神がなんか長々と説明始めようとしたのでパスしたけど、問題なくアニキと呼ばれてるぜ。 ステータス? 知らねぇなぁ。
王都のハズレの裏通り、普通に暮らす人が近寄らず、いわく付きの者が巣食う場所。
人はそこを貧民街と呼ぶ。
そこで10人を超える舎弟を得て、面白おかしく暮らす男が居た。
「アニキ! アニキ! 大変だ!!」
「どうした、騒がしい」
「ベイクがやられた!」
「何! そんな訳あるか!!」
ベイクは彼の右腕、彼が「このシマ」を支配する前のトップで、彼との勝負に負けて舎弟になった男だ。
この地には時々「新人」が迷い込んでくる。
大抵の奴は常識知らずで変な正義感を振りかざす「お子ちゃま」だ。
多くは彼の舎弟にシメられて逃げ出すか、物言わぬ姿になって掃除人の仕事を増やす事になる。
たまに強い奴もいるが、それでもベイクが出向けば、相手は世界の厳しさを学習する結果になるし、その学びを役立てる機会が永遠に来ない奴も珍しくない。
じゃあ、彼はそんな強者ベイクをどうやって倒したのかって?
それは、彼は「転生者」だったからさ。
アニキと呼ばれた男は舎弟に連れられ、現地へ走る。
「アニキ、あいつですぜ」
「なに、あれか? おいおいあんな優男にやられたのか」
地面に伸びていたベイクは彼の声を聞いて起き上がる。
「ア、アニキ……、すいやせん」
「全く、お前ともあろう者が」
優男はこっちを向いているが、その目は何処かあらぬ所を見ているようで、上の空という感じだ。 こっちの事は完全無視。
「よぉ、兄ちゃん、ウチの舎弟が世話んなったな」
「……」
相変わらず無視している。 さらに、空中で右手を動かす謎の動きをしている。
「無視すんなゴルァ!!」
「え? ああ、すまないね。 なんか用?」
「『なんか用?』じゃねぇよ、俺の舎弟に何してくれちゃってんだ!」
「ん? ああ、そこの乱暴者の仲間かい? 悪さをするのは止めた方がいいよ」
「どうやら教育が必要だな、王都ってトコがどんな所か教えてやんよ!」
彼は腰のダガーを抜くと構える。
相手は丸腰だが、ベイクを倒した程の手練れ、手抜きは出来ない。
この街では相手をなめた奴から死んでいくのだ。
「死ねやぁ!!」
「バインド」
男の声と共に不意に彼の動きが停まる。
必死に動こうとするが、全く動けない。
息は出来るし声も出せるから、時間が止められたとかいう話では無さそうだ。
「な、何やりやがった」
「何って、初級魔法のバインドだよ。 まさかここまでしっかりかかるとは思わなかったけど。 君、魔法耐性全然ないんだね」
「な、なんだと……」
「ア、アニキ、気を付けて……くだせぇ、そいつ、力を……隠して……なんか不思議な術をつかい……やがります」
ベイクもどうせ忠告するなら、もう少し早く言えばいいのに……って、先に聞いてたとしても結果は同じか。
「うおおおおお」
彼が叫び出すと、急に体が光り出す。
「おおおおおお」
そして急に強烈な光に包まれる。
その場にいた全員が何か「パシーン」という感じの音が聞こえたように感じた。
すると、バインドは効果を失い、彼は自由になった。
「はぁはぁ」
「え、やるじゃん。 バインドを破るなんて結構レベルは高いのかな」
「な、何?」
「ディテクト」
優男はそうコマンドを告げると、何やら納得したような顔になった。
「な、何なんだ……って、レベルだと」
「君の力じゃ僕には敵わないよ」
「う、うるせぇ」
「やれやれ、悪人として立ちはだかるなら容赦はしないよ」
「おう、よく言った、今すぐブチのめしてやんよ!」
彼はダガーを振りかぶると、斬りかかった。
だが、次の瞬間、優男の右手に現れた剣によって彼は袈裟に斬られる。
「ぐはぁ」
彼はいかにも小物悪役の断末魔のような声を上げて倒れる。
ベイクは「ああっ」と声を上げ、道案内をしてきた舎弟は一目散に逃げ出す。
彼はだんだん意識が遠のくのを感じつつ思う。 というか最早独り言を呟く体力も残っていない。
(そんな馬鹿な、奴は何も持ってなかったのに……)
「コンパネ・オープン」
優男はそう告げると、先ほどの様に虚空を眺めながら右手を動かし始める。
彼はその様子を見て、気が付く。
(それか、奴は転生者だったのか、それが……それがステータスオープンなのか……)
走馬燈が現れる中、彼は思い出す。
前世で死んでから転生した時のことを。
*****
そこは真っ白な空間だった。
どっちを向いても、どこまても続く真っ白な空間。
「貴方は死亡しました」
突如目の前に現れた女はそう告げた。
「お、おう」
「大丈夫ですか、私の話がわかりますか」
「ふっ、任せろ。 ここは天国で、あんたは女神様、これから俺は異世界転生するんだろ」
「そうですね、話が早くて助かります」
(ふふっ、ダテに転生小説読み漁ってないぜ。 ま、神様シーンはいつもすっ飛ばしてるけどな)
「それでは、ご説明いたします。 貴方は転生者なので、レベルが上がります……」
その説明を遮って、彼は「いいよいいよ、さっさとやってくれ」と語る。
「え、良いのですか?」
あの異世界転生を自身が体験する。
彼が何度も小説で見たあの異世界転生だ。
はやる心を落ち着かせつつ、期待に彼の胸は膨らむ。
一刻も早く、すぐに、長話とかいいから……と。
