諸刃の劔
フルアーマーの人外ヒーローが好きな人向け。
読み切り版みたいなものなので、今連載してる奴が終わったら続き書くかもしれません。
ー俺は神を信じない。
父さんが僕らの田んぼを野武士から守ろうとした時。全然守ってくれなかった。
母さんが病になった時も、何もしてくれなかった。
その後、預けられた親戚の元で、俺は必死で言う事を聞いて働いた。でも、粗末な食事以外は何も貰えなかった。
辛くて、心細くて、先が見えなくてー。だから祈った。
「この苦しみを終わらせて欲しい。」
社の前で手を合わせて祈った。毎日、欠かさず。
でも、何も変わらなかった。
時間の無駄だって事に気が付いただけ。
だから、俺はもう何にもすがらない。
助けてくれるもの、そんなものは無い。
自分の足だけで地面に立ち続けてやる。
いつだって。
今だって。
***
月が雲に隠れて、頼る光のない暗い森の中。
その奥に小さな焚き火の明かりだけが、ぽつんと見える。
その周りで無数の不気味な影が踊っている。
無数の餓者髑髏達の影だった。
餓者髑髏は、泥だらけの腐った肉と内臓の一部を骨に付けた、醜い亡者である。死ぬ前は武人だった為、錆びた刀を手に持っている。
その髑髏達は小さな何かを取り囲んでいた。
子供二人であった。
一人は3歳くらいの幼女。
もう一人は7歳くらいの少年だった。
少年と幼女は、裾や袖の破れた粗末な着物を着ており、あまりいい身分では無さそうだった。
少年は武器を構えている。
脇差だ。あちこちが刃こぼれしていて頼りない。
少年の置かれている状況は最悪だ。多勢に無勢に加え、まともな武器が無い。
それでも彼は、妹である幼女をしっかりと庇い、髑髏をキツく睨み付けている。
少年には十分過ぎる程の闘志がたぎっていた。
しかし、数の多い妖怪相手にその小さな体だ。その勇敢さは無意味であり、無謀でしかなかった。
その時、風が通り抜け、木の葉が騒めく。
同時に金属が擦れる音が遠くに聞こえた。その音は少年達のいる所に近付いて来る。
焚き火の明かりが、大きな人影を照らし出す。
頭から爪先まで、全身に鎧を纏った武人だった。
朱色と鋼色の配色の、西欧風とも東洋風とも言える造形の甲冑。大部分は西欧のプレートアーマーに似ているが、装飾のしめ縄と獣の毛で出来た飾り髮は和風である。
またその鎧は、強靭に鍛え上げた分厚い刃を丁寧に繋ぎ合わせて造り上げられているようにも見えた。
鎧の人物は長い飾り髪を振り乱し、こちらに猛進して来る。
動く度、鎧の表面から美しい光沢が放たれる。
「伏せろ!」
鎧の人物はそう叫ぶ。
それと同時に彼の前方に、紅く光る溶岩の柱が突き出て来る。
よく見るとそれは幅のある片刃の大剣だった。重い岩盤をそのまま鍛え上げたかのような重量感があった。
鎧の人物は大剣を抜いて、両手に持ち替える。
そして髑髏達に向かって、横薙ぎに一振りした。
「……?!」
少年は妹を庇って地面に突っ伏す。
頭上を嵐のような激しい風が通り抜ける。
大剣に当たった髑髏はバラバラに砕け、あちこちに飛び散る。
刃に触れなかった者も風圧で腕がもげ、吹き飛ばされた。
鎧の人物は少年の前に立つ。
大剣を肩に担いだ彼は、人間の大人よりも二回り大きい。そして金属で出来た鬼であるかのような重量感と荒々しさがあった。
よく見ると顔の部分には覗き穴があり、そこに火が灯っていて目のようになっている。
少年を見下ろすその目には威圧感があった。
「浄化の邪魔だ。どっか離れてな。」
鎧の人物はぶっきらぼうに言う。
声は壮年の男のような、低く色のある声だった。
「妖怪?」
少年は鎧の人物を睨む。怯えて目を瞑る妹を、もっと後ろに庇う。
「はあ?おいおいおい、失礼なガキんちょだな。
刃金人も知らねえのか?」
鎧の人物はムッとしたように言う。
『刃金人』ー。
世のあらゆる負の感情によって生まれる『妖』から、生きとし生けるものを守るため、太古の賢者が創造した人造の守護神。
全身が輝く刃金で出来ており、その身体には魂を宿している。
古くから、妖を退治して土地の穢れを祓い、民と大地を不浄から守り続けていた。
古代の人間達はその神々しい姿を称え、本物の神として祀り上げていたとされる。
しかし、人間が力を持ち、自分達で国を造って政を行うようになった時より、その数を減らし続け、戦国の今の世になってからは少数しか稼働していない。
