012 バトルロイヤルの予告
ツルギに勝利したマリナは、その後もポイントを積み上げていった。とはいえまだ2日目ということもあり、高得点者との対戦は少ない。
ツルギの後に対戦した3人は、それぞれ1ポイント、2ポイント、1ポイントを所持しており、この3人に勝利して21ポイント。そして、その日の最後に対戦した2年生は10ポイントを持っており、彼女にも辛勝して、マリナの持ち点は31ポイントとなった。
翌日発表されたポイントは、最高で44ポイント。1人だけ突出していて、2位の生徒を8ポイント差で引き離している。
31ポイントのマリナは、現時点で9位に着けている。順位は2つ落としているものの、本選に出場できるのが16人であることを踏まえると、かなり善戦していると言えるだろう。
「そうは言っても、まだ2日終わっただけだからね」
初日に続き、2日目も1年生の中で最高得点を持っているマリナは、クラスメートに囲まれて褒めそやされていたが、本人は至って謙虚にしている。
実際、争奪戦はまだ10日もある。敗北したところで負け抜けのない予選のルールでは、後半に高ポイント保持者から勝利を捥ぎ取れば大逆転も可能なのだから。
「それより、まだ続けるつもり?」
「うん、もちろん。最後までやるよ」
ミレイが聞いたのは、昨日の争奪戦で重傷者が出たことによる。初日は軽傷者が数人出た程度だったが、2日目の対戦では、左大腿部の粉砕骨折をした生徒が1人、左腕切断された生徒が1人出た。
2人とも、全治4ヶ月から半年と診断され、必然的に争奪戦からリタイアすることになった。同時に、それを聞いた他の参加者たちのうち11人が、相次いで争奪戦からの辞退を申し出た。ミレイも、辞退した1人だ。
「争奪戦で怪我しても治療費は学校が持ってくれることになってるけど、痛みまでは受け持ってくれないもん。粉砕骨折とか四肢切断とか聞いちゃうと、躊躇しちゃうよ。明日は我が身だもん」
ミレイは沈んだ声で言った。せっかく参加した争奪戦から、まだ序盤にも関わらず抜けることに忸怩たる思いがあるのだろう。それでも、手足を失うような痛みを想像すると、脚が震えてまともに闘えるとも思えない。
そして、ミレイと同じように考えた生徒が他にも10人いたことになる。それでもまだ少ない方だと言えるかも知れない。
「マリナも無理しないようにね」
「危なくなったら白旗上げるよ」
負傷してリタイアを余儀なくされるよりは、負けを認めて相手に得点を渡し、次の対戦に備えた方がいい。ポイントを簡単に渡すつもりはないが、退き際さえ間違えなければ、チャンスはいくらでもある。
「本当に無理はしないでよ。包帯お化けになっているマリナのお見舞いになんて行きたくないから」
「大丈夫、十分に気を付けるから」
ミレイの心配に、マリナは神妙に頷いた。
その日の授業が終わった時、争奪戦に関するもう1つの発表があった。次の土曜日から日曜日にかけての、バトルロイヤルの開催である。
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男子争奪戦バトルロイヤル
■日程
男子争奪戦期間中
土曜日15:00~翌日曜日18:00
■場所
伊久佐野高校公園内全域
■ルール
・参加希望者は前日18:00までに申し込むこと
・期間中、参加者以外の公園内立ち入り禁止
公園には電磁シールドが張られる
・持ち込める荷物は自身のアーマードギアで運べる
範囲内
かつ
公園の入口ゲートを通過可能なサイズ
・参加者は、次の時点で脱落となる。
1.行動不能
1.本部への脱落表明
1.エリア外への離脱
・脱落者の合計ポイントが残存者へのポイントとなる
ポイント配分は残存者の持ちポイントに比例
・バトルロイヤル中、残存者が1名以下になった場合
その時点で終了
・全滅となった場合、ポイントの配分は無し
・外部からの支援は禁止。支援が認められた時点で
脱落と見做す
■備考
土曜日と日曜日は 、通常の対戦は無し
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「マリナはこれ出るの?」
ブレスレット・デバイスで表示したバトルロイヤルの説明を見ながら、ミレイは言った。
「うーん、参加したいけど、その前にレイカさんに相談かな」
「レイカさん?」
「あ、あたしのアーマードギアを設計してくれた人ね。メンテもしてくれてるの」
「ああ、マリナのお母さんの知り合いの」
「そうそう」
1日の争奪戦が終わった後は、毎日(まだ2日だが)アーマードギアのメンテナンスを行なっている。つまりは数時間の使用で整備していることになる。
しかし、バトルロイヤルでは丸1日以上もメンテナンス無しで行動しなければならない。試作品であるマリナのギアが長期使用に耐えられるかどうか、相談する必要がある。
「メンテ抜きにしても、用意しなくちゃならないものは多いし」
バトルロイヤルが終わるまで公園から出られないし、支援も入れないのだから、食事や休息の準備も整えておく必要がある。戦闘行動を考えれば、ルールになくてもそう多くの物資を持ち込むことはできないだろう。それらも含め、綿密に計画を練り、用意する必要がある。わずか3日の間に。
準備期間は短いとはいえ、それは他の参加者も同じだ。それに、無理だと判断すれば参加しなくてもいい。
