011 双銃vsランタン・シールド
マリナは学校の裏門を出て公園に入った。門を通り抜けたが、この公園も高校の敷地であり、今は男子争奪戦の戦闘フィールドになっている。
何箇所かで戦闘が行われていて、その音が戦闘フィールドの電磁シールドを通り抜けて聞こえてくる。公園内は校庭や体育館と違って戦闘フィールドが綺麗に区画整理されているわけではないので、門を抜けただけでは戦闘がどこで行われているかは判らない。
(ええっと、近くに参加者はっと)
センサーの情報がマリナの網膜に投影される。マリナのアーマードギアの索敵範囲はそれほど広くはない上に木が林立しているが、数人の生徒がセンサーに掛かる。固まっているのは、対戦を観戦中なのだろう。
他に、単独で公園内を歩いている生徒が近くに1人。読み取った識別チップの情報によれば、3年生だ。持ち点は3ポイント。
(この先輩に対戦申し込んでみようかな。3ポイントならそんなに強くない……かどうかは判らないか。でも、とにかく対戦してかないといけないし)
個人認識チップで判るのは、クラスと出席番号と名前、それに現在のポイント数だけで、戦績は判らない。争奪戦が始まってまだ2日目、持っているポイントが少ないからといって、弱者とは限らない。
心を決めて、マリナはその参加者へと足を向けた。相手も途中でマリナの接近に気付いたようで、進行方向を変えてマリナに向かって来る。
すぐに、桃色を基色に青い模様の入ったアーマードギアに身を包んだ、小柄な女生徒の姿がマリナの視界に入った。
「あの、3年の双潟先輩ですよね。1年A組の茅吹マリナと言います。対戦を、お願いします」
マリナはペコリと頭を下げた。
「は、は、はいぃ、わ、わたしで、よ、よろしければ……」
マリナが対戦を申し込んだ相手、双潟ツルギは、たどたどしい仕草で頭を下げた。最上級生だが、小さな身体つきも相まって、マリナよりも歳下に見える。
「それじゃ、申し込みますね」
マリナが審判ドローンを呼び、ツルギが場所を林の中を指定して、ドローンに誘導され場所を移動する。公園の遊歩道のすぐ隣にある林だ。障害物のある場所での戦闘を経験しようと思ったマリナにとって、ちょうどいい立地といえる。
マリナは第2装甲とウェポンパックを展開。ただし、林の中では使いにくいだろうと考え、槍の柄は伸ばさず、右腕にランタン・シールドのように装着する。
ツルギの武器は、2丁拳銃のようだ。腰に下げていたそれを両手に構える。普通の銃とは違い、トリガーガードが銃口からグリップエンドまで伸び、さらに刃になっていることから、近接格闘戦も想定しているようだ。
銃からはケーブルが伸びているので、アーマードギアからエネルギーを供給するタイプのレーザーガンだろう。
「1A6・茅吹マリナ対3C18・双潟ツルギ、勝負、開始」
ドローンの発声と同時に、マリナはツルギに向けて真っ直ぐに突進する。相手はどう見ても長距離戦闘タイプだ。対してマリナは普段の中距離戦タイプから近接戦闘タイプに変えている。
そのことはツルギも当然理解していて、構えた両方の銃からレーザーを撃って牽制しつつ、後退してマリナから距離を取る。
マリナは武器を振り回すことを避け、アーマードギアの電磁シールドでレーザーを受け止めながら、剣のようにした槍を構えてツルギに迫る。
「やっ」
ここだっ、というところで右手を突き出して、ツルギを剣先で狙う。間一髪、ツルギは横に飛びすさり、木の陰に身体を隠す。
マリナは、彼女の姿を見失わないように、すぐに木の後ろに回り込む。ツルギはすでに、もう一本離れた木の陰に隠れるところで、そこからレーザーを撃ってくる。
ツルギの攻撃を、手に装着した武器で防ぎ、すぐに追跡を続けようとするが、すでにツルギの姿はない。センサーで探るが、反応がない。元々の索敵範囲が狭い上に、木々が邪魔をしてさらに狭まっている。
マリナは立ち止まって周囲を見渡す。右側で光ったのを目の端に捉えて、咄嗟にその場から跳び退く。目の前を通り過ぎたレーザーが木の幹に当たって焦げ目をつける。
射線の元で、ツルギの姿が木の陰に隠れた。マリナはそれほど離れていないそこに駆け寄るが、当然その時にはツルギの姿はない。
(厄介だなぁ。これだけ木が密集してたら遠距離攻撃は不利になると思ったけど、むしろあたしの方が不利だね)
木の一本を背にして、マリナは周囲を探る。この林の木はマリナの身体を完全に隠すほどの太さはないので、後方にも気を配らなければならない。
再び飛んで来たレーザーをマリナは避ける。視野内からの攻撃であれば辛うじて避けられるし、視野外からの攻撃も熱を感知した瞬間に電磁シールドを展開すればダメージはない。
センサーが効きにくいとはいえ、その範囲外からのレーザーはある程度減衰するから、シールドなしでもダメージは大きくないだろう。
(だからといって小さいダメージが蓄積したらまずいし、そうでなくてもこれ、神経を削られる……。なんとかしなくちゃ。
こっちも銃撃で……だけど相手の位置が判らないし、障害物が多いし。先輩は多分、それを想定して訓練してきているからあたしを狙えるんだと思うから、銃撃戦に持ち込んだら勝ち目はない。どうにかして接近戦に持ち込めれば……)
障害物の多い場での戦闘を経験するつもりで公園に来たマリナだったが、もちろん勝ちを簡単に譲るつもりはない。しばらく、ツルギからの銃撃を躱し、耐える。
そして。
(今だっ!)