「あんた、刃金人?へえ、まだそんなの動いてたんだ。
土地の守り神だかなんか……、そんな時代の流れで居なくなってっちゃう神様なんて馬鹿馬鹿しくて吐き気がするね。」
少年は皮肉を言う。『神様』と口にする時、声に憎悪がこもっていた。
しかし、鎧の人物は怒らない。
それどころか遣る瀬無さそうに笑っている。乾いた笑いだった。
「はは……。ちげえねえ。」
「ああ、憎し!散々頼って、戦わせた挙句、この『守り神』を使い捨てとは……。人間共め!」
ふと、何処からかくぐもった声が聞こえて来た。
少年は辺りを見回す。
そして、視線を前に戻した時、鎧の人物が手を伸ばしているのが目に入った。巨体が少年に覆いかぶさろうとしている。
少年は叫ぼうとするが、本当の脅威はそちらでは無かった。
少年と幼女の足元から二つの腕が生え、二人を捕まえる。
「ほ〜れ、捕まえた〜!」
本体が泥や土を巻き上げて現れる。
鎧の人物と似た全身鎧の人型だが、頭部が無く、銀色の甲冑は所々赤く錆びて穴だらけだった。また、中身はがらんどうだった。
「あさめ!」
「糸丸お兄ちゃん!」
少年・糸丸が妹のあさめの名を呼ぶ。
あさめは泣きそうな顔で震えている。
「クソッ!錆れ人か!
雑魚をやっても穢れが消えてないと思ったら、地面に潜ってやがったのか!」
鎧の人物は一歩下がる。
錆れ人は、妖との戦いに破れて魂も朽ちた刃金人が、怨霊などの魔に取り込まれた姿である。
穢れを祓い人々を守るという、本来の刃金人としての機能は失われており、人々に害を及ぼす。
糸丸とあさめは暴れるが、『錆れ人』の腕はビクともしない。
「お前、刃金人だもんなあ?人間守りたいよなあ?」
錆れ人が不気味にひき笑いをし、鎧の人物を挑発する。
「剣は振れねえか。風圧だけで二人を巻き込みかねんし、弱めに振ってどうにか出来る相手でも無い……。」
鎧の人物は大剣を地面に突き刺す。目の灯りを鋭く光らせながら、錆れ人を睨む。
「そうだなあ。一発殴らせてくれたら放してやってもいいよ?
うふっ、ぐふふっ♪」
鎧の人物は手ぶらで前に出る。
彼の目の灯りが細くなる。
無防備に腕を下ろしているが、その気迫からは隙を感じられなかった。
「……やれよ?」
「よし!」
錆れ人は糸丸を手放し、その空いた腕を引いて身を屈める。
「ドォォーン!」
戯けた声と共に腕を振りかぶる、かのように見えた。
実際に飛び出したのは管の束だった。赤錆まみれで、まるで生き物の腸のようだ。
背中の穴から出たそれは、鎧の人物の腹をかすめる。
鎧の人物は管を間一髪で避ける。
そして反撃と言わんばかりに、肩で体当たりする。
風圧で土煙が舞い、金属と金属がぶつかり合い、衝撃音が反響する。
錆れ人の腕は肩ごと潰れた。
「腕……、ええー?!」
錆れ人が倒れた時、あさめが宙に放り出される。
鎧の人物はすかさず、あさめを受け止めた。
「脳震盪は……、おこしてなさそうだな。」
少し優しい声になっている鎧の人物に、あさめは目をぱちくりさせる。
妹が無事だと知って胸を撫で下ろした糸丸。
それも束の間。目を丸くして叫んだ。
「後ろ!!」
あさめを地面に立たせてやっている鎧の人物。
その背中に向かって管の束がしなり、背中から腹部に貫通した。
錆れ人は鎧の人物をそのまま木に叩きつける。
地面に投げ出され、うつ伏せ状態の鎧の人物。
背中から腹部は鎧の金属が溶け、風穴が空いていた。
一方、錆れ人はぬらりと起き上がり、猫背になって子供達を探し始めた。
「ったく、手間かけさせやがって……。
おい、人間のガキども、次はお前らの番だ!
魂を捧げろ!そして、俺の為だけに祈れ!そして、俺をもっと強くしろ!」
糸丸は声を殺して妹の手を引き、見つからないように木の裏に隠れた。
近くには鎧の人物がいた。うつ伏せ状態のままだ。
彼は身体に穴が空いていてもまだ動いている。
しかし、鎧のあちこちに赤錆が広がり始めており、苦しそうに喘いでいる。
「……おい、糸丸とか言ったな。
俺に『助けろ』と祈りながらこれを吹け。
そうすれば助けてやれる……。」
鎧の人物は、腰の辺りから何かを取り出して投げる。糸丸は咄嗟に受け取る。
それは勾玉の形をした、赤い土笛だった。
「それが人に物を頼む態度かよ!
