硝子のライオン
とある無名の職人に造られた
とても小さな
硝子細工のライオンは
不可思議なる神の計らいによって
切なる愛をひとつ胸に宿した。
とても割れやすく
壊れやすく
罅の入りやすい
身体と心であった。
窓越しに置かれていたライオンの身体は、月の光にくすぐられて、クリンクリンとまたたいては、光輝いていた。ライオンは耳を澄ませると、いろんな音や声が聴こえた。とおく離れた鳥の羽ばたき、モグラのいびき、人や万物の心、月のくしゃみ、生き物の生死、土地や霊界、神。ライオンは窓越しから広がる、森の聖霊達による、青々とした輪舞をいとをかしく眺めていたら、突然、白く輝く彗星が、東の夜空を流れていった。すると、ライオンに神の声がくだった。
「セルク、セルク、セルクよ」
ライオンは心のなかで、神に言った。
「セルクとは誰ですか?」
神はライオンに言った。
「セルクとは、汝のことじゃ。今語りかけているのは、汝の産みの親である」
セルクは神に言った。
「親ですか?おとうさんやおかあさん、あ、おとうさん」
神は、セルクに言った。
「愛する息子、セルクよ。ここから東に777m離れた、湖のほとりに行きなさい」
セルクは神に、言った。
「はい、愛するおとうさん。私は、湖のほとりに向かいます」
セルクは、小さな硝子細工の身体を懸命に突き動かして、工房に置いてある、あらゆるものを梯子や階段にし、つたいながら、工房から出た。工房を出てから、雑草をかき分けて、木の枝や木の葉をかわして、天道虫と挨拶をして、風のフェアリーとはハイタッチ。コウロギや鈴虫の子守唄を聴きながら、東へ、東へと向かっていった。
そうしてしばらく、草原を邁進していると、とある音が聴こえてきた。セルクは、優しい顔をした木の枝を梯子として、空き缶の上にのぼって、前方を眺めると湖が見えた。すると、神の声が、再び、セルクに舞い降りた。
「セルクよ、セルク。その空き缶の上で、しばらく湖を眺めていなさい」
セルクは、心を震わせて神に言った。
「はい。おとうさん」
それからセルクは、空き缶の上で、湖の精や産土神とときどき会話をしながら湖を眺めていた。スピカやアルクトゥールスなどの星々も歌い、月のオカリナが聴こえはじめた三日目の夜に、とある少女がやってきた。
少女の首すじや服には泥があり
もう痩せ細っていて
生きる力はなかった。
その少女は、硝子細工のライオン
セルクを見つけた。
少女は、セルクを大事に大事に
自分のちいさな手のひらに乗せて
話しかけた。
「きれいな、きれいなライオンさん。わたしのおともだち」
セルクは、少女に言った。
「おともだち、おともだち」
すると、少女は微笑み
眠るように、息を絶やした。
セルクも少女の手から
こぼれ落ちて
星屑のように、散らばった。