「なんかチートくれて、どうこうってんだろ。 そんなの転生してからステータス見れば分かるよ。 それともチート選べんの?」
「いいえ、固定分とランダム付与分だけですので、指定は出来ません」
「やっぱりね、じゃ、やってくれや」
「そうですか、それならすぐにお送りしましょう」
女神が何やら呪文を唱えると、彼の姿は消え、新たな世界へと旅立った。
「はー、今の方、複数回転生者なんでしょうか。 皆さんこんな感じだと楽なんですけど……」
そう独り言を言うと、女神は次の転生者を送るべく姿を消した。
気が付くと、彼は路地裏に立っていた。
表通りに出ると、石畳の大通りを馬車っぽい車が走っている。 それは馬とは違って2足歩行の生き物が引っ張っている。
通りには、がっしりした小人や耳の長い人、猫耳に尻尾のついた人などが歩いている。
「おおお、異世界、異世界だ、異世界転生だ!!」
彼は感動に打ち震える。
そして、同時に周りの人が怪訝な顔でこっちを見ているのに気づく。
彼はさっと路地裏に戻る。
「いかんいかん、人前で異世界転生とか叫んじゃマズいな」
そして早速ステータスを確認する。
「ステータスオープン!」
何も起きない。
「何だ? 言い方が悪かったか? ステータス・オープン」
やはり何も起きない。
「発音なのか?」
彼は色々試す。
「Status Open!」
「ステータス開け!」
「見る・ステータス」
「スーテタース・オプーン!!!」
「す・て・い・た・す お・う・ぷ・ん」
「出でよ、すてゑたす」
・
・
・
「はぁ、はぁ、一体どうなってやがる。 全然ステータスが開かねぇ」
ステータスを見れずに疲れ切っていると、後ろから声がかけられる。
「何だよ、さっきから、何の練習だ?」
振り返ると、なにやら子分を引き連れたチンピラっぽい男が笑っていた。
「うるせぇ」
うまくいかず気が立っていた彼は暴言で応える。
「おいおい、このベイク様の顔見てそんな態度とは、新人君だな」
「ベイクさん、教育しましょう」
「そうだな」
「ふざけんな!」
そしてボコられた。
「覚えてろよ」と捨て台詞をはいて逃げた。
後ろで嘲り笑う声が木霊していた。
「くそう!!」
通りに出て走る。 知らない街を行き先も考えず走る。
気が付くと人気のない空き地にたどり着いていた。
犬の唸り声が聞こえる。
周りを見渡すと、5~6匹の犬が彼に敵意を向けていた。
「ちっ、やるかコラ!」
気が立っていた彼は足元に落ちていた木切れを拾うと、それを振り上げて威嚇する。
それを見て犬たちは一斉に飛び掛かる。
数分後、犬たちは倒れ、逃げ出していた。
彼は傷だらけになりながらも勝利したのだ。
そのとき、何か軽快な音が頭の中で響いた。
「こ、これは……」
彼の中に力が湧いてくる。
明らかに強くなった感覚がある。
彼はニヤリと笑うと、野良犬の群れを狩に行く。
「ふははははは、レベルアップだ、レベルアップだぁ!」
幾度も野良犬軍団を壊滅させ、夕方になる。
何度かレベルアップを経験し、今や野良犬を素手で瞬殺出来るまでになっていた。
良い感じに一皮むけた彼は、「獲物」を求めて歩き回っていた貧民街の中でベイクと再会する。
「こんな所に居たのか、探したぞ」
「はぁ、何言ってやがる。 またのされたいか」
ベイクは一度ボコボコにのした相手だったから油断していた。
本来の彼であれば、あからさまなオーラをまとう相手の強さを見誤る事は無かっただろうに。
一発殴られてから間違いに気づき本気を出すが、一般人が力を付けた転生者に敵うはずも無かった。
倒されたベイクは彼の舎弟となった。
そうして、ベイクのシマを引き継ぎ、トップの地位に納まった。
*****
彼は薄れゆく意識を奮い立たせ、声にならない声でつぶやく。
「コンパネ・オープン」
彼の目の前にコントロール・パネルが現れる。
(そうか、これで良かったのか……ちゃんと説明聞いとけば良かった)
そして、もう一つ聞いたコマンドを試す。
「ディテクト」
優男の上に何やら文字が浮かぶ。
「レベル12、勇者だと……」
そして自分のコントロール・パネルには「レベル5、無職」と表示されていた。
(何だよ、無職って……)
そして、そのコントロール・パネルの上に警告ダイアログボックスが現れる。
「警告、前回転生してからの経過時間が不足しています。 再度の転生条件を満たしていません。 このまま死亡すると再転生は出来ません」
そう表示され、OKボタンだけが付いている。
(何だよ、再転生は出来ないって……)
腕は動かなかったが、OKボタンに意識を集中すると、ボタンは押され、警告ダイアログは消えた。
だが、すぐに今度はボタンの無いダイアログボックスが現れた。
それには大きく真っ赤な文字で10、9、8とカウントダウンが表示されていた。
(な、なんだ)
そして彼にだけ聞こえるシステム音声が響く。
「生命活動停止まであと6秒、5秒、4秒……」
(な、なんだって、馬鹿な……)
「3秒、2秒、1秒……」
彼の意識は途切れた。
転生後の早すぎる死は再度の転生条件を満たせず、彼の魂は消滅した。
とりあえず、人(神)の話はちゃんと聞きましょう。
それと、喧嘩売る前に相手の強さも確認しましょう。 可能ならですが。
そして異世界転生、案外転生者は沢山いるのかも知れません。
何処かの物語で最初に出会ったチンピラも、もしかしたら……ね。