9. 森に隠された物
約束した、次の休日がやってきた。
このまま普段の姿で向かってしまうと、すぐに第三皇子であると気づかれてしまう。
だからね。……ふふ……ふふふ。
念願の女装をして行くことにしたのだ!
実際には女神の姿になるのだから、女装でも何でもないのだけど。女神姿になっても、光ってしまう魔力を隠蔽出来るようになっているので、何の心配も無い。
ルーカスの意義を知るトルソーには、私が女神になってしまう件は伝えたが、侍女達に言うことはできない。信頼以前の問題だから。
その為、今回の外出はお忍び視察という名目で、平民の女性物の服や化粧品、小物を用意してもらった。
髪も目立たないよう、この世界でよく見かける濃いめのブラウン系の色に魔法で染めた。
なんて簡単!
前世では、アルカリカラーや酸性カラー、塩基性カラーに香草カラー、様々な薬剤を使っていた。魔法一つで髪色を変えてしまえる世界に、感動と少しの寂しさを感じてしまう。
次は着替え。
なぜかテンション高めで手伝うと引かない侍女達。みんなを驚かせたいからと、どうにか言い包める。
服と付け毛を抱え、そそくさと隣の部屋で一人で着替える。女神の姿になり、伸びた髪の長さを誤魔化すよう用意させた付け毛を、引き出しの奥に隠しておく。
ブラウンになった髪を軽く編むと、セッティングしてあった化粧品のふたを開ける。久しぶりのメイクアップだ。
肌は健康的な日焼けした感じにして、そばかすも入れる。整っていた眉は、太めに一本一本描く。普通とは逆に、華やかな顔立ちを目立たなく仕上げていく。
ナチュラルメイクとは、手抜きメイクではない。ナチュラルに見えるように計算して、きちんと手を入れるのだ。
……楽しいっ!
正直、シャルルとなった今、女性であったことへの未練は無い。けれど、出来ることなら大好きだったヘアメイクはまたやってみたかった。サロンワークでは使わない、特殊メイクの講習会にだって何度も通ったのだから。
ああぁ〜、クセになりそう。
今度、男の姿のままでもやってみようかしら。何ならルーカスにも……あっ!
さっきの、引かなかった侍女達の気持ちがわかってしまった。楽しみを奪ってしまって申し訳ないが、さすがに女性の姿は見せられものね。
仕上がりに満足し、部屋から出ると、待っていた皆が一斉にこちらを向く。驚愕の表情に、つい口元が緩んでしまう。
「シャ……シャルル様でいらっしゃいますか?」
「凄いです! 平民の女性にみえるのに……お綺麗です!」
侍女達もべた褒めだ。
「そうでしょう〜。ふふ」
言葉も女性らしくし微笑む。
この世界の化粧品は、前世の物に比べると多少質はおとるが、悪くはなかった。大満足よぉ!
はしゃぐ私と侍女達に、トルソーとルーカスは複雑そうな顔でこちらを見つめていたが、気にしないことにする。
そして、同じく平民の服に着替えたルーカスと共に出発した。
外出の内容は色気の無いものだが……ルーカスが女性に慣れるよう、デートを経験してもらうつもりでいる。本人が聞いたら、余計なお世話だと思うだろうが。
目的の場所までは、馬車での移動になる。
皇族が乗っているとは思えない、質素な馬車を用意させた。乗り心地が良くないのは当たり前。車酔いならぬ、馬車酔いしそう……。うっぷ。
農村近くまで行ったら徒歩になる。それまでの我慢だと自分に言い聞かせた。
デートどころではなく、会話すら儘ならなかったが。
◇◇◇
だいぶ遠くまでやって来た頃。
ふとルーカスに視線を向けると、窓から風景を見ていた表情が強張っていることに気づいた。
ルーカスが見つめる先にあるのは、鬱蒼とした森。
突然ルーカスが目を見開き、「――申し訳ありません!」と、馬車を止めて外へ飛び出した。
「な、なに!?」
慌てて私も馬車から降りて追いかける。動揺し、立ち尽くしているルーカスに尋ねた。
「どうしたのっ!?」
「ここは……。この森……憶えているのです」
「え?」
「たぶん私は、この森の奥で暮らしていました。母と二人で……」
ルーカスは消え入りそうな声で呟いた。
確かに皇都からは離れているが、ミランダは国外に出たわけではなく、案外近くに居たということか。幼かったルーカスには、移動距離など把握できていなかったのだろう。
「じゃあ、確かめに行ってみましょう」
ルーカスの様子が気になり、そこへ行ってみることを提案した。
だが、自分の為に予定を変更することは出来ないと、ルーカスはなかなか首を縦に振らない。それでも私は、そこへ行くべきだと思った。
「これは命令よ」と言えば、ルーカスは頷くしかなった。
御者に待つように伝え、二人だけで森の中へ入る。
細い道を奥へ進む。鬱蒼とした草木が生い茂り、人が通れそうな道は無くなっていく。
それでもルーカスには方向が分かるらしく、迷わず進んだ。私が歩きやすいよう、草を風魔法で刈りながら。
だいぶ行った所で、急に道が開けた。
「ここ、です」
ルーカスが指した先には、ボロボロの家とは到底言えない納屋――廃墟があった。かなりの年数が経っているとはいえ酷い状態だった。
本当にこんな所で暮らしていたの?
ルーカスは徐ろに歩き出すと、納屋の中に入るでもなく裏手へと向かう。
目的の場所がそこだというように、しゃがみ込むと両手を地面につけた。ルーカスが魔力を流すと、小さな魔法陣が現れる。
ルーカスが触れていた地面にポッカリと穴が空いた。
背後から穴を覗きこむと、汚れたブリキの箱が埋められている。
これって……もしかして、タイムカプセル?
箱を取り出し、ルーカスが蓋を開けると、文字の書かれた紙が綴られたノートのような物が入っていた。
その綴りに書かれた文字を、ルーカスは黙って目で追って行く。
「これは……日記ですね」
ざっと、内容を見たルーカスは小さく言う。
急に辺りが薄暗くなり、空模様が怪しくなってきた。冷たい風が吹き、ゴロゴロと雷が鳴り出す。
とりあえずノートが濡れないよう、急いで納屋の中へと移動し、日記を読もうと提案する。
ルーカスは、その日記を絶対に読まなければならない――そんな気がしたのだ。




