二の三
スーパーに到着すると、少女は俺の側は離れないが物珍しそうに店内を物色していた。
先程までの少女の雰囲気は「わくわく」というのが似合っていたが、今は「うきうき」という方が似合っている。
余程楽しいのだろう。
少女は店内を物色しながら、
「これは何だろう。とまと?美味しいのかな。あっこれは見たことある。昨日食べたなぁ。きゃべつって言うのか…ぶつぶつ」
としきりに何かを呟いている。
俺はそんな少女の腕を引きながら目的の物を特に迷うことはなく、次々に籠へと入れていった。
俺はお目当ての物を持ったので会計の列に並ぼうとするが、少女に袖を引っ張られる。
どうしたのかと尋ねれば、少女は真剣な面持ちで、
「焼きぷりんが呼んでいます」
と言い放った。
そういえばぷりんを買い忘れていたことをすっかり忘れていた。
少女はそう言い終わるや否や歩き出し、直ぐに焼きぷりんを両手でしっかりと持ち、満面の笑みで戻って来た。
「別に焼きぷりんじゃなくてもいいんだぞ」
「焼きぷりんが私に助けを求めていたんです。陳列されている姿はまるで悪の権化である天使に囚われた姫」
「天使なのに悪なのかよ」
「全てのとは言いませんが天使は嫌な奴ばかりです。だから悪の権化」
少女の世界観は全く理解出来なかったが、少女が焼きぷりんを気に入ったことは理解することが出来た。
会計を済ませている間にも少女は焼きぷりんから目を離さない。
(そんなに好きなのかよ)
俺はぷりんに熱のこもった視線を送っている少女を観察しながら会計を済ませ店を出ると、少女は袋から焼きぷりんを取り出し、手でしっかりと包み込んだ。
その手つきはまるで繊細な硝子細工を扱っているようであった。
ーーー
玄関に到着するやいなや少女は靴を脱ぎ捨て、冷蔵庫の前まで走って行く。
だが少女の血色の悪い手が冷蔵庫に辿り着く前に少女は足を滑らせてしまい、少女が大切にしていたぷりんは、少女の手という名の檻から大空に羽ばたくように宙を舞った。
少女は何とか手を着いて顔と床との接吻は免れたが、ぷりんはと言うと床に激突してしまい、容器内のぷりんが原型を止めていないことは想像に難くなかった。
一瞬の沈黙が辺りを包み込む。
俺は荷物を玄関に置き少女に駆け寄るが、少女は床に手を着いたままの状態で固まっている。
少女の視線の先にはぷりんが転がっていた。
どうやら少女はあまりの衝撃にこの状況を理解していないらしい。
だが次第に状況を理解したのか、少女の肩は小刻みに震え始め、少女の顔を覗き込むと目には大粒の涙が浮かんでいた。
「大丈夫か?」
俺が少女に声をかけると、俺の存在に気付いていなかったのか、少女は声をかけられたと同時に顔を背けた。
きっと少女の小さなプライドから俺に涙を見られたくなかったのだろう。
俺は少女にかける言葉が浮かんでこなかったので、箪笥から取り出したタオルを少女の目の前にそっと置き、買った物を冷蔵庫に仕舞う。
その間少女はタオルに顔を埋めていた。
俺は買った物を仕舞い終わるとしっかりと手を洗い、台所へと立った。
俺が台所へと立ったと同時に少女は起き上がり、地面に転がっているぷりんを大事そうに胸に抱え冷蔵庫の中へと運び、そっと扉を閉めると無言で部屋の隅に移動し何かを呟き始めた。
俺は今は少女を放って置いた方が正しいだろうと思い、眼下の食材たちに集中する。
今晩の食事内容は既に決まっている。
そうして俺の手は迷いもなく食材を昇華させていった。