くまぜみの鳴く森で
木々の生い茂る森の奥で、僕は奇妙な黒髪の女の子に出会ったんだ。
公式企画『夏のホラー2022』お題:ラジオへの参加作品です。
シィシィシィシィシィシィ…… ジーーーーー……
どこかでセミが鳴いている。
むわっと、草木のにおいが漂ってきそうな、ふかい森の中だ。
高い樹木にかこまれ、うっそうとしげった草で、まわりが見通せない。
木の枝や葉っぱが頭上に広がっていて、太陽の方向もはっきりしない。
ぼくたちは、道と言えるかどうかも怪しい、ぬかるんだ獣道らしきところを歩いている。
森で、ぼくは変な少女に出会った。
一緒に来てほしいと頼まれた。『どうしても』と。
その子はリュックも水筒も持ってない。手ぶらだ。
迷子かな? それとも……このあたりに住んでいる? けれど、こんな森の奥に集落はあったっけ?
彼女についていくと、森の中にぽっかりとひらけた場所にでた。
そこには朽ちかけた小屋があった。
「ここだよ」
そう言ったおかっぱの女の子は……たぶん、まともな人間ではない。
その身体が、どこかおかしい。なんとなく透けているようだ。
彼女の向こう側の景色が見えそうだ。
森の中では気づかなかったが、彼女の足もとに影がない。
もしかして座敷童のお化け?
木造の小屋はボロボロでくずれかけている。壁のあちこちに黒ずんだ穴が空いている。
いつ倒壊しても、おどろかないぞ。扉は完全になくなっている。
まさか、ここに入れと?
少女は小屋に、すうっと入っていった。しかたがないなぁ……。僕も慎重に後に続いた。
ガラクタが散乱している。
汚れた本。こわれた陶器の動物。キズだらけの人形。色あせた、おもちゃのお金。
どれもよごれていて、しめった匂いがする。
時間が、ここだけ取り残されたみたいだ。
この小屋は、子供たちのかくれ家かな。
彼女はクツを脱がずに部屋にあがっていった。ほこりのつもった床に、少女の足あとはつかなかった。
ぼくもクツのままで続く。
「わたし……生きてた頃は、お兄ちゃんやお友達と、ここでよく遊んだの」
……生きていた?
なるほど、座敷童じゃなくて、幽霊のたぐいか。
この森って、自殺や心中のウワサがあるけど、その一人かな?
ここで死んだとは限らないけど。
「あなたに見てほしいの。これ」
幽霊の少女が壁の方を指さした。
柱に、古い筆箱みたいな箱が付けられている。
そこから、ねじれたイアホンのコードがたれさがっている。
銅線が天井と床に伸びている。みどり色のサビが浮かんでいた。
これって大昔の電話機かな……。いや、たぶん自作の鉱石ラジオだ。
「これ、お兄ちゃんが作ったラジオなんだって。完成したら聞かせてくれるって言ってたんだけど……。わたし、聞かせてもらう前に死んじゃったみたい」
友達に似たようなラジオを見せてもらったことがある。
雑誌のふろくだったか。アンテナ線と地面へのアース線さえあれば、電源もいらない。
イアホンでラジオの音が聞けるとか……。
「わたしには聞こえないの。あなたがかわりにラジオを聞いてくれるとうれしい」
妙に切実な声だった。
ぼくはそっとイアホンのところに耳を寄せた。
「えーと……よく聞こえないな。ザーっていってるけど。あ……。あれ、なんか言ってるかな?」
少女の方をチラリと見ると、不安そうな表情でこちらをじっと見つめている。
いつの間にか、セミの声がやんでいた。
「関東地方の天気は……おおむね快晴……夜になっても……熱中症に……注意……」
ぼくの声をきいて、少女は目を大きく見開いた。
そして、その目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「……きけた……やっと……ラジオ、きけた……おにいちゃん……やくそく……」
おかっぱの少女の姿がだんだん薄くなってきた。声も小さくなっていく。
「……ありがとう……ありがとう……」
お礼の言葉を残して、姿が完全に消えた。
事情はよくわからないけど、彼女の心残りが消えて成仏できたってことかな。
正直に言うと、イアホンからは何も聞こえなかったんだ。
さっきのは天気予報のマネをしただけ。
ぼくは大ウソつきだ。ろくな死に方はしなかったな。
「ぼくも、早く成仏しなきゃ」
そっと、手をみた。すけて見える。ぼくもこっち側だった。
誰かの役に立ちたかった。ちゃんと生きたかった。
でも、ぼくがここに残ってるってことは、まだやるべきことがあるのかな。
セミが声がまた聞こえてた。
あのセミって、ほんとに生きているセミなのかな?
シィシィシィシィシィシィ…… ジーーーーー……
これってホラージャンルに該当するのかな。
童話かローファンタジー寄りかも。