017 目標捕捉
公園のあちこちから、ゴッゴォンッ、ドッパァンッ、と派手な音が聞こえてくる中、マリナはリコと共に、地道に他の参加者の持ち物を破壊していった。
「マリナ、待って。ええっと2時半方向、誰かいるみたい」
「了解」
小声で話して、進行方向を変える。少し進むと、森の中に作られた遊歩道を歩く参加者の姿を視界に捉えた。
「荷物は……持ってないね」
「あたしたちみたいにどこかに隠したか、それともギアに収納してあるだけなのか」
「どっちにしろ……」
「パスッ」
「だよね」
軽く笑い合って、出て来た森の中へと引っ込もうとしたその時。
突然、周囲を警戒しながら遊歩道を歩く参加者が突き飛ばされるように倒れた。
「……っ」
「駄目っ」
マリナは、飛び出そうとしたリコの肩を掴んで止める。リコが振り返ってキッとマリナを睨んだ時。
ドッパァンッ。
銃声が響いた。
「何っ? 今の」
「多分、銃声。誰かに狙撃されたんだと思う」
「狙撃!?」
「だから、出てったら危ない」
「でもあの子は……」
「あの様子だとリタイア宣言するから大丈夫だと思う。それより面倒になったね。森や林から出たらヤバいよ」
「目の前で苦しんでいる子がいるのにマリナ、意外とドライだね。面倒なのはその通りだけど。どうするの?」
「気付いたのがあたしたちだけってことはないと思うし、他の人に任せることもできる。だけど……」
「いつになるかわからないよね。始末された後も、気付かなかったら警戒を続けないといけないし」
結局、良案も出ず、今まで通りに森や林から出ないでターゲットを探すことにした。狙撃された参加者の元へは、2人が立ち去る前に医療ロボットがやって来たので、問題はないだろう。
2人が次に見つけたのは、繁みの中に誰かが隠したのであろうコンテナだった。
「トラップはなさそうかな?」
「見たところ、大丈夫そう。センサーにも反応はないし」
「蓋は……開かないね。当たり前だけど」
「じゃ、お願いしていい?」
「もちろん。ちょっと下がってて」
マリナはガチャッと槍先を開き、鋏にしてコンテナを挟み、切り裂いた。
バギャンッ。
派手な音と共にコンテナが2つに分断され、中身が零れた。2人は水を捨て、少し離れた場所に穴を掘って食糧を埋める。
「こんなもんでいいね」
「じゃ、さっさと逃げよう」
2人はコンテナの主が戻って来る前にと、速やかにその場を立ち去った。
「あ、あれは」
「見つけた?」
「うん、あそこ。C組の物里さんかな」
遊歩道の端の林の中を進行中、道の幅が広まった場所で遊歩道の反対側にリコが見つけたのは、彼女の知り合いのようだ。
マリナは、昨日のうちに学校のデータベースからダウンロードしておいた参加者情報を検索する。1年C組出席番号17番、物里ナグリ。昨日時点で84ポイントなので、比較的上位者だ。
「荷物ないから、パスだね」
「あ、ちょっと待って」
見つからないようにスルーしようとするリコを、マリナが止めた。
「どしたの?」
「うん……考えたんだけど、この広い場所で戦闘したら、狙撃されると思う?」
「え? うん、その可能性はある、いや、高いと思うけど」
「だったら、あたしちょっと、物里さんと対戦してみる」
「いいの? 作戦と違うけど」
「うん。それで、狙撃されたら、リコは弾がどこから飛んできたか見て欲しいの」
「そんなの判らないと思うけど」
「大体の方角だけでいいから。そしたら、あたしが戦闘を中断して狙撃手を倒してくる」
「ちょっとっ。そんなことできるのっ!?」
「なんとかなるよ。あ、弾が飛んできた方向にレーザー撃ってくれればいいから。その後は上手く逃げてね」
「ちょっとっ」
「あ、物里さんが行っちゃう。あとよろしく」
「マリナっ、ちょっ、もうっ」
リコが慌てるものの、マリナは林から飛び出した。
マリナは、ナグリに槍先を向けてレーザーで威嚇射撃しつつ、遊歩道の広くなった中央付近に立つ。反対側の林から濃緑色の地色に青い彩りのアーマードギアを装着したナグリが広い場所に出てきた。
「ワタシに喧嘩売るのはアンタ? ってかその武器、もしかして、茅吹マリナ? の2Pキャラ?」
自分の名前がナグリの口から出て『あたしも有名になったもんだ』と思ったマリナだったが、最後の言葉を聞いてズッコケる。
「2Pキャラって何よ。確かに色は変えてるけど」