それに、祈る?!俺は『神』と付くものにすがるのが一番嫌いなんだ!
祈ったって何も変わる訳ないだろ!
神様なんてすがっても、俺の父さんも母さんも誰も救ってくれなかったんだから!」
糸丸は悔しそうに叫んだ。
「確かに俺たち刃金人は『守り神』と呼ばれながら、人間の人生全てを救える訳じゃない。
だが、錆れ人みたいな穢れたものを倒し、その場所に良い風が吹くように清める事は出来る。……その為だけに存在する。」
鎧の人物は苦しそうでありながら、落ち着いている。
「俺は自分の力だけで妹だけを守って生きてく!
このまま俺は逃げる!だから、お前なんか知らない!」
「馬鹿!人間の足じゃ直ぐに追いつかれるぞ……!
……聞くんだ!一度もすがらずに、誰かの助けを借りないで生きていける人間なんて恐らくいない。たとえ一人であったとしても、心の支えとなる物が必ずある筈だ。
お前の妹が兄のお前を頼りにするように。
支える立場のお前の勇気が、『妹を守りたい』という気持ちから生まれているように。」
「うるさい!」
「お兄ちゃん……。」
取り乱す兄をあさめがじっと見つめている。
「依存しろと言ってるわけじゃない。
どうしようもなくなった時、自分には無いものを持っている誰かに助けて貰って、前に進む力を貰って、肝心なのはその後だ。
助けて貰った時はその姿を、その嬉しさを頭に焼き付けて背負うんだ。
絶対忘れず、自分も強くなる為に。今度は誰かにすがられる存在になれるくらいにな。」
「もう祈って裏切られるのはやなんだ……!」
糸丸は耳を塞いだ。
「裏切らねえ……、絶対に!
知ってるか?俺もこの刃金の体に『魂を捧げる』前は、そんな大きな存在に助けて貰って、借りを返すんだって憧れて、この道を選んだ一人だったって。」
鎧の人物は大剣の刺さっている所まで懸命に這う。
「お兄ちゃん……。助けてくれたあの人、このまま死んじゃうの?」
あさめが心配そうに糸丸の袖を引っ張ってる。
「見つけたぞ!俺だけを見ろ俺だけに祈れ!」
錆れ人が糸丸達の後ろに回り込む。
「大丈夫だ、糸丸。
今、お前は『助かりたい』と強く思うだけでいい。
後は、俺達の仕事だ……。」
糸丸は笛を拾い、思いっ切り吹いた。
(父さんも、母さんもいなくなっちゃって、もう俺には妹しかいないんだ……!
俺はどうなってもいい!妹だけは……!
お願い、助けて……!)
笛の音が鳴り響く。
その高く響く音に合わせて、鎧の人物の胸の奥に埋まっている柘榴石の宝玉が赤く輝きを増す。それは空気を高温にさせた。
鎧の人物は大剣を手に立ち上がった。
鎧の刃が逆立ち、鎧の隙間から高温の蒸気が大量に噴き出していた。
「大丈夫だ……離れ離れにはしない。ちゃんと二人まとめて守り切る。」
鎧の人物は囁く。その声は温かかった。
「うん?!この鎧の変形は……。
お前、まさか『劔丸』か?」
錆れ人が身構える。
『劔丸諸刃』。
製造蔵は劔蔵。
古代の刃織師ヒノマタヒコが設計した、初期型の刃金人である。
極限まで製錬された鋼を、極限まで鍛え上げて分厚い無数の刃にし、それを用いて構成した甲冑は、当時としては斬新であった。
また、大陸に住む龍と大和に住む鬼をモチーフに取り入れ、性能だけでなく外観も、堅実さ、荒々しさ、力強さにこだわり抜いた姿勢が伺える。
「溶けねえうちに下がってな……。」
相手に隙を見せず、優しく囁く。
糸丸は、森の空気が鎧の人物・劔丸諸刃を中心に熱くなっている事に気が付く。
劔丸諸刃の風穴は塞がっていた。
穴の周りの鋼が部分的に高温になり、溶けて塞がったのである。
炎のように揺らめく飾り髪と、高温で艶が生まれた全身と大剣。
その雄々しく、輝かしく、堂々とした鋼の猛者が、錆れ人と糸丸達の前に立ち塞がる。
「ここ春見原を守護する火の刃金人、『劔丸諸刃』だ。
お前の名は?お前もかつて守り神(刃金人)だったなら名乗って見せろ!」
「私の、名前……?
私の事などもう皆んな忘れてる……。誰も私を覚えてない、うわあああ!消えたくない!消えたくないぃ!!」
錆れ人は怯え、取り乱す。
管の束が暴れ龍のように飛び出す。
劔丸諸刃はそれに横薙ぎの大剣を叩き付けた。
錆れ人は、大剣が回転する力に引っ張られて転倒する。
管は堰き止められ、大剣の熱で溶けて火の粉となって散らばる。
「みんな、何処行ったんだ……。
もっと頑張るから、もう絶対誰も死なせないから……。
守る者がいないんじゃ私は、私の存在は……!」
錆れ人の全身が溶け始め、錆を洗い流して行く。
劔丸諸刃は大剣を肩の上に掲げ、霞の構えで駆け出す。
蒸気に乗って、流れ散る花びら。白い火の粉だった。
高熱で赤くなった刃が溶け、片刃から両刃の剣となる。
『溶鋼・劔の舞』だった。
「お願い、行かないで……。」
紅の剣は錆れ人の胸に突き刺さる。
錆れ人はその身を溶かし、白く輝く液体となって地面に流れた。
劔丸諸刃は跪く。
「願う誰かが、守る誰かがいてくれなきゃ、俺達の価値はない。
そう言う風に出来ている。
……本当に悲しい存在だよな。」
白い液体を撫でながら悲しげに呟いた。
朝日が昇り始め、白い火の粉が桜吹雪のように散る森の中。
糸丸達はその鎧の輝きを目に焼き付けた。
***
山の向こうは朝日が昇り、澄んだ空が見えた。また、小鳥が歌い、木々は青々とし、川は小さな飛沫を上げながら滞り無く流れている。
清らかな今日がやって来たのだ。
劔丸諸刃と、糸丸、あさめは街道を共に歩く。
あさめは劔丸諸刃に肩車して貰ってる。
「妹を食わせていくのは人間のお前の仕事だ。後は自分でなんとかしな。
俺達は人間の金儲けの為に戦うように造られていないからな。」
劔丸諸刃はぶっきら棒に言う。
「当たり前だ。俺は乞食じゃない。
自分でどうにかできる事はちゃんとやる男だ。」
糸丸は外方を向きながら、はっきりと言う。
「あさめも、お兄ちゃん困らせないように頑張るもん!」
「そうかい。」
劔丸諸刃の声は少し嬉しそうだった。
3人は分かれ道の前に立つ。
「こっちに行けば村がある。食い物ぐらいはくれるだろう。
俺は見回りがあるから、逆方向だ。それじゃあな。」
劔丸諸刃はあさめを下ろして、振り返らず去ろうとする。
「諸刃ったら、本当素直じゃないんだから。一緒に村に入れば良いのに。」
その時、糸丸達の背後から少女の声がした。
銀髪を二つに束ね、可愛らしい巫女服を着た、10代前半の少女が微笑んで立っていた。
「げっ、杏!付いて来てたのか?!
危ないからいつも来んなって言ってんだろ!」
劔丸諸刃は嫌そうに声を上げる。
「だって、巫女も連れずに無茶ばっかするんだもん。
お腹に穴が空いた時だって、糸丸君がもし笛を吹かなかったら、私が笛を吹いて応援してあげようと思ったんだから。」
杏は世話を焼く母親のような仕草で腰に手を当てる。
「さあ、二人共。私達の住む村に案内して上げますから、一緒に行きましょ。」
「だから俺はまだ帰らねっつーの!」
杏がにっこり笑って糸丸達に手を差し伸べるが、諸刃は拒否する。
「ど、どうも……。」
「おっきいのに、小さな女の子に叱られてるー。」
糸丸はげんなりとした表情を浮かべ、あさめは手を叩いてきゃっきゃと笑った。
「諸刃。お社も綺麗にしてあるし、お団子とお茶も用意してるから帰ろ?ね?」
「きび、ずんだ、じゃないだろな。三色のじゃねえとやだぞ。」
糸丸はその言葉を聞き、少し考えた後、声を上げる。
「えっ!?あんた団子食うの?!
生き物じゃないのに、どうやって?!」
「良いだろ別に!ちゃんと口も開くんだからよ。」
諸刃は顔面のクチバシ状の顎をカパッっと開けた。
「うわああ、嫌だあああ!何かキメええ!」
『刃金人。その昔、日の登る国が生まれ、我ら祖先の神々が栄えし時、彼を創造し民の元へに遣わせん。
精霊と巫女を従え、民の祈りを力とし、邪なる力を払い、民を守らん。
神々が世を去りし時も、永きに渡りその務めを果たし、その地に平穏を与え続けん。
人の祈りがある限り、刃金の守人は剣を納めぬ。
(初めて古代の大和に降り立った刃金導師の長アヌが人間達に贈った言葉)』
(完)