010 斧vs槍
男子争奪戦2日目、アーマードギアに身を包んだマリナは、昨日と同じくミレイと共に校庭に向かっていた。
「マリナは今日はどうするの? 高得点狙い?」
「そう思ってたけど、よく考えると高得点者がそんなにいないんだよね」
初日が終わった時点で、4ポイント以上を取得している参加者は20人ほど。高得点者と対戦して他の参加者を一気に引き離すまでには至らなそうだ。
「今日は昨日と同じ感じかなぁ。結局昨日は4戦しかしなかったし、友達を探して少しずつポイントを貯める感じで。高得点狙いは明日か明後日からかなぁ」
「ワタシはまず1勝が目標だね。まずは勝ちパターンを掴まなくちゃ」
そんなことを話しつつ校庭に出ると、すでに4面の戦闘フィールドが展開され、さらにもう1面でも対戦が始まろうとしていた。初日の昨日に比べると、皆、随分と積極的になっているようだ。
「1年A組の茅吹マリナ。私と勝負しろ」
ミレイと共に校庭を見回して対戦相手を探していたマリナは、後ろからの声に振り返った。緑色を基調に黄色がアクセントに入ったアーマードギアを身に付けた生徒が仁王立ちしている。
マリナの網膜に、彼女の情報が投影された。
2年E組出席番号9番、潮乃アスミ、8ポイント所持。
マリナ以上の高得点者だ。見たところ、武器を持ってはいないが、マリナと同じように腰に直方体の箱を付けているので、ウェポンパックだろう。
「えっといいですよ。やりましょう」
せっかく向こうから高ポイント所持者がやって来てくれたのだから、マリナとしても否はない。
「ちょっとマリナっ!」
しかし、勝負を持ち掛けられていないミレイの方が、慌てた。マリナの腕を掴んでアスミに「ちょっと待ってください」と言ってから、後ろを向く。
「何?」
「何って、相手先輩だよっ。マリナよりポイント高いってことは強いんだよっ」
「うん、まあ、先輩がもっとポイントを取ってから対戦した方が効率はいいけどね。せっかく対戦を申し込んでくれたんだし」
「じゃなくてっ、負けたらどうするつもりよっ」
「負けても、ポイント減るわけじゃないし。ギアが壊れたら最悪今日は1戦で終わっちゃうけど、明日は出られるだろうし」
「だからってさぁ……まぁいっか。マリナが納得してるんなら」
ミレイはマリナの口調から、何を言っても気持ちを覆せそうにない、と諦めた。
ミレイは、親友のマリナが初日で上位に食い込み、なおかつ4戦して全勝しているので、この後もずっと負け無しのまま進撃して欲しい、という朧げな気持ちがあった。そのためには、最初は闘いに慣れていない相手から徐々に慣れ、強者との対戦は後半まで先延ばしにして欲しい、と半ば無意識に思っていた。
(でもそれって考えてみれば、ワタシのエゴをマリナに押し付けるようなものよね)
マリナの対戦に自分が口を出す権利はない、と思い返して、ミレイは早々に引き下がったのだった。
「お待たせしました。どこでやります?」
「ここでいいんじゃね? ちょうど1つ空いてんし」
アスミの提案にマリナも同意し、アスミの呼んだ審判ドローンを通じて2人の対戦は承認された。
「おっし。生意気な後輩を叩き潰してやんよ」
そう言いながら、アスミは腰のウェポンパックを取り外すと、武器に展開した。巨大な斧となったそれが、ズシンッと校庭を穿つ。
「返り討ちですっ」
マリナも第2装甲と武器の槍を展開し、アスミに向けて構えた。斧と槍の違いはあれど、似たような装備の対戦となった。
「勝負、開始」
「はあっ」
ドローンの開始の合図と同時に、アスミは斧を上段に振り被ってマリナに向けて跳躍、上空から斧を振り下ろす。
しかしそんな大振りの攻撃を躱せないわけはなく、マリナは半円を描くように身体を動かして槍を横に振り被り、落ちてくるアスミを狙う。
ズッドォォォォッ!
重い音と共にアスミの斧が校庭に突き刺さる。続いて落ちてくるアスミを狙い、マリナは槍を横に振り抜く。
マリナの反撃を予想していたアスミは、地面に刺さった斧の柄を掴んで空中で方向転換、斧を挟んでマリナの反対側に着地し、斧の柄でマリナの槍を受け止める。
ガキンッ!
マリナは斧の柄で跳ね返った勢いをそのままに槍を身体ごと回転させ、反対側からアスミを狙う。その時にはアスミは斧を地面から引き抜き、その刃でマリナの槍を受け止め、弾く。
武器を弾かれて体勢を崩したマリナに、振り上げられたアスミの斧が振り下ろされる。マリナは足を踏ん張って体勢を立て直しつつ、槍を斧にぶつけてその軌道を辛うじて逸らす。
ドシャッ!
