が変わるわけでもないが。
余裕のあるシノブがエリカの動きから、得物が普段の物ではないと考察し、ならば隙を作って一気に攻め落とす、と右手の短剣で攻撃を仕掛け、エリカに左手で受けさせ、右手に隠すように左手の剣でエリカの懐を狙う。
エリカは剣を受けた左手を押し込むようにしながら身体を回転させてシノブの攻撃を避け、目の前に突き出されたシノブの剣を、右手の短剣で切り上げる。
キンッ。
「はぁっ!?」
シノブの短剣の3分の1ほどが斬り落とされ、宙に舞った。武器の質は同程度だろうと見積もっていたシノブは、思わぬ痛手を受けたことで一旦エリカから距離を取る。
その機を逃さず、エリカはシノブに向かって突進、シノブはジャンプしてそれを躱し、木の枝に登った。
エリカは、自分の攻撃を躱したシノブを振り返ることなく前進し、森の中へと消えた。
「は? あれだけ勢い良く突撃してきて逃げる??」
枝の上からエリカを探すが、もう見当たらない。最後のエリカの攻撃は、撤退するためのブラフだったようだと判断したシノブは、木から飛び降りた。
斬り落とされた剣先を拾い、その切り口を見て、残った剣と合わせてみる。切れ目が判らないほどに、スッパリと斬られている。
「はぁ、これは振動刃を使ってるのか。そりゃ斬られるわけね。まあ、仕方ないわね。あれだけの手練れを仕留め損なったのは残念だけど、まあいいわ」
シノブは剣を納めると、木の枝に飛び乗り、枝から枝へと飛び移ってその場から立ち去った。
一方のエリカは、木々の間を縫うように駆けていた。しばらく走って木の陰に身を隠し、周囲を窺った。しばらくしてから、詰めていた息を吐く。
(はぁ。わたくしたちと同じようなことをしている生徒がいるとは思っていましたが……戦闘になるとは思いませんでしたね。交代の時には、マリナにも注意しておかないと)
ゼリー飲料を取り出して喉に流し込み、気持ちを引き締める。
(時間まではまだありますね。次に行きましょう)
エリカはまた、慎重に歩き出した。
××××××××××××××××××××××
アーマードギアに設定したアラームの音で、マリナは目を覚ました。横たえていた身体をもぞもぞと起こすと、隣でリコものっそりと起き上がった。
「ふぁ。おはよ」
「おはよ。真夜中だけどね」
時刻は午後11時50分。2人は用意していたおしぼりで顔だけ拭き、ゼリー飲料で水分補給をしてから外に出た。
エリカはすでに戻って来ていた。
「おはよ。こんばんはかな。どうだった?」
「おはよう。まずアタシから。異常なし。静かなもんだったよ」
見張りを担当していたナオコが言った。公園の端に近いので、夜中にここまで来る者がいなかったのだろう。
「わたくしの方ですが、3人を戦闘不能……と言いますか、オーキス・リアクターを破壊しました。もう1人行けそうだったのですが、背中にあったのはダミーのようで、逃しました」
「いや、3人も倒せたら十分すぎるよ。ねぇ」
エリカの報告にリコが言い、マリナとナオコも頷いた。
「ありがとうございます。それで、報告の詳細ですが……」
エリカが得て来た情報を、3人は口を挟まずに聞いた。
「木の上から襲われた、かぁ。暗殺者みたいね」
「あるいは忍者ですね。さすがに寝ずに行動するとは思えませんが、マリナさんは十分に注意してください」
「うん、解った。リコもね。見つからないように、見つかったらすぐに2人を起こす」
「解ってるって」
「それともう1つ、今思ったのですが、オーキス・リアクターを分散していると、わたくしが倒した3人も、倒しきれていないかも知れません」
「その可能性もあるね。でも、戦闘力は削れてるわけだし。うーん、一応、遭遇した場所も共有して。そこに居続けるとも思えないけど、念のため」
「わかりましたわ」
情報の共有を終えると、エリカとナオコは拠点の中で就寝し、リコは見張りに立ち、そしてマリナは夜の森へと入って行った。
(ああは言ったけど、エリカと同じルートを辿るのは無駄だよね……よし、別ルートで行こう)
拠点を離れたマリナは、一度立ち止まって少し考えると、公園の外縁に沿って探索することにした。拠点を構えるかどうかは別にして、夜を過ごすなら後背の憂いを断つ為に、バトルロイヤルの戦闘領域の端で休むのでは、と考えたためだ。
(見つけた。って、近過ぎっ)
拠点を離れて僅か15分、マリナは迷彩柄のテントを見つけた。まさか、自分が選んだ拠点のこんな近くに別グループがいるとは、思ってもいなかった。
地に身を伏せて匍匐前進で近付き、センサーで探ると、テントの中には2人の参加者が寝ているようだ。
(この2人をどう倒そうか……こっそり入るわけにもいかないし、テントごとぶった斬るわけにも……よしっ)
マリナは右腕に盾のように装着したウェポンパックの刃を展開した。オーキス・リアクターと超伝導スラスターのユニットを外されてコンパクトになっているウェポンパックの左右から飛び出した刃が半回転し、ガチンッと結合して槍先になる。
ランタンシールドとなった武器を手に、マリナは匍匐前進でさらにテントに近付いた。
マリナのアーマードギアのセンサーは、稼働中のオーキス・リアクターに反応する。テントの中にいる参加者のセンサーがどんなものかは判らないが、マリナと同じタイプなら気付かれていてもおかしくはない。
しかし、マリナがテントのすぐ横に来ても、ゴソゴソと動く気配はあるものの、飛び出てくる様子はなかった。
マリナは、伏せていた体勢から一息で立ち上がってテントを引っ掴み、アーマードギアにより強化された腕力でテントを投げ飛ばした。
「何っ!?」
テントの中の2人は熟睡まではしていなかったようで、すぐに飛び起きた。マリナはテントの破壊の直後に体勢を低くして相手の視界から外れ、1人の背後に忍び寄って槍先を分離、鋏にしたそれでオーキス・リアクターを破壊する。
「あっ!」
「サヤっ!?」
暗闇を利用してすぐさまもう1人の背後を取る。同じようにオーキス・リアクターを鋏で切り砕こうとした時、マリナの気配に気付いたのかただの勘か、相手は前転するようにマリナの攻撃を避け、振り向いた。
しかし彼女の瞳には、攻撃を躱された時点で逃げの一手を打ったマリナの姿は、映らなかった。
(ふう。2人連続は無理か。もっと速く動ければいいんだけど。まあいいや。拘らずに次に行こう)
そんなことを考えつつ、マリナは林の中を慎重に移動する。夜はまだ長い。