隠密性を上げるために変えた色を、ゲームの色違いキャラに擬えられて、マリナは口を尖らせる。しかし、余裕に構えていられる時間は長くない。
「高得点者には退場してもらわないとねっ」
言うと同時に、ナグリはメイスを横に構えて地を蹴った。マリナは両足をやや開いて立ち、ナグリのメイスの射程に入る前に、横に構えた槍を思い切り振るう。
ナグリは咄嗟にメイスを縦にしてマリナの槍を受け、横に飛ばされる。槍を受けた瞬間に自らも横に跳んでいて、ダメージはほとんどない。
「やっぱりリーチの差は大きいな」
「降参する?」
「するわけないだろっ」
そう来なくちゃ、とマリナは思う。ここは出来るだけ時間を引き延ばして、どこからか撃ち込まれるてあろう弾丸の射点を推定したい。
マリナは今、オーキス・リアクターの出力を20パーセントにまで引き上げ、それによって得られたエネルギーのほとんどを電磁シールドに割り振っている。オーキス・ブースターにより増幅された電力を使ったシールドは、ナグリのメイスを直接受けてもダメージは少ししかないだろう。
マリナが強力な電磁シールドを展開している理由はもちろん、狙撃を警戒してのことだ。小さな弾丸で、人を吹き飛ばすほどの威力があるのだから、多少のシールドでは効果は薄いだろう。万一に備え、命中させられた場合の対策だ。もっとも、この出力で十分と言えるかどうかはなんとも言えない。
ナグリがメイスを構え、再びマリナに向けて突進する。マリナも先ほどと同じように槍で殴りつける構えを取る。しかし、ある意味当然とも言えるが、最初と同じ展開にはならなかった。
「はっ」
裂帛の気合いと共に、タイミングを合わせたマリナの槍の攻撃を、ナグリは急停止して寸前で躱した。
「やっ」
同時に、いや、停止よりほんの少し前から振るっていたメイスがマリナのかなり手前を横に通り過ぎる。……とマリナが思った瞬間、メイスが勢い良く伸びてマリナの腹を直撃した。
「はふっ」
バチチッ。
電磁シールドのお陰でダメージは少ないものの、腹部に強い衝撃を受けたマリナは、1歩2歩と後退る。そこへナグリがメイスを振り上げ、振り下ろす。
マリナはフラッと横に移動、振り下ろさせるメイスを避けると同時に打撃で怪しくなった足を立て直す。すぐに後方へ跳躍、メイスの間合いから離脱する。ナグリの追撃はなかった。
「アンタ、どんだけ強力なシールド張ってんのよ。それじゃすぐに水切れになるでしょ」
「お構いなく。これでも節約してるから。そっちこそ、メイスが伸びるなんて聞いてないんだけど」
「アンタの槍にだって、色々仕込んでるらしいじゃない」
言い合っている間も緊張は解かない。気を抜くと、そこを狙って一気に攻勢に出てくるだろう。
そして、どちらも気を抜かずとも、事態は動く。この時の2人を動かしたのは何だったのか。
「「はっ」」
2人はほぼ同時に、相手に向けて跳躍した。時刻は夕方。間も無く沈む夕陽の方角へ突進するマリナ。正面のナグリの向こう、小高くなった丘と何本もの高い木のシルエットが見える。
その黒い木の一点が、一瞬光を発した。葉の隙間から覗く陽光かも知れない。けれど、マリナの脳に警鐘が響く。
「横に跳んでっ」
言うと同時に、マリナも宙に浮いていた足を地に落として蹴り、右に跳ぶ。逆方向に跳んだナグリとの間の空気が震えたように感じた直後、マリナの後ろで地面が飛び散った。
「ごめんっ。仕切り直しでっ」
言うが早いか、マリナは電磁シールドに使っていた全エネルギーを超伝導スラスターに回し、空中に飛び立つ。
ドッパァンッ。
銃声。そしてマリナの斜め後方の木の半ばから、西方向へレーザーが伸び、空中に消えてゆく。
「今の何っ!? 待てっ! 仕切り直しって……」
叫ぶナグリの声がすぐに遠くなる。
(リコ、レーザーは要らなかったね。でもありがとう。無事に逃げてね)
リコに心の中で謝りながら、マリナは夕闇の迫る空を飛ぶ。
進路前方に、公園上空を何機も飛んでいる運営のドローンが割り込んで来た。
「邪魔っ」
マリナは槍を構えたまま直進、進路上のドローンを破壊して一直線に突き進む。
目標の大木の一点がまた光った。即座に回避機動。避ける方向は勘だ。小さな弾丸が、マリナを掠めるように通り過ぎた。
(あの木ね。逃がさないっ)
マリナは大木に向かって一直線に空を進む。
戦闘が続くよ~
大変だよ~