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二の二


 幸い俺の仕事量は元々多くはなかったので、何とか定時内には終わらせることが出来た。

 では、何故普段は残業三昧なのかと疑問に思うだろうがその理由は至極簡単である。

 何故なら普段から上司や部下の仕事を押し付けられているからであった。

 普段通りであれば俺は胃を痛めながら機械的に仕事をこなしていただろう。

 だが、今日の俺は一味違う。

 これは夢なのだという謎の安心感からくる勢いに任せきっぱりと仕事を断り、定時退社をすることが出来のだ。


(定時退社なんて何年ぶりだろうか)


 外は夕日が沈みかけてはいるがまだ明るく、夕陽に照らされた住宅街からは夕飯の匂いが漂って来る。

 道行く人々は茜色に染まった道を少し寂しそうに、だが雰囲気や足取りは寂しさとは反対に軽い。

 俺もその雰囲気につられてか、不思議と足取りが軽くなる。

 夢だとはいえ、俺は数年ぶりに見る茜色に染まった景色に心揺さぶられつつ家路を急いだ。


ーーー


 家の前に到着すると俺は家の扉に手をかける前に一度、大きな深呼吸をする。

 もしかしたらこれは現実で朝の出来事は寝ぼけて見ていた夢かもしれない、それとも疲れで見えてしまった幻覚かもしれない。そんな考えが頭の中を駆け巡る。

 だがいつまでも玄関前に立っている訳にはいかないので、俺は意を決してドアノブに手をかける。

 俺は今朝鍵をかけ忘れていたらしく、扉は何の抵抗もなくすんなりと開いた。

 だが、直ぐには家に入らず、夢だとは思っているが念の為に扉を少し開いた状態で家の中へ声をかける。


「ただいま」


 部屋の中はとても静かで自分の声が反響して来た、という俺の淡い希望を打ち砕くかのように部屋の奥から、


「お帰りなさーい」


と小さな声が聞こえて来た。

 どうやら未だに俺は夢を見ているようだ。


(まだ夢から醒めないのか)


 俺はそう思いながら頬をつねってみる。


(痛い)


 痛かった。

 どうやらよくフィクションの中で登場する、夢か現かの判別方法は当てにならないようだ。

 だが、落ち着いて考えるてみると今朝も転んで痛みを感じていたので今痛みを感じないというのはおかしいのだ、と納得出来た。

 そういえばこの夢は現実と大差ないようだったのではないか。

時間の流れや匂い、温度、痛み。

 まぁ現実ではこの夢は六時間にも満たないだろう。

 そう俺が玄関で思考していると、部屋の奥から少女が出て来た。

 きっと俺が中々部屋に上がらないので、今朝のこともあり心配になったのだろう。


「社畜さん!大丈夫ですか?頭が痛いとか、何かありましたか?やはり油断は禁物だったんですよ…ぶつぶつ」


 少女の話す速度が段々と速くなっていく。


「大丈夫だから、な?」

「いやでも、ですが…ぶつぶつ」


 どうやら少女は自分の世界に引き籠ってしまい、全くではないが俺声は届いていない様である。

 話し合おうにも話が通じず、俺は何か少女の気を引けるものはないのかと少女に関する殆どない記憶を捻り出そうとするが中々浮かばず、頭を抱える。


「やっぱり力ずくに引き留めた方が良かったんじゃ…ぶつぶつ」


 その間にも少女は更に、自分の世界へと引き籠もってしまう。


「焼きぷりん」


 どうしたものかと悩んでいる俺の口からまるで天啓の様に、誰かに操られた様に漏れた言葉。

 その言葉に少女は、先程までの態度が嘘かの様に素早く反応する。


「焼きぷりんあるんですか!」


 少女の瞳は色こそ変わらなかったのだが、俺の幻覚かそういった仕組みか輝いて見えた。


「い、いや多分なかった筈」

「そうですか…ないんですか。そうですよね。私みたいな奴に食わせる物などある訳ありませんよね…ぶつぶつ」


 俺が否定をすると、少女は再び自分の世界へと籠もってしまった。

 折角少女を世界から引きずり出すことに成功したのに、またもや籠られたら堪ったものではない。

 それに夢とはいえここまで落ち込まれると少し心配になる。

 少女の籠りを阻止すべく、俺は咄嗟に、


「買いに行こう」


と口にした。

 その瞬間少女はにやりと、如何にも悪魔ですと言わんばかりの笑みを浮かべた。


(こいつ、まさか俺を嵌めたのか!?)


 どうやら俺は少女の策略にまんまと嵌められてしまったらしい。

 少し心配をした自分が馬鹿らしく思えてくる。

 そんな俺を余所に少女は、


「社畜さん、早く行きましょうよ!まだですか?ねぇねぇねぇ」


と、俺を嵌めたことなどなかったかのように騒いでいる。

 正直言ってしまうとうざい。

 この一言に尽きる。

 そんな少女の変わり様に俺が呆れていると、少女は早る気持ちを抑えられなくなったのか俺を押し退け外に出ようとするので、俺は慌てて少女の行手を阻む。

 少女は機嫌良く外へ出ようとしているところを止められ、少し不機嫌になったことが目に見えて分かる。


「何で止めるんですか!?私は外へ出るんだー!焼きぷりんが私を呼んでいる!悲しんでいるんだ!」


(ぷりんに意識はないだろ)


という突っ込みを飲み込みつつ、外へ出ようと暴れる少女の腕を掴む。


「待て待て、出かける前にお前靴とかあるのか?」

「え?今のままでいいじゃないですか。何が駄目なんです?」


 少女は裸足であったので、流石にそのままではいけないと思ったのだ。


「流石に裸足は駄目だろ」

「何でですか」

「いいから、少し待ってろ」


 何でだと不満をたれる少女を他所に、俺は少女が履けるような靴がないのかと靴箱を探す。

 すると少し埃が積もっていたがサンダルを発見した。


(そういえば最近は忙しくて暫く履いていなかったな。というか忘れてたわ)


 そんなことを考えつつ俺は軽く手で埃を払い、少女に手渡す。


「一応埃は払ったからこれ履いて行け」

「まぁありがたくお借りします」


 少し驚いた。

 てっきり埃が積もっていた靴など履けるか、と文句を言われるかと思っていたので素直に礼を言われるとは思ってもいなかったからだ。

 そんな驚きがつい口から漏れてしまう。


「意外だ」


 俺の呟きに少女は不満を顕にする。


「意外って何ですか!意外って!」

「い、いや嫌がられると思ったから」

「靴のことですか?馬鹿にしないでください。人から物を借りるのに対して礼をしないような悪魔は低級悪魔です!私はある程度の地位や品格は持っていると自負しています。そこらの低級悪魔と混ぜないでください!」

「ごめんごめんて」


 品格という言葉に少し違和感を覚えたが、少女の言葉を遮らなければ、このまま少女は止まらなかっただろう。

 少女は雑ではあるが謝られたという事実に満足したのか、いそいそとサンダルを履いている。

 そんな少女を横目に俺は自分の鞄を玄関に置き、財布と携帯だけを取り出し、ポケットへ仕舞う。


「社畜さん!準備完了です。行きましょう!」


 サンダルを履いた少女の姿は服装と靴が合わさってなく、少々滑稽であったがいいだろう。


「じゃあ行こうか」


 俺が言い終わる前に少女は扉を開け外へと出ていた。

 俺は少女の後を追い扉を閉める。

 行き先は安定のスーパーであるが、何故か俺の心は弾んでいた。

 余談だがスーパーの名は「セントー」である。決してスーパー銭湯ではない。


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