015 強者の対戦
エリカ&ナオコ組が見つけたターゲットは、2人組だった。1人は剣と盾を持ったエリカと同じスタイル、もう1人は拳銃とトランクを持っている。
開始の合図と同時にナオコがフルオートで1秒間の射撃を行い、同時にエリカが相手に向かって突っ込んで行く。
ナオコが狙ったのはトランクだったが、レーザーは目標に当たることなく電磁シールドに弾かれる。
(トランクにまでシールドを常時展開!? しかもそれなりの強度で! 無駄遣いです!)
そう思うエリカだったが、備品を失わせリタイアに追い込む、という目論見は潰されたわけで、その意味では有益な使い方であると認めざるを得ない。
拳銃から発射されたレーザーを盾で弾きつつ肉薄し、トランクを切断すべく剣を振り下ろすが、それはもう1人の相手の剣で軌道を逸らされる。
すぐさま後ろに飛びすさり、立っている木に両足を付けて相手に向かって水平にジャンプ、ナオコがさっきよりも出力を上げたレーザーで相手を牽制して、エリカだけに集中させない。
エリカは相手に突っ込みながら剣を横薙ぎに振るうが、それは空を切る。相手の2人は左右に別れて跳び退き、それぞれ1対1でエリカとナオコに対応するつもりのようだ。
しかし、2人に斬りかかったエリカは地を蹴って反対側の林へと姿を消し、ナオコの方もエリカのための牽制射撃の後ですぐにその場を離れていた。エリカとナオコは戦場を迂回して合流する。
「今回は作戦失敗でしたわね」
「うん。最初からレーザー出力上げておけば良かった」
「仕方ありません。手荷物にあれだけエネルギーを割くとは思っていませんでしたから」
「ほんとだよね。……でも、鷹喰さん」
「何でしょう?」
「バトルロイヤルで、鷹喰さんとチーム組めて本当に良かったよ」
「はい?」
警戒を続けなければならない状況の中、バトルロイヤルとは無関係に思えるナオコの言葉に、エリカは集中を途切れさせてナオコを見た。フェイスプレートの中で、ナオコの目は面白そうに笑っている。
「中学の時はさ、鷹喰さん、孤高のオーラを放ってて近寄りにくかったじゃん」
「そ、そうですか? そんなつもりはなかったのですが……」
「うん。他の人がどう思っていたかは知らないけど、アタシの周りの子は話し難そうにしてたよ。でも、今日のためにみんなで相談したり、今日も一緒に行動したりして、鷹喰さんも普通の女の子なんだなって、そう思えたよ」
「それは……ありがとうございます。その、芹澤さん」
「なあに?」
「“ナオコさん”、と呼ばせて戴いてよろしいでしょうか?」
「“ナオコ”でいいよ。“さん”はいらないって。アタシも“エリカ”って呼んでいい?」
「もちろんです、ナオコさん……ナオコ」
「これからもよろしくね、エリカ」
2人はフェイスプレート越しににっこりと微笑むと、次の標的を探すべく索敵に戻った。
フェイスプレートの中、イヤーマフに覆われていたお陰で、エリカの耳が真っ赤になっていることは、ナオコに隠された。
××××××××××××××××××××××
ゲリラ戦で物資を狙うマリナたちのような参加者もいれば、直接戦闘で他の参加者を潰しにかかる者もいる。むしろ、そちらの方が正当と言える。
「へぇ。アンタも参加してたんだ」
林の中の広場でそう言って拳を打ち鳴らしたのは、3B7拳崎ジュリ。マリナに負わされた傷も軽傷で、このバトルロイヤルに間に合った。
「そんなこと、参加者名簿を見れば判ることでしょう?」
呆れたように答えるのは、3D6神峰ミコト。現時点での最高ポイント保持者だ。白地に紫を中心とした派手な彩のアーマードギアを身に付け、両手に剣を携えている。
「前に闘った時はやられたからな、今日はリベンジさせてもらうよ」
「返り討ちです」
2人ともに笑みを浮かべると、2人ともに地を蹴って互いに肉薄する。ジュリは拳で、ミコトは剣で、激しい攻防の応酬。しかしどちらも相手の攻撃を受け、逸らし、弾いて有効打を与えない。
激しく撃ち合っていた2人が、バッと離れた。どちらも油断せずに拳と剣を構えたまま、笑い合う。
「そいつ、邪魔だな。前より攻めにくくなってるぞ」
ジュリが“そいつ”といったのは、ミコトの握る剣に装着されたナックルガードだ。
「前回は少々手を痛めましたからね、対策しました。あなたの方は、手数が増えた程度ですね」
「ケッ、言ってろっ」
今度は両者でなく、ジュリだけが地を蹴った。ミコトはその場で迎え撃つ体勢。
たがしかし、ジュリの拳打は空を切った。
「はっ!?」
拳が届く直前で、ミコトは身体を回しながらジュリの横へと避け、回転の勢いも合わせて、剣を握ったままの拳でジュリの後頭部を襲う。
ジュリはミコトの拳が当たる直前で身体を前に倒し、両手を地面について足を蹴り上げ、後ろにいるミコトを攻撃する。片足は空ぶったが片足はミコトの手に当たった。ミコトは蹴りと同じ向きに腕を振ってダメージを抑える。
ジュリは前方に転回、ミコトはそれを追うように剣を振るう。振り下ろされる剣をジュリは蹴り上げ、横薙ぎに振られる剣を避けると身体を低くしてミコトへと踏み込み、拳を連打。