「だけど、参加者ってほとんどいないことにならない?」
「え? なんで?」
ミレイの疑問にマリナは首を傾げた。
「上位者にとっては、バトルロイヤルに参加するより個別に対戦を重ねた方が楽だと思うんだよね。下位者は、どうせ脱落するだろうから、他の人に無駄にポイントを渡すことにしかならないだろうし」
「そうかな? ポイントが少なくても、隠れて生き延びるだけでポイントゲットできるし、脱落したところで大してマイナスにならないよ。上位の人は他の人を全滅させてポイント独り占めするつもりで出るんじゃないかな」
「確かに、1人だけ生き残ればポイントは大きいけどね。まあ、マリナがそのつもりなら、頑張りなさいよ」
「うん、そのつもり」
やるからには最善を目指し、全力を尽くす。それが、マリナの行動原理なのだから。
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「バトルロイヤル、出る? 出るんでしょ? 出るわよね?」
その日の争奪戦の準備のためにコンテナルームに行くなり、レイカがマリナに詰め寄って来た。
「レイカさん、近い近い」
マリナは苦笑いを浮かべて、レイカとの距離を取った。
「取り敢えず、今は争奪戦だから、終わってからでいいですか? 研究所に寄りますから。来れるか判らないけど、お母さんも呼んだ方がいいですよね」
「そう。そうね。解った。今は我慢する。……手続きお願いね」
言葉の途中で研究員を振り返って言ったレイカを、マリナは(子供みたいだな)と微笑ましく眺めた。
それよりも今は、争奪戦だ。マリナは服を脱いでアーマードギアを装着し、その日の対戦に向かった。
その日マリナは6回の対戦を行い、17ポイントを獲得した。昨日に比べると取得ポイントは少なかったものの、未だに黒星は付いていない。
ただ、争奪戦のルールから負けないことにはあまり意味がない。そのことを重々承知しているマリナは、驕ることなく対戦を重ねている。
そしてバトルロイヤルの開催が発表された今日は、メンテナンスのために研究所に運ばれるコンテナと一緒に、マリナも研究所までやって来た。
「お母さんも来られるけど、少し遅くなるそうです」
「マリコも忙しいからねぇ。じゃあ、先に始めてようか」
レイカはうきうきとした態度を隠そうともせずに、話し始めた。
「えっとね、今度のバトルロイヤル、マリナちゃんには他の子と比べると途轍もないアドバンテージがあるのよ」
「それって、オーキス・ブースターですか?」
「そうっ、そうなのよっ」
マリナが正解を言い当てたことに、レイカは喜び勇んで言った。
「ライブギアはね、水を満充填すると2~3週間は動くでしょ?」
「はい」
「それは、オーキス・リアクターの出力が小さいからなのよね。オーキス・リアクターってせいぜい70~80kWくらいまではエネルギー発生効率はいいんだけど、出力を上げていくと等比級数的に水を消費するのよ。しかも、オーキス・リアクターの最大出力にも関係していてね。
だから、500kWのリアクターで400kWの出力を出し続けていたら精々5~6時間しか保たないし、1000kWのリアクターならそれだけの時間保たすには600kW程度に抑えてないといけないわね。最高出力を出し続けたらそれこそ、1~2時間で水欠になるのよ。いや、そこまでも保たないかな」
なるほど、とマリナはエリカとの対戦を思い出す。エリカは剣からレーザーソードを出すために、オーキス・リアクターの出力を最大まで上げたのだろう、と納得する。その上、水の残量も減っていたようだし。
「だけど、オーキス・ブースターを使えば、ええっと、20kWずつで1000kW出せるから、1週間くらいは保つ?」
「そういうこと。20kWならもうちょっといけるかなぁ。で、そうなると、オーキス・リアクター用の水を持ち歩く必要がなくなるから、その分装備を軽くできるし、逆に食糧なんかを多目に持てる」
「あ、そうですね。水って結構重いし」
「そう。まあ、水なら現地調達もできるでしょうけど、みんな同じことを考えるだろうから、水場は格好の狩場になるだろうし、それに、普通の水だとオーキス・リアクターが傷むからね」
オーキス・リアクターは水を燃料としている。しかし、純粋なH₂Oではない、不純物の混ざった水を使うとその不純物がリアクターに溜まってエネルギー発生効率が落ちてゆき、元の性能に戻すにはオーバーホールが必要になる。
だからこそ、オーキス・リアクターが様々な道具の動力として使われているこの時代、マリコの経営するような精製水メーカーが重要な地位を占めている。
そこまで話したところで、マリコが到着したとの連絡が入った。
「ここからはバトルロイヤルについての全般的な話ね。さすがに1日以上も戦闘状態が続くから反対するだろうけど、説得する自信はあるかしら?」
「自信は……ないです。でも、説得します」
「ふふ。期待してるわよ。せっかくの、オーキス・ブースターのデータを沢山取れるチャンスなんだから」
レイカの目的はあくまでも実験データの収集だが、マリナの目的に反するわけではない。そもそもマリナは、レイカに参加を止められる可能性も考えていた。メンテナンスもなしで長期戦闘はさせられない、と。
それがむしろ後押ししてくれるのだから、あとは母を説得するだけだ。頑張るぞ、とマリナは拳を握って、マリコが案内されて来るのを待った。