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ある日の出来事

作者: 小説太郎

 今日は、朝から空一面青空の広がるとてもすばらしい日だった。家にずっといるのは勿体ないと思った。なので、外に出かけようと思い、実際に、外に出かけた。と言っても、急に思い立っての外出だったので、どこかに行こうなどというあては無かった。とりあえず、適当に歩いてると、家から最寄りのバス停が目に止まったので、バス停まで行った。言うまでもないことだが、そこで汽車を待っていたわけではない。100万年待っても、汽車は来たりしないだろう。10分程してバスが来た。せっかく来たのだし空席だらけだったので、バスの運転手の予想通りにそのバスに乗り、私の家から数km離れた、デパートやショッピングモールが多く集まっている繁華街のバス停で、そのバスを降りた。冒頭でも述べたが、すばらしい快晴の日だったので、まずは、屋内に入らず、その繁華街に唯一ある、広くて花や緑も豊富にある公園のベンチに座って、日向ぼっこをした。しかし、そういうのは、家の近所にある公園でもできることなので、程なくしてその公園を後にして、それからは、ゲームセンター、カラオケハウス、本屋と、次々と気のおもむくままに行ってみた。しかし、どこに行っても最終的に感じるものは、一抹の虚しさであった。そして、本屋を出て道を歩いている時、まさにその時に感じた虚しさは、今日それまでに何度か感じた虚しさとは異質の、ある種の輝きを持ったものだった。同時にその時、ふと思ったのは、この虚しさこそは、松尾芭蕉をはじめとする昔の俳人が求めていたわび・さびに通じるものではないか、ということであった。時に、夕暮れは、街を赤く染めていた。


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