最初の2発はミコトの腹に当たったが、浅い。3発目以降は剣で防ぎ、機を図って後方にジャンプ、追い討ちをかけるために追って来たジュリに剣を振り下ろす。
ジュリは半身で剣を避け、裏拳をミコトに叩き込む。ミコトはそれを避けずに、ジュリの胴を両断する勢いで剣を薙ぐ。
ガチッと剣がアーマードギアに僅かに喰い込むが、ミコトは頭を殴られて横に飛ばされる。握ったままの剣はジュリの腹から離れた。
ミコトは体勢を崩されたものの、倒れずに踏み止まる。それを見逃すことなくジュリは横腹の痛みを無視して踏み込み、さらに乱打。
ミコトは剣で拳を受け、その勢いを乗せてバックステップ、体勢を立て直して剣で拳に対抗する。
ジュリは拳に蹴撃も混ぜ入れる。それでも攻撃の速度が落ちることはない。ミコトは防戦一方。しかし。
「くっ」
先程の横腹への攻撃が効いていたのか、ジュリが顔を歪め攻撃が一瞬乱れる。その隙とも言えない僅かな隙を、ミコトは見逃さずに剣を突き出す。バチッと音を立てて、剣が負傷しているジュリの脇腹を僅かに抉る。
「ぐぅっ」
ジュリは横に跳び退いて追撃に備える。そこへミコトの斬撃が襲い掛かる。今度はミコトが拳で剣を防ぐ。腹部には有効だった斬撃を、ジュリは拳で難なく防ぐ。腹部にはほとんど電磁シールドを展開せず、拳に集中させているのだろう。
それでもミコトは攻め切れない。先に殴られた腹部の痛みもあるが、2人の力が拮抗していることが大きい。
(このまま長引くのは、不味いわね)
ここまでも結構長引いている。ミコトはタイミングを見計らってバックステップ、ジュリが迫って来る前に右手で連続の突きを繰り出す。
ジュリはすべての突きを撃ち落とす。
(くっ、ここだっ)
何十回、何百回目かの突きに合わせて、ジュリは左右の拳を打ち合わせる。左右の拳打に挟まれた剣にピシリッとビビが入る。
(っ!?)
しかし、その剣の先にミコトはいない。ジュリが危険を察知し跳び退こうとした瞬間、足を蹴り飛ばされて倒れ込む。
(ヤバッ)
そう思ったジュリの後頭部を激痛が襲った。ミコトの肘打ちがジュリの後頭部に決まったのだ。
ジュリは地面に全身を打ち付けて沈黙した。
「ふう。まったく、こういう人との戦闘は疲れるわね。さてと」
サバイバル中は沈黙している個人識別チップだが、大会本部、即ち高校への緊急連絡だけは可能になっている。ミコトは大会本部へと、対戦相手戦闘不能の旨を連絡した。
「はぁ、この剣はもう駄目ね」
ジュリの拳に打ち合わされた剣には大きなヒビが入り、何度か使えば折れてしまうだろう。
溜息を吐いたミコトは剣を納めようとして、その場所からサッと跳び退いた。ミコトが立っていた場所にドスッドスッドスッと何かが突き刺さる。
(実弾、じゃない、投げナイフ!?)
ザッ、地面を踏み締めたミコトは、今度は別方向から襲って来た参加者の薙刀を、右手に持ったヒビの入った剣で逸らす。
バキンッ。
剣が折れた。相手が薙刀を繰り出してくるのを、ミコトは避ける。その合間に飛んで来るナイフを避け、剣で弾く。ナイフはワイヤーか何かに繋いでいるようで、最初に地面に刺さっていたナイフが消えている。
(面倒ね)
ミコトは右手剣の柄から刃を外し、腰に当てる。次に薙刀が脳天に振り下ろされるのに合わせて、2本の剣を交差させて薙刀を受け止めた。
「えっ!?」
「予備くらいあるわよ」
驚く薙刀の使い手にフッと微笑んだミコトは、力を抜いて身体を横にずらす。薙刀遣いがたたらを踏んで倒れそうになる。が。
いきなり、薙刀遣いが吹き飛ばされるようにミコトに体当たりした。
「きゃあっ!!」
「え?」
薙刀を落とした参加者に寄りかかられたミコトは、咄嗟に剣を捨てると足を踏ん張って彼女の身体を抱きかかえ、すぐに後ろに跳んで林に入った。
ドッパァンッ。
遅れて聞こえる銃声。
ミコトが抱える生徒は、太腿から血を流して苦しんでいる。
(狙撃? 頭に当たったらどうするのよっ)
ミコトは内心毒付いた。頭と心臓が無事なら再生医療でどうとでもなるが、脳の機能が停止したらそうはいかない。万一があることは承知の上での参加ではあるものの、遠距離からの狙撃はその危険が増す。というより、その気が無ければそのような武器を選択しないのではなかろうか。
(炸薬の使用は禁止だから、レールガン? いや、それよりも)
「大丈夫? しっかりなさい」
声を掛けると、フェイスプレートの中で青い顔が微かに頷いた。
「リタイアを宣言しなさい。すぐに医療班が来るわ」
実際、そこに倒れているジュリの隣にちょうど医療ロボットが到着し、彼女の身体を回収している。
薙刀を使っていた参加者も頷いた。
「カリンっ」
1人の少女が木々の間から飛び出して来た。投げナイフの主だろう。
「あなた、知り合い?」
「あ、はい」
「すぐに医療ロボットが来るから、この子をお願いね」
「は、はい、あの……」
「大丈夫、こんな状況で襲ったりしないから」
ミコトは笑みを浮かべると、彼女に怪我人を任せた。
(はぁ、厄介この上ないわね。武器を回収しないと)
ミコトは狙撃を警戒しつつ、素早く広場に出て剣を回収した。2度目の狙撃はなかった。