レーザーの光が見えた瞬間、予め曲げていた足を伸ばし、背中の超伝導スラスターも最大出力で起動して跳躍する。
林の木を掠める程度の高さでレーザーの発射地点と推測した場所へと一直線に向かい、ツルギの姿をチラッと葉の間に捉えると腕に装着した武器のブースターを起動して方向を変えつつ増速、ツルギに迫る。
「やっ!!」
着地寸前で右腕をツルギに向けて突き出す。ツルギは横に跳んで攻撃を躱し、さらに木の陰に隠れようとする。
「逃がさないっ!!」
ツルギの隠れた木に向けて、刃を回転させブースターを吹かした武器を高速で突き出し、木の幹を半分以上抉って攻撃する。
ギンッッッ!!!
ツルギは両手を上げて2丁の銃を交差させ、銃の刃でマリナの攻撃を上に逸らした。
防御しつつ後ろに飛びすさるツルギを、マリナは追い縋る。右腕を引き、突き出し、横に薙ぎ、左手を拳に固めて殴り付ける。
マリナの攻撃をツルギは身を捻って躱し、銃で受け止め、刃を使って逆に斬り付ける。対戦開始前のおどおどしていた人間と同一人物とは思えない、素早い動きだ。フェイスマスクの奥の瞳は爛々と輝いている。
(強いっ。でもここは引けないっ)
引いてしまったら、その隙をついてツルギはまた距離を取るだろう。それを思うと攻撃の手を緩めることはできない。
マリナはツルギに逃げる間を与えないように攻勢を続ける。っと、ツルギが体勢を崩した。
(チャンスッ!)
その機会を逃さず、マリナは振り被った武器を振り下ろす。しかし、ツルギの隙は彼女のフェイクだったらしく、マリナの攻撃が大振りになった瞬間、ツルギは地面を蹴って横っ跳びにマリナから離れた。
マリナはすぐに武器を構えてツルギを狙うが、すでに彼女は一本向こうの木の後ろに移動していた。
(この林の中で良くあんなに速く動けるな)
感心しながらマリナは、次はどうしようと考える。同じ手は2度は通じないだろう。
(それでも試すくらいはいいかな?)
そう考えた瞬間、左前方が光った。別の手段を考える時間などあるわけもなく、マリナはもう一度射点に向けてジャンプする。しかし。
(いない!?)
ちょうど葉が疎らになっている辺りなのに、空中から、ツルギの姿が見えない。そう思った瞬間、センサーが右後方にエネルギー反応を捉える。
予想外の方向からの攻撃に、咄嗟に電磁シールドを張ってダメージを抑えつつ着地して周囲を警戒。
すぐに、再び見当違いの方角から攻撃される。
(どうなってるの? いくらなんでも、移動速度が速すぎだよっ)
右から左から、前から後ろから狙ってくるレーザーを、マリナは躱し、受け続ける。
先にも増して、防戦一方になるマリナ。活路を見出すべく、神経とセンサーを最大限に研ぎ澄ます。
(アレだっ)
ツルギの攻撃を受け止めつつ観察していたマリナは、木と木の間にロープのようなものが伸びているのを見つけた。レーザーの光を見た瞬間、ロープに向けて走り出し、スルスルと動いているそれを左手で掴んだ。
掌でロープが擦れ、微かに煙が立つ。マリナはグッと左手に巻き付け、ロープを止める。
ロープの片側は林の奥へ伸びており、反対側にはツルギの武器、銃がぶら下がっている。
アーマードギアと銃を繋いでいたケーブルは、銃で遠隔攻撃するためのロープにもなっていたようだ。
マリナは左手にケーブルを巻きながら強く引く。少し離れた場所にある木から、ツルギの姿が見えた。
突然、ケーブルにかかるテンションが無くなり、マリナはバランスを崩した。ツルギがケーブルを切り離し、銃の1丁を手放したようだ。
(役に立つか解らないけどっ)
マリナはすぐに体勢を立て直し、ツルギの銃を拾って近くの木に刃を叩き付けて固定すると、ケーブルを持って走り出す。
途中の木にケーブルを巻き付け、3本目に巻いたところでケーブルを手放す。
飛んできたレーザーの射線からツルギの位置を予想、回り込んで木の間に張ったケーブルに追い込むつもりで位置を変える。
「あっ!」
それほど上手くいくとも思っていなかったマリナだったが、木と木の間に渡したケーブルに太腿を取られて転んだツルギの姿に、思わず口角が上がる。
一気にツルギに肉薄し、転んだまま撃たれたレーザーを武器に纏わせた電磁シールドで弾いてツルギに馬乗りになり、右腕を振り上げると刃をガシャッと開いてツルギの首を地面に縫い付けた。
「……はぁ、ま、参り、ました」
あれほど激しい戦闘をしていたとは思えない弱々しい声で、ツルギは敗北を認めた。