重い斧が、マリナの身体を掠めるように振り下ろされ、校庭を穿つ。マリナは即座に後ろへ跳び、アスミから距離を取って仕切り直す。
(やっばぁ。あんなので殴られたらシールドあってもひとたまりもないよ。ブースターを使えば防げるかも知れないけど。ギアは1日で直っても、身体はそうはいかないもんね。
それに、あたしの武器と一緒で色々と仕込まれてそうだし)
斧を持ち上げるアスミを見ながら、マリナは相手の武器を観察した。
「なかなかやるな。6ポイント持ってるだけのことはある」
「ありがとうこざいます」
「まだまだ余裕あるな。次はもっと速くいくっ」
アスミは斧を脇構えにすると、マリナに向かって跳躍した。
(はいっ!?)
その速度にマリナは目を剥き、アーマードギアで強化した脚力で避けても間に合わないと瞬時に判断、真上に跳躍すると同時に穂先を上にした槍のウィングを開いて超伝導スラスターに点火し、超高速で上空に逃げる。
斧がマリナの足のすぐ下をブォンッと通り過ぎた。際どいところで攻撃を躱したマリナは、逃れた上空から斧を観察した。アスミの斧にもマリナの槍と同じく、超伝導スラスターが搭載されているようだ。それを使って移動速度を増し、そのうえ高速で斧を振り回したらしい。
そのまま上空からの攻撃に移るべく、ブースターを停止した槍の柄をしっかりと握り、落下しながら振り下ろす。
アスミはブースターを逆噴射して斧の回転を止めると、避けずにマリナを迎撃する構え。
「はあぁぁっ」
マリナはアスミに向けて、思い切り槍を振り下ろした。
それに対して、斧を再び脇に構えていたアスミは、マリナの攻撃に合わせて身体を捻り、紙一枚で槍を避けつつ、斧を振るう。
マリナは着地と同時にアーマードギアの電磁シールドを展開しつつ、アスミに向かって前進、斧の刃を避けて横腹で斧の柄を受け止める。
斧の柄を握り肘で挟み込み、アスミを逃がさないようにして槍からウィングを分離する。ウィングとオーキス・リアクターがガシャッと地面に落ちる。軽くなった槍を短く掴み直し、アスミの首元をめがけて切っ先を突き付ける。
アスミは咄嗟の判断で武器を放棄、バックステップでマリナから離れ、槍の攻撃を避ける。
マリナはアーマードギアで強化された膂力を使い、アスミの斧を後方へ放る。槍から外したウィングを拾って背中に装着、オーキス・リアクターの出力を4パーセントに制限してオーキス・ブースターを始動。アスミに向かって跳躍する。
アスミも両手を構えてマリナに突進。彼女が交差する直前で避けると判断したマリナは、背中に装着したウィングを展開して超伝導スラスターを起動、超加速してアスミに迫る。
「はぁっ!??」
マリナの突然の加速に驚愕しつつ、突き出される槍を避けようと横に跳ぶ。しかしマリナの方が一歩速い。
槍の切っ先がアスミの腹を突き刺すかと思われた瞬間、マリナの槍の穂先がガシャッと左右に開き、アスミの身体を挟んだ。
「はいっ??」
マリナは地面を蹴って跳躍、進行ベクトルを変えて槍でアスミを地面に押し倒し、縫い付ける。
マリナは、仰向けになったアスミを跨いで槍を押さえた。
「先輩。まだ続けますか?」
「……いいや、降参だ」
ふっと力を抜いたアスミを押さえている槍を、マリナは地面から引き抜いた。第2装甲を収納する。
「2E9・潮乃アスミ対1A6・茅吹マリナ、潮乃アスミの降参により、茅吹マリナの勝利。茅吹マリナは8ポイント獲得。現在14ポイント」
「はぁ、参った参った」
審判ドローンの告げるマリナの勝利宣言を聞きながら、アスミは身体を起こし、立ち上がった。
「はぁ、負けるとは思わなかった。お前、茅吹、強いな」
「ギリギリでしたけどね。危ないところは何回もありましたし」
互いの健闘を称えつつ、2人は握手を交わした。
「先輩も、これで終わりじゃありませんよね」
「そのつもりだよ。決勝トーナメントでまたやりたいな」
「もし当たっても、また返り討ちです」
「言ってろ」
アスミはニヤリと笑うと、マリナに放り投げられた武器を拾いに行った。
マリナも背中からウィングを取り外し、槍に装着してウェポンパックに戻したそれを腰に装着した。
「マリナ、やったね。ポイントからすると先輩の方が格上だったのに」
ずっと見学していたらしいミレイが駆け寄って来た。
「危ない場面は何回もあったけどね。なんとか勝てたよ」
「これでマリナは14ポイントかぁ。ワタシも頑張らなくちゃ」
「お互いにね。この後はどうする?」
「ワタシはこの辺りで対戦相手を探すよ」
「あたしは、そうだなぁ、公園に行ってみる。いろんなフィールドでの対戦を経験しておきたいし」
「なるほどね。じゃ、とりあえず別行動で」
「うん。またね」
マリナはミレイと別れ、公園に足を向けた。次の相手はどんな人だろう、と思いながら。