新居
週に1話~2話程度の投稿ペースになります。
「ご利用ありがとうございましたー」
威勢のいい声とともに引っ越しセンターの人が撤収していく。
季節は3月の下旬、新生活の用意をする季節だ。
俺は今日からこの国営のマンションに引っ越してきた。
都内の外れで、利便性はまあまあ。
1階の端の107号室だ。
同居人もそろそろ来るはずなのだが、もう少しかかりそうなのかと思い、開いていた家の入口のドアを閉めようと手をかけたときにちょうど声が掛かる。
「こんちには~、手が塞がってるから開けてもらってていいですか?」
確かに彼女の両手は荷物のバッグで塞がっている。
俺はドアを足で開けつつ片方のバッグを持ってあげることにした。
「あっ、ありがとうございます~」
そういって彼女は家の中へ入っていく、その後ろからドアを閉めて彼女のバッグを持って後を追ってリビングへ向かう。
「すぐに使うものなので目に付く場所にお願いします」
「わかった。テレビの横に置いとくね」
と彼女の荷物をテレビの横に置いて、
「とりあえず飲み物でも飲みながら自己紹介でもしようか。お茶でいい?まだ冷えてないけど」
「はい、お願いします。むしろボクは常温がいいです」
冷蔵庫からさっき買ってきたお茶を出してテーブルへ置く。
2人向かい合って椅子に座った。
「一応スマホで個人証明を見せ合おうか。間違ってたら大変だし」
二人してスマホをいじって個人証明の画面を出して見せ合う。
「うん、名前とか写真も問題なさそうだし、お互いのプロフィールは知ってるけど改めて自己紹介しようか」
「はい、お願いします」
「じゃあ俺から。高島俊也(たかしま としや)、26歳、元、小島精工の会社員、趣味は写真撮影とか散歩とかゲームかな」
「はい。ありがとうございます~。じゃあボクの番ですね~、葛木空(かつらぎ そら)、22歳、今年から月産グループの陸上実業団に所属しています。趣味は体を動かすこととか食べること。あ、フォールデドイヤーの犬の亜人です」
そう、彼女はこれから3年間寝食を共にする予定の亜人の女性だ。
亜人が認知され始めて30年余り、政府は少子高齢化を解決すべく、子供ができにくかった、人と亜人の結婚を推進し始めた。
なぜなら亜人は寿命も人とほぼ変わらず、身体が強いためだ。
それにあたり遺伝子検査を行って、亜人との子供を作りやすい人と、結婚して子供が欲しい亜人とマッチングさせるという凄まじい対策に打って出た。
俺は新しく始まった遺伝子検査で、犬の亜人と遺伝的に相性が良いことがわかり、そこで国運営の亜人とのマッチングシステムを勧められた。
そして会社を辞め、今日に至る。
なんと仕事をしなくても、このシステムを利用している3年間は亜人の異性と暮らすだけで衣食住すべて国負担なのだ。
更に子供ができた場合の補償は無期限となる。
もっとも仕事をするかどうかは自由だったのだが、マッチングで紹介された彼女がほぼプロのスポーツ選手なので、仕事をしながらフォローはできるかわからなかったのが理由だ。
ちなみに亜人の男女比は3:7くらいで、いわゆる獣人と言われる人たちだ。
最近は亜人の呼称で固定され始めた。
人口比的には都会でなら学校の1クラスに2~3人いるかなくらい。
昔はもっと少なかったらしいが。
見た目は全身の毛が濃かったり、ほぼ2足歩行の獣のような亜人から、耳だけや尻尾だけ、と比較的人と変わらない亜人もいて様々だが、近年は人と相違ない姿の亜人が増えてきているらしい。
俺との同居人のソラだが、プロフィールに書いてあった通り、耳だけが犬の耳をしている亜人のようで、さっき外にいたときは耳部分が穴あきの野球帽を被っていた。
それのせいでよくわからなかったが、こうして対面で見ると写真で見るよりずいぶんと童顔だ。
この際なのでソラの見た目を挙げておこうと思う。
プロフィールからの情報だが身長は156㎝、体重非公開、だが、おそらく40キロくらいじゃなかろうか。
引き締まった体はまさにアスリート、とといった感じに見える。
髪型はゆるふわミディアムパーマといった感じで、毛の色は青く、まさに快晴、晴れた青空色だ。
頭の上の方にある耳も同様の毛色で、ふにゃりと垂れている、目元は眉も含めて垂れ目ぎみで眠そうに見える感じだ。
「それでですね・・・・・・一番最初に謝っておきたいことがあるんです」
なんだろう?
ソラは少し顔を赤くしながら口を開いた。
「その・・・・・・子供を作るのを1年間我慢してもらえないでしょうか!」
「!?」
このマッチングが決まって、俺にはそういった下心が無かったとは言えない。
正直、この子と3年間は一緒に暮らすことができるのかと期待していた。
が、引っ越し早々これはどういうことなのだろう。
「えっと、その、1年間は友達っていうことでどうでしょうってことなんです!」
「う~んと、これってそういう目的のマッチングじゃないよね?」
「自分勝手なのは、わかってます。でも、あなたの1年をボクにください! そうしたらそれ以降はなんでもしますから!」
「俺は結構な覚悟をしてここに来たつもりなんだけど」
彼女と暮らすために仕事も辞めてきたのだ。
今更後には引けない。
「ちなみに避妊してもイヤ?」
「それは・・・・・・本当にごめんなさい。でも、ボクはこの1年に掛けてみたいんです。たぶん最初で最後のピークだから・・・・・・」
ソラに強く言われる。
要するに、選手として最後の活動にしたい、そういうことらしい。
「本当はこんなつもりじゃなかったんです。全部決まってから急に成績が良くなって・・・・・・」
ソラは今にも泣きだしそうだ。
「あなたとの暮らしも楽しみでした。でもボクは自分で満足してから走るのを辞めたいんです!」
「どうかお願いします。1年間だけ、ボクにください!」
眠そうな目元からは考えられないほどの強い主張だった。
決めた。
どうせ乗りかかった船だ。
ならば、俺はもっと彼女を知ってからでも遅くはないと思った。