013 根回しと負傷
マリコは、マリナのバトルロイヤル出場に反対しなかった。バトルロイヤルも争奪戦の一部と見做し(実際、そうなのだが)、「自分の決めたことなんだから、とことんまでやりなさい。中途半端は駄目よ」と、むしろ後押しするようなことをマリナに言ったのだった。
マリコの後押しを得て、マリナはレイカと装備について相談した。アーマードギアがあるので、ある程度の荷物を持ち込むことはできるが、あまりの大荷物ではただの的になってしまう。それに、戦闘のために荷物を一時的に手放す必要もあるだろう。
それなら、荷物はなるべくコンパクトに収めて可能な限り身に付けておいた方がいい。
「ただ、それにも限度はありますから、必要最小限分は身に付けて、余裕分は手荷物形式にしておくのがいいと思うんですよね」
「なるべくなら避けたいけど。マリナちゃんには何か作戦があるの?」
「一応。大したことじゃないんですけどね」
「それなら、必要最小限を除いた分は、アーマードギアへの装着は止める方向で考えようか」
装備は何とかなりそうだ。
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翌日は午前中から、マリナは争奪戦に参加しているクラスメートにバトルロイヤルへの参加意思を確認して回った。別のクラスにも。参加登録を済ませればブレスレット・デバイスから確認できるが、登録している生徒はまだ少ない。
1年生では、参加する生徒は少ないようだ。準備期間の短さから考えれば、それも仕方のないことだろう。
(割と少ない……まだ保留にしてる子もいるけど。あまり多くても仕方ないから……)
その日の午前中に、マリナはバトルロイヤルに向けての仕込みを終わらせた。
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バトルロイヤル出場者が奔走していても、男子争奪戦は行われる。マリナも昼食の後、アーマードギアを装着して公園へ向かった。
今日は、対戦よりも公園内の確認が目的だ。もちろん、バトルロイヤルを見据えてのこと。
そうは言っても、一年生でそれなりの高得点者が歩いていれば、それを狙う上級生も現れる。マリナは、申し込まれた対戦は断ることなく受け、そしてポイントを積み上げていった。
マリナに対戦を申し込んだ相手も過去3日でそれなりに戦闘を経験しているはずだが、持ちポイントは2~6ポイント程度。マリナも危なげなく勝利をモノにできたことから、学校のアーマードギア講習を受けただけだろう。
マリナも俄仕込みであることに違いはないが、2ヶ月間、放課後はみっちりと戦闘訓練を積み重ね、休日も訓練に費やしていた。
その練習量の差を考えずに一気に高得点を得ようと下級生のマリナに挑んでくるのだろうが、1~2年の年齢差などは無意味だった。
そんな中、マリナに対戦を要求したその日4人目の参加者は、強者の風格を纏っていた。
「茅吹マリナっ。アタシと勝負しろっ」
公園内の開けた場所でマリナの前に仁王立ちになった、青い地色に紫模様のアーマードギアを纏った3年生。網膜に投影された文字が、3年B組出席番号7番・拳崎ジュリ、とマリナに伝える。
ジュリの現在のポイントは41ポイント。マリナの59ポイントには及ばないものの、今日これまでに対戦した生徒と比べると、一線を画すと見て間違いない。
「はい、よろしくお願いします」
即座にマリナも対戦に了承し、ジュリが呼んだ審判ドローンに誘導されて、近くの戦闘フィールドへ移動した。
公園の舗道の横にある、3方を森に囲まれた直径20メートルほどの広場。戦闘フィールド自体は森も少し含まれている。
2人は5メートルほど離れて、マリナはいつものように槍を展開して両手で構え、対するジュリは武器を持たずに両手を構えた。
(ということは近接特化。拳が大きいから何か仕込んである可能性もあるけど。なら、近付かれる前に一気に攻勢に出るっ)
ジュリの戦闘スタイルを予想したマリナが最初の行動を決めたのとほぼ同時に、審判ドローンが対戦開始を宣言した。
即座に1歩踏み込み、槍を突き出してジュリの身体を狙う。ジュリはマリナの行動を見守るように最初は動かず、マリナの槍先がアーマードギアに触れる寸前で素早く躱すと、次の瞬間にはマリナの懐に飛び込んでいる。
(えっ!?)
「はっ」
裂帛の気合とともに、ジュリが両の拳を連打する。マリナも槍を引き戻して両手で掴み、柄で攻撃を防ぐが手数が多すぎて受け切れず、何発もの拳打を身体で受ける。展開された電磁シールドでもその衝撃を受け止め切れず、マリナは後方に吹き飛ばされた。
「はがっ」
広場を囲む森の木に背中から叩き付けられ、地面に膝をつくマリナ。思わず咳き込み、口から吐かれた血液がフェイスプレートの下半分を赤く染める。
(ヤバ。攻撃されたら一気に沈むっ)
脚が震えたが、アーマードギアの補助もあって、何とか立ち上がる。両手で掴んだ槍で防備を固めるべく構えるが、追撃はなかった。今は。
「降参するならしていいよ」
ジュリは両腕を構えたまま、マリナに聞く。
「冗談ですよね。これからです」
(とは言っても、分が悪いな)
そう答えつつ、マリナは槍の柄を収納してランタン・シールド・モードにし、右手に装着する。同時に、ギア本体のオーキス・ジェネレーターの出力を上げ、アーマードギアの電磁シールドを強化。ジュリの手数の多さでは、攻撃でシールドを自動展開するようにしても、十分な強度に上げるには間に合わない。
「お、戦闘スタイルを変えたね。でも、アタシには敵わないよっ。アーマードギアの本質は身体強化。武器と強化にエネルギーを割り振ったキミじゃ、身体強化にすべてを注いだアタシの敵にならないっ」
言い終わると同時に、ジュリは地を蹴った。次の瞬間にはマリナの目の前にいる。自慢するだけあって、脚力の強化も相当なものだ。
マリナは右腕のランタン・シールドを、予想したジュリの攻撃軌道に合わせて構える。そこに連続で叩き込まれる拳打。
さらに、ジュリは左右にステップを踏み、打点を変えて拳を打ち込む。マリナも合わせて防御方向を変えるが、すべてを受けきることはできずに何発も身体に攻撃をもらう。
それでもさっきより凌げているのは、防御シールドを高出力で張り続けているためだ。しかし、どこかで攻撃に転じなくては、勝利に繋がらない。
(どこかで攻勢に出ないと。……あっ)
マリナの右前方を中心に攻撃を重ねていたジュリが突然左側に出現、右足でマリナに蹴りを入れる。
防御シールドで受けたものの、ジュリの攻撃はマリナに届き、マリナは側方へと吹っ飛ばされる。
宙を飛ばされたマリナは地面でバウンドし、その勢いで体勢を立て直して次に地面につく時には、両足で立つ。
追撃を加えようと迫って来るジュリを認めて横っ跳びに避け、さらにもう一度跳んでジュリから距離を取る。
(一か八かっ)
右腕を引き、槍先をジュリに向けてランタン・シールドを構える。
なおも追って来るジュリに向けて跳躍し、ランタン・シールドの超伝導スラスターを起動、ジュリに避ける時間を与えずに右腕を突き出す。
「なっ!?」
跳躍の途中だったジュリは身を捩るも、空中での起動手段を持たないギアでは、マリナの加速した攻撃を避けきれない。
マリナの槍先がジュリを貫くかと思われた瞬間、刃が左右に開いてジュリの腹を挟み込んだ。
「ぐはっ」
鋏がジュリを捕らえると同時にマリナはブースターを停止し、ジュリも地面に足を踏ん張ってズルズルと後退した後、動きを止める。
ジュリは両手で自分の身体を固定している刃を掴み、引き剥がそうとする。
しかし。
「全力で防御してくださいっ」
「なにっ!?」
次の瞬間。
ドゴォッ。
「ふぐっうっ」
マリナの武器の鋏に掴まれたジュリの腹部が、爆発するような光を発した。プシュウゥと僅かに煙が立ち上る。
ジュリを警戒しつつ、マリナが鋏を緩めて武器を引くと、ジュリの身体がドサリと倒れた。ジュリのアーマードギアの腹部は破損し、アンダースーツが剥き出しになっている。
マリナは、鋏にした槍先でジュリの身体を挟んだ後、刃の上下に2門搭載されたレーザーの片方を、最大出力でぶっ放したのだった。出力を絞る余裕はなかった。
ジュリもマリナの警告で電磁シールドを起動したものの、密着した状態でのレーザー攻撃には耐えられず、腹部への強い衝撃で意識を失った。
「3E7・拳崎ジュリ対1A6・茅吹マリナ、拳崎ジュリ戦闘不能により、茅吹マリナの勝利。茅吹マリナは41ポイント獲得。現在100ポイント」
上空に退避していた審判ドローンが降りてきて、ジュリが意識を失っていることを確認すると、マリナの勝利を宣言した。それを聞いたマリナも地面にへたり込んだ。
(はぁ、キツかったぁ。武器も持ってない相手が、こんなにキツいなんて)
マリナはフェイスプレートを開け、口の中に残る血を吐き出した。これまでで一番大きな負傷だった。
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マリナとジュリは、やって来た医療ロボットによって医務室へと運ばれた。マリナは24時間の対戦禁止を言い渡された。ジュリも同程度の診断が下されるだろうが、また意識が戻っていない。
ジュリの容体も気になったマリナだったが、医師が「心配ない」と言っていたので、大丈夫だろう。
(だけど、バトルロイヤルには出られそうで良かった。ギアも、レイカさんが何とかしてくれるって言ってたし)
ジュリとの対戦で、マリナのアーマードギアも大きなダメージを負っていた。見た目ではそう判らないが、何度も殴られた装甲は耐久性がかなり低下していたし、ウェポンパックも破損していた。
実は、最後のレーザーをマリナは2門同時発射したつもりだったのだが、片方のレーザーはジュリの拳打を受けて動作不良を起こして発射できなかった。
もしも両門とも万全の状態だったら、ジュリの腹には風穴が空いていたかも知れない。
(何にしても、明日は1日休んで、明後日はバトルロイヤルだね。計画が狂わなくて良かった)
争奪戦に1日参加できなくなるが、争奪戦予選の日程はまだ半分以上残っている。巻き返しはまだまだ